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第四章
第28話
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さて、ごはんだ。
実はちょっと心待ちにしていた。
ミルラが早く帰ってきたからタイミングが悪くて、出る前にごはんは食べられなかったので、お腹がかなり減ってたのよ。
食事のマナーなんてわかるはずのないわたしのために、ヒースはわたしと二人で夕飯を食べられるようにしてくれた。
テレセおばさまはバルフのご家族といっしょにって強く希望してたんだけど、そんなことになったらまともに食べられなかったと思うので、それはすごく助かったと思う。
二人だけにしてもらった食事室はメインのものではないらしく、テーブルもそう大きくない。
二人で向かい合ってか、あるいは四人で囲むくらいのテーブルだった。
そこにヒースと並んで座った。
ちょっと着席のバランスがおかしいけど、王子様モードのヒースと向かい合うより並んだ方がマシだったので、文句は言わなかった。
横並びなら、前を向いてれば目に入らないもんね。
向かい合わせだと、がっつり直視してしまう。
奇妙な気がしたことはもう一つ。
この食事室には本当に二人きり。
給仕する人もいなかった。
ワゴンに料理の皿と思われるものが置いてあって、銀の丸い蓋が被せてある。
これがこの国の普通の可能性は低いんじゃないかと思う。
なにしろ、わたしを椅子に座らせて、スープを壺のような器から小さな皿に注いだのはヒースだったから。
……王子様に手ずから給仕をさせるスタイルは、多分正しくない。
でもやっぱりお腹が減ってたから、ちょっといただいてから聞こうかな、とスプーンを手に取った。
そして出されたスープをいただこうと思ったら……ヒースに一度止められてしまった。
わたしのスープ皿から先に一匙掬って、ヒースが口にする。
「サリナ、これは大丈夫だから食べていいですよ」
ヒースが毒味したんだということには、気が付いた。
王子様が給仕した上、毒味までしていいのかしら……
「これからは、私がいいと言ったものしか口にしては駄目ですからね」
「ずっとヒースが毒味をする気なの?」
「王宮にいた時も、ずいぶん前から毒味役を雇っていませんでした。どうせ私が先に口にすれば同じです」
「わたしが先に食べるっていうのは?」
「ありえませんね」
そりゃね、ヒースがわたしに毒味させるっていうのはないと思ったけど。
「君、毒が入ってたってわからないでしょう?」
あっ、今、馬鹿にしたよね!?
ちょっとそういう声だったよね。
今までヒースに馬鹿にされたことはなかった気がするんだけど、こんなところで遭遇するなんて……ちょっと悔しい……
「……味が変わってれば、わかるかも」
「即効性の毒薬でなかったら、味がはっきり変わるほどのものだと暗殺には向かないですね」
そ、その通りですね。
わたしに毒味は無理なのか……
「どうであっても、君に毒味なんてさせる気はないから諦めなさい」
今は髪は軽く編まれているので、それに添うようにヒースの指が髪を撫でていった。 その顔をちらっと見る。
顔は大丈夫なんだよね。
首から下を見なければ、今までと同じだから。
「なんで君に毒味なんてさせなくてはいけないのか、わかりません。たまに君の考えていることがわからなくなります」
ううん、やっぱり声が呆れてる。
「本当に君は……私がどれだけ君を手放したくないか、わかってないでしょう。私を狙う毒はね、脅しではないから本当に死にます。昔から、何人も毒味役が死んでいます」
淡々と言われて、ちょっとだけゾッとした。
「それに、サリナが忘れてしまったとは思いたくありませんが、私は薬師でもありますからね。毒と薬に詳しくて、解毒薬もわかるし魔法でも解毒できる私が直接口にした方が無駄がないでしょう?」
……しまった、そういえばヒースは薬屋さんだった。
いや、忘れてたとは言わないから!
王子様発覚でちょっとヒースの職業数が飽和して、印象が薄くなってただけで……
だって、王子様で魔法使いで薬屋さんだとか、ちょっと数が多い。
しかも強いらしい。
チートか……
「もしかして薬に詳しくなったのって」
「……必要があったので」
ああ、これもなんだ。
なんだかヒースを構成してるものは全部、死の近くにあるものばかりな気がして言葉に詰まる。
慰めたい気がするのに、どうやって慰めていいかわからない。
「君が気にすることは何もありません。でも君が巻き込まれて命を落とすようなことになったら、私はきっとどうにかなってしまうから、そんなことにならないように気をつけてほしいのです。私がいいと言ったもの以外、私が君に用意したもの以外、口にしては駄目ですよ」
「うん」
頷くしかない。
「じゃあ、冷めてしまうから、食べましょう……はい」
はい?
