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2、眠れない!

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「カイト、どうだった入学式は? お友達は出来た?」

「母上、今日は式だけでしたので、まだ学友は出来ておりません」

「あら、そうなの」

 俺の入学おめでとうパーティーが、ささやかに開かれている我が家のリビング。

「おばさま、カイトは入学早々、悪い大男に絡まれてました」

「まあ!」

 心配そうな母上。

「マナ、わざわざわ言わないでよ‥‥‥」
 
「悪者は私が懲らしめときましたから大丈夫です」

 誇らしげに胸を張りニコリと微笑むマナ。
 ‥‥‥懲らしめた?
 コイツなんかやったな。

「ありがとう、マナちゃん。これからもカイトをよろしくね‥‥‥。この子、機転は利くけど、小柄だし運動神経がね‥‥‥」

「安心してください、私が一生面倒見ますから」

「マナちゃんが居てくれて本当に良かったわ」

 母上を抱きしめながら、ニコニコと俺の方を見るマナ。

「‥‥‥なに?」

「また一歩、抱き枕としての永久就職に近づいたわね」

「‥‥‥そんな職業、嫌です」

 こんな会話がウチの日常。
 父上は気が気じゃない様子。
 ‥‥‥難しい顔をしてらっしゃる。

 我が家は父上と母上、それに俺とマナを加えた4人家族。
 まあ、家族と言ってもマナとは血は繋がっていない。
 それと一応、端くれとはいえ父上は王国騎士団勤めなので家が無駄に広い。家族の他に、メイドのナージャというお姉さんが住み込みで暮らしていた。


「ところでマナちゃん」

 難しい顔をしていた父上が、急にニコニコとマナの方を向いた。

「はい、どうされました?」

「あの、あれだ。シャーロット様の件なのだが、どうなっているのかな?」

 父上が言う、シャーロット様とはこの国のイケメン第一王子の事。
 マナは現在進行形でシャーロット様に求婚されている。

「おじさま、その話は丁重にお断りしています」

 ニコニコと答えるマナに、苦い顔の父上。

「‥‥‥マナちゃん、相手は王子だよ? 普通断らないし、断れないもんだよ? というか、王妃になれるんだから、受けるべきだと私は思うのだが‥‥‥」

「シャーロット様は身分を気にせず、素直な気持ちを教えてくれとおっしゃいましたから、素直にお断りしただけです。‥‥‥まだしつこく会いに来られますけど」

 ニコニコとマナ。

「‥‥‥上からの物凄い圧を受ける、おじさんの立場をだね‥‥‥」

 マナがこの家に住み、父上と母上が育ての親であることを王国はもちろん知っている。
 父上の言う上からの圧とは、王子に娘を差し出せ的なモノだろう。

「おじさま、ごめんなさい。私はシャーロット様と結婚する気はありません。もしおじさまがそのせいで、騎士団に在籍するのが辛いのでしたら、私が働いて孝行しますので‥‥‥」

 申し訳なさそうな悲しい顔で、マナが父上を見つめている。
 マナは父上を扱うのも恐ろしく上手い。
 この顔をされたら父上に打つ手なしだろうな‥‥‥。

「いや、そういう話じゃなくてだね‥‥‥。その、あれだ、シャーロット様の求婚を断ったら、マナちゃんも王国で雇ってもらえなくなるかもしれないよ?」

 昼間の話のせいだろうか、珍しく簡単に引き下がらない父上。

「そんな理由で人事をする国なのであれば、興味はありません。おじさま、いっそ皆で亡命しちゃいましょう」

「マナちゃん、なんて事を‥‥‥」

 震える父上と楽しそうなマナ。

「そうだ、お隣のサンブラック帝国に行きましょう。あの国はモスグリーン王国と違って頭の良い人間も広く登用し重用していると聞きます。きっと、カイトの凄さもわかってもらえますね!」

