深淵のエレナ

水澄りりか

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第三章

第九話 生と死の狭間

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これが現実。

今アシュベルの前にエレナの死体が横たわっている。

いつからだろうか、なぜかこういう光景を思い浮かべる様になってた、だから今見ている現実はただの幻の様に感じる。だがこれが現実、おそれていた現実、予感していた現実。信じたくない現実。

エレナのその顔にかかった白銀色の髪をそっと、横に移す。
白銀色のまつげは閉じ、その瞳は見えない、小さな桜色の唇がうっすら開き、呼吸をしてくれるのではないかと、どこかで期待する。
しかしその唇に手を近づけてもは吐息は感じない。

「アロ、敵を殺せ」

エレナを見つめたままアシュベルが冷たく言い放つ。

リュカは現実を受け止めきれず立ち尽くし、カリーナは信じられないというように何度も首を振りながら涙を流している、カミュは王位継承者らしくその現実を見つめていた。
アロは、動揺しているのをわかりつつ、自分の心が氷の様に冷たくなっていくのを感じていた。
どうして、こんなことになったのか・・・。

心の奥底に眠る冷酷な本性の自分自身が目を覚ますように、アロはアーヴィンに近づいていく。
殺す。
殺せば幾分か心が晴れるのだろうか。

アロは瞬きもせず、その剣を振り上げる。
ミイラのようにやせ細ったアーヴィンを見下ろし、なんの感情も湧いてこないことに違和感を感じる。
もう、エレナは、戻ってこない。
彼女の笑い声が聞けない。
あの天真爛漫ともいえる振る舞いを目に出来ない。
ふとした時に見せる少し大人びた表情を見ることが出来ない。

コレを殺しても、エレナに、会うことが出来ない・・・・。

アロの水色の瞳からいつの間にか涙が流れていた、そしてそれは零れ落ちていく。

ああ、泣いていたのか、これは自分の涙、泣いたのなんていついらいなのだろう。

アロは振り上げた、その剣を振り下ろした。

「待って!!!」

アーヴィンの体に少女が覆いかぶさり、震えながらもアロの顔を見て叫ぶ。

「ジェ、シカ、逃げろ・・・」

「待ってください、わたし達弟をセーデルに人質に取られているんです、血は繋がってないけど、アーヴィンが面倒見てて、わたし達孤児で・・それで、それでアーヴィンは弟を養うためにとお金をもらえるからって、でも人質に・・!」

途中から言っていることが支離滅裂になっている。
アロはさほど驚きもなくその言葉に何の感情もわいてこないのを感じならがら、ギリギリジェシカの肩に剣が触れてい居るのを見ていた。

だからなんだというのだろう、だからエレナは死んだのか。

無言でもう一度アロはその剣を振り上げ、それを思い切り今度こそ振りぬいた、そこに黒い血のようなものが飛び散る。傀儡のカラス、それがアロの剣により切られバサリと落ちてきた。
それは、粉々に砕け、塵のように風に吹かれ跡形もなくなくなっていった。

アーヴィンはセーデルに使われ恐らく長くは生きられないだろう。
少女が庇っているが、彼が死ぬのは時間の問題だ。

アロは、剣を収めエレナのところに歩いていく、その足取りは重く苦しい。

全員がエレナを囲むように集まっていた。

「こんなの嘘だわ、だってエレナは天から使わされた光の魔法士なのよ、死ぬなんてこと絶対にない!」

カリーナがエレナの手を取り、まだそのぬくもりに期待する、目覚めてくれるのではないかと。でも、わかったことは彼女の命は果て、そこに魂がないこと。
その現実を突きつけられるだけだった。

「ヒメちゃん、君はやっぱり無謀だと思うよ、でもそれが君なのかもしれない」

アシュベルがエレナに話しかけるように優しくその頬を撫でる。

「みんな、すまない、少しエレナと二人にしてほしい」

最後の別れの挨拶でもするのだろう、そう思い全員が二人から離れてその様子を見守る。

「でも、君はわかってないよ、俺はヒメちゃんのその無謀さも知っていたし、自己犠牲してまでも誰かを守る強さを持っていると理解していた、だから、そのために俺は君に仕えて来たんだ」