スプーンで掬われたスープが口元に運ばれてきた。
……これは、ヒースが食べさせてくれるってこと!?
「じ、自分で食べられるわよ」
「手枷のせいで食べにくいでしょう? 口、開けて」
いや、確かに手枷のせいで食べにくいと思うけど!
でも、自分で食べられないわけでは……
と、訴えるためにヒースを見て、スプーンを差し出してるヒースを直視してしまった。
しまった!
慌てて目を逸らして……逆に、それがヒースの神経を逆撫でしたと、一瞬で冷え込んだ空気から悟った。
「なぜ目を逸らすのですか?」
あ……とうとう訊かれた。
「さっきから、ずっとそうですよね」
どうしよう。取り繕う方法が思いつかない。
「……私のことが嫌いになった?」
そっちじゃない、逆、逆!
「ち、違っ、そんなことじゃなくてっ」
「じゃあ、何故?」
これはもう、恥ずかしくても言うしかないのか……!
「ちょっと、その、王子様なヒースが格好良すぎて直視できないというか」
今、どんな顔してるんだろう、ヒース。
直視できないから、わからない。
信じてくれてるかな。
馬鹿げた理由な気がして、信じてくれなかったらどうしようって思ってたのよ……
「……サリナ、口を開けて」
信じてくれたのかな。
食べさせてもらうのもかなり恥ずかしいけど、今はヒースに素直に従っておこう。
スープが来るのを口開けて待つことにした。
あーん。
って、開けた口に入ってきたのはスープスプーンじゃなかった。
いきなり目の前に横合いからヒースの顔が近付いて、唇が重なった。
スプーンが入るくらいに口を開けてたから、一気に舌が入ってきて、いつの間にか逃げられないように後頭部押さえられてて。
晩ごはん一口目は、食べさせてくれるんじゃなくて、すっかり食べられちゃった……
実はちょっと心待ちにしていた。
ミルラが早く帰ってきたからタイミングが悪くて、出る前にごはんは食べられなかったので、お腹がかなり減ってたのよ。
食事のマナーなんてわかるはずのないわたしのために、ヒースはわたしと二人で夕飯を食べられるようにしてくれた。
テレセおばさまはバルフのご家族といっしょにって強く希望してたんだけど、そんなことになったらまともに食べられなかったと思うので、それはすごく助かったと思う。
二人だけにしてもらった食事室はメインのものではないらしく、テーブルもそう大きくない。
二人で向かい合ってか、あるいは四人で囲むくらいのテーブルだった。
そこにヒースと並んで座った。
ちょっと着席のバランスがおかしいけど、王子様モードのヒースと向かい合うより並んだ方がマシだったので、文句は言わなかった。
横並びなら、前を向いてれば目に入らないもんね。
向かい合わせだと、がっつり直視してしまう。
奇妙な気がしたことはもう一つ。
この食事室には本当に二人きり。
給仕する人もいなかった。
ワゴンに料理の皿と思われるものが置いてあって、銀の丸い蓋が被せてある。
これがこの国の普通の可能性は低いんじゃないかと思う。
なにしろ、わたしを椅子に座らせて、スープを壺のような器から小さな皿に注いだのはヒースだったから。
……王子様に手ずから給仕をさせるスタイルは、多分正しくない。
でもやっぱりお腹が減ってたから、ちょっといただいてから聞こうかな、とスプーンを手に取った。
そして出されたスープをいただこうと思ったら……ヒースに一度止められてしまった。
わたしのスープ皿から先に一匙掬って、ヒースが口にする。
「サリナ、これは大丈夫だから食べていいですよ」
ヒースが毒味したんだということには、気が付いた。
王子様が給仕した上、毒味までしていいのかしら……
「これからは、私がいいと言ったものしか口にしては駄目ですからね」
「ずっとヒースが毒味をする気なの?」
「王宮にいた時も、ずいぶん前から毒味役を雇っていませんでした。どうせ私が先に口にすれば同じです」
「わたしが先に食べるっていうのは?」
「ありえませんね」
そりゃね、ヒースがわたしに毒味させるっていうのはないと思ったけど。
「君、毒が入ってたってわからないでしょう?」
あっ、今、馬鹿にしたよね!?
ちょっとそういう声だったよね。
今までヒースに馬鹿にされたことはなかった気がするんだけど、こんなところで遭遇するなんて……ちょっと悔しい……
「……味が変わってれば、わかるかも」
「即効性の毒薬でなかったら、味がはっきり変わるほどのものだと暗殺には向かないですね」
そ、その通りですね。
わたしに毒味は無理なのか……
「どうであっても、君に毒味なんてさせる気はないから諦めなさい」
今は髪は軽く編まれているので、それに添うようにヒースの指が髪を撫でていった。 その顔をちらっと見る。
顔は大丈夫なんだよね。
首から下を見なければ、今までと同じだから。
「なんで君に毒味なんてさせなくてはいけないのか、わかりません。たまに君の考えていることがわからなくなります」
ううん、やっぱり声が呆れてる。
「本当に君は……私がどれだけ君を手放したくないか、わかってないでしょう。私を狙う毒はね、脅しではないから本当に死にます。昔から、何人も毒味役が死んでいます」
淡々と言われて、ちょっとだけゾッとした。
「それに、サリナが忘れてしまったとは思いたくありませんが、私は薬師でもありますからね。毒と薬に詳しくて、解毒薬もわかるし魔法でも解毒できる私が直接口にした方が無駄がないでしょう?」
……しまった、そういえばヒースは薬屋さんだった。
いや、忘れてたとは言わないから!
王子様発覚でちょっとヒースの職業数が飽和して、印象が薄くなってただけで……
だって、王子様で魔法使いで薬屋さんだとか、ちょっと数が多い。
しかも強いらしい。
チートか……
「もしかして薬に詳しくなったのって」
「……必要があったので」
ああ、これもなんだ。
なんだかヒースを構成してるものは全部、死の近くにあるものばかりな気がして言葉に詰まる。
慰めたい気がするのに、どうやって慰めていいかわからない。
「君が気にすることは何もありません。でも君が巻き込まれて命を落とすようなことになったら、私はきっとどうにかなってしまうから、そんなことにならないように気をつけてほしいのです。私がいいと言ったもの以外、私が君に用意したもの以外、口にしては駄目ですよ」
「うん」
頷くしかない。
「じゃあ、冷めてしまうから、食べましょう……はい」
はい?
スプーンで掬われたスープが口元に運ばれてきた。
……これは、ヒースが食べさせてくれるってこと!?
「じ、自分で食べられるわよ」
「手枷のせいで食べにくいでしょう? 口、開けて」
いや、確かに手枷のせいで食べにくいと思うけど!
でも、自分で食べられないわけでは……
と、訴えるためにヒースを見て、スプーンを差し出してるヒースを直視してしまった。
しまった!
慌てて目を逸らして……逆に、それがヒースの神経を逆撫でしたと、一瞬で冷え込んだ空気から悟った。
「なぜ目を逸らすのですか?」
あ……とうとう訊かれた。
「さっきから、ずっとそうですよね」
どうしよう。取り繕う方法が思いつかない。
「……私のことが嫌いになった?」
そっちじゃない、逆、逆!
「ち、違っ、そんなことじゃなくてっ」
「じゃあ、何故?」
これはもう、恥ずかしくても言うしかないのか……!
「ちょっと、その、王子様なヒースが格好良すぎて直視できないというか」
今、どんな顔してるんだろう、ヒース。
直視できないから、わからない。
信じてくれてるかな。
馬鹿げた理由な気がして、信じてくれなかったらどうしようって思ってたのよ……
「……サリナ、口を開けて」
信じてくれたのかな。
食べさせてもらうのもかなり恥ずかしいけど、今はヒースに素直に従っておこう。
スープが来るのを口開けて待つことにした。
あーん。
って、開けた口に入ってきたのはスープスプーンじゃなかった。
いきなり目の前に横合いからヒースの顔が近付いて、唇が重なった。
スプーンが入るくらいに口を開けてたから、一気に舌が入ってきて、いつの間にか逃げられないように後頭部押さえられてて。
晩ごはん一口目は、食べさせてくれるんじゃなくて、すっかり食べられちゃった……
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