アシュベルはエレナの胸の辺りに手をかざす。

「この世の理を構成する猛煙の支配者のひとりエムペドクレス、我が名はアシュベル、この者に不死鳥の加護を授ける事を求める!」

アシュベルの手から魔防円陣が浮かび上がり、それは烈火のごとく燃えている。
そしてそれはさらに膨れ上がり、見る間に二人は焔に包まれていく。
その炎は高く舞い上がり、まるで生きているように赤と黄色と青が重なり合い、うねり、一つの形をとる。

――――――――まさに不死鳥。

頭上高く羽ばたく紅蓮の炎を散らしながら、不死鳥は鋭く深紅の瞳をエレナに向けていた。

禁忌魔法、あの時城の書庫の隠し部屋にあった誰も試したことの無い封印された魔法書。
理論的には可能だとは記述してあったがそれが果たして成功するか、だがあの時、これを覚えておかなくてはならないと思った。
まさに、今それを使う時が来てしまった、まったくこんなものにまで手を出すなんて、エレナと出会ってなければ知りもしなかっただろう。

成功してくれ、アシュベルは祈る。

雄々しくこの世のものではない異彩を放つ紅蓮の不死鳥。
不死鳥はその大きな炎の翼を2度3度ゆったりと羽ばたかせると、急降下でエレナの体を貫く様に入り込んでいった。

一瞬その炎の勢いに目が眩む。
まるで世界中を飲み込もうとするかのように焔の波が押し寄せ轟く。

「アシュベル様・・・」

全員が次に二人を目にした時、アシュベルはエレナの側で倒れていた。

「アシュベル様、アシュベル様!!」

何が起こったのかわからず、アロがアシュベルを抱きかかえその名前を呼び続ける。
アシュベルの顔は青ざめ、生気を無くしているが、呼吸は確認できた。

「アロ、騒ぐな、エレナの、様子を・・・」

そう言われ、エレナの方を見る、先程みたエレナとは違い、唇が微かに動き呼吸しているのが分かった、生きている、あれほどはっきりと彼女の死を見た後に、それは突然のことで言葉を失う。
カミュがエレナの手を取り脈を診る、そして全員に目を配り力強く頷いて見せた。

「エレナは生きています、アシュベル、聞こえますか」

カミュの言葉に安堵したのかアシュベルが僅かに開いてい目を閉じる。
成功したのだ、あの誰も試したことの無い禁忌の炎魔法、それが彼の至上の喜びだった。
だが、アシュベルの方はその命の灯が消えてしまうかのように、みるみる衰弱していく。

「アロ様、・・・アシュベル様のマナが、消失しています」

「マナが、でもそれならば命に関ることにはならないだろう!?」

「いえ、最初からない者にはそうかもしれませんが、マナを生まれ持ってきたものには、臓物がなくなるのと同等の危険な状態です、このままではアシュベル様は・・・」

「言うな!」

アロがそれを口にしてしまえば、現実になってしまう気がして声を荒げる。
エレナを救う代わりに、自分を犠牲にするなどと、一体何故こうなってしまったのか、しかし、アロにはその理由が分かってしまう、アシュベルが最初から本気で彼女に心を預けていたのだと。そしていつしかそれは自分自身もそうなってしまっていたから。
ならば、アロ自身がその禁忌の魔法を習得しておくべきだった、と思う。

この二人はこの先この世界に必要な尊い命を持っている、いま、ここでそれを使ってもいい、どうか天よ、私の命と引き換えにして、アシュベル様を救ってください、アロは抑えきれない気持ちを口にしようとする。

「アロ、あなたの命も尊い、全てはわたしが未熟だったせい」

エレナがゆっくりと起き上がり、アロに抱きかかえられたアシュベルのくせのある金の髪に触れる。
その瞳は白銀色に光り、光のマナが解放される。
ゆらゆらとそのゆらめく光を纏わせ、その姿はやはり神々しい。

未だ目を開かないアシュベルにエレナは両の手をその胸に置く。

そしてそっと目を閉じて、願う、無限ともいえる自身のマナが彼に行き渡るように。
想像する、その手を通し、アシュベルのマナが回復していくところを。

「エレナ・・・」

「アシュ、あなたも無謀すぎるわ」

アシュベルの体中にエネルギーが行き渡るように、生命の根源が躍動し、エレナがのぞき込んでいるのをはっきりと見る事が出来た。

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