 確かに俺のように戦闘能力皆無で頭だけの人間は、サンブラック帝国に亡命する者が多い。
 この国にいても、なんの役にも立たないのだから仕方ないのだが‥‥‥。

「‥‥‥マナちゃん、完全に敵国じゃないか‥‥‥。勘弁してくれ」

 酒の入ったグラスを一気に飲み干し、頭を抱える父上。
 やはりマナとやりあうなど父上には無理なのだ。

「おじさま、亡命は言い過ぎだとして、私は育ててくれたおじさまとおばさまの面倒も、生涯をかけて見るつもりですから、そこだけは忘れないで下さいね」

 マナはそう言うと優しく笑みを浮かべながら、空になった父上の持つグラスに酒を注いだ。

「‥‥‥ああ、マナちゃんが本当の娘だったらな‥‥‥」

「私はカイトがいないと寝れませんから、いっそ時期を見て結婚しちゃいますか? それなら晴れて本当の娘になりますよ」

 酒を飲み干し、卓に崩れ落ちる父上に優しく話しかけながら、ニコニコとこちらを向くマナ。

「‥‥‥なんだよ」

「外堀がまた───」

 マナの言葉を遮るように、急にガバリと起き上がり俺を睨む父上。

「カイト、駄目だからな! お前のようなズル賢いだけで、戦闘能力皆無な女々しい人間にマナちゃんは嫁にやらん!」

 なんで俺に言う。
 と言うか、どっちが本当の子供だよ‥‥‥。
 父上はそのまま卓に崩れ落ちて寝てしまった。

「‥‥‥この外堀は相変わらず強敵ね」

 父上を見ながら放たれたマナの言葉に、母上はクスクスと笑うのだった。






「カイト今日もよろしくね」

 寝巻きに着替え、俺のベッドでゴロゴロしてるマナ。
 柔らかい布で作られたマナの寝巻きはボディラインがよくわかり、目のやり場に困る。
 ここ数年でマナは急速に身長を含む色々なモノが成長していた。
 それに伴い、俺はなんとも言えないモヤっとした毎晩を過ごしている。

「その前に一つ聞きたいことがあるんだけど」
 
「やだ、眠いわ」

「じゃあ今日は一緒に寝ない」

「イジワルね。私死んじゃうわよ?」

 口を尖らせて、拗ねるような目で見てくるマナ。
 多分この顔で見つめられただけで、大概の男は撃ち抜かれるんだろうな‥‥‥。

「一晩寝ないくらいで人は死なない」

「‥‥‥もう、何よ?」

「俺と揉めたアイツに何したの?」

 アイツとは入学式で俺を投げ飛ばしたアイツ。
 名前は知らない。

「アイツって誰? 私にはわからないわ」

「しらばっくれても、答えてないのと同義です」

「‥‥‥ちょっと話しただけなのに、そんな細かい事よく覚えてるわね。神経質過ぎるとハゲちゃうよ?」

「うるさいな。それで、何したの?」

 ベッドに寝転がり明後日の方向を向くマナの顔を掴んで此方を向かせた。

「ちょっとコツいた・・・・だけだから安心して」

 ‥‥‥目線を逸らしたな。
 マナのコツくは、ぶん殴ると同等。
 俺は身を持って経験している。

「駄目だろ」

「だってアイツ、ぴょんぴょんと必死に飛んで、私を見ようとしてるカイトを投げ飛ばしたんだもん」

「‥‥‥飛んでたの見えてた?」

「こっからは丸見えだったよ」

 なんか恥ずかしい。

「俺たちの関係は言ってない?」

「一応約束は守ってる。学園で暴れるなって言っただけ。学園の風紀を守るのも、生徒会長である私の仕事よ」

 大暴れして、学園の風紀を乱したのは果たしてどちらなのだろうか‥‥‥。

「‥‥‥言ってないならいいんだけど」

「もういいでしょ? おいでカイト」

 腕を掴まれた俺は、強引にベッドへ引きずり込まれた。
 背が高く、力の強いマナから逃れる術は俺にはない‥‥‥。







『‥‥‥ヒック、ヒック』

『マナちゃん、大丈夫? 』

『‥‥‥お父さん‥‥‥お母さん‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥ヒック』

『よし! マナちゃんが寝れるまで、僕がお話をしてあげるよ』

『‥‥‥』

『むかーし、むかーしあるところに酒屋を営む、大きな身体をしたアレクという人がいました───』

『‥‥‥』

『アレクは、街の治安を守る為、悪い盗賊達を───』

『‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥続き』

『あ、ごめん寝ちゃってた』

『‥‥‥続き』

『えっと、どこまで話したっけ?』

『アレクがグリーン王と会った』

『そうだった。アレクはそこでグリーン王と義兄弟の契りを───』

『‥‥‥』

『グリーン王を逃すために、アレクは1人で橋の上に仁王立ちだ!───』

『‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥続き』

『‥‥‥あ、ごめん、また‥‥‥』

『早く続き』

『敵は最強の軍団、最強の騎士なったアレクでも簡単には勝てない───』

『‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥』

『‥‥‥ぐうぐう』

『‥‥‥すうすう』







「‥‥‥夢か」

 昔の夢。
 俺とマナが出会った頃だな。
 当時俺は8歳でマナは10歳だったかな。

 俺は少し身体を起こし窓の外を見た。
 まだ外は真っ暗。

 ──やっぱりこの状況では、ゆっくり眠れないって‥‥‥。

 俺の身体は、マナの両手両足で完全にロックされている。
 そして顔に押しつけられてるのは、とても凶悪な大きくて柔らかい膨らみ。
 ‥‥‥いい匂いまでする。

 ──理性が飛びそうです‥‥‥。

 大事な部分に触れないようにそっとマナを引き剥がすと、立ち上がりノビをした。
 直立状態で寝てるから身体はバキバキだ。
 
「‥‥‥今では、昔話なんてしなくてもお姫様は寝れるようになりましたとさ」

「しかし、お姫様はカイトに抱きついてないと、まだ眠れないのでした」

 後ろからの声に振り返ると、寝転んだままの姿勢で目を開き、上目遣いでマナが此方を見ていた。

「ごめん、起こした?」
 
「私はカイトが離れると、自動的に目覚める高性能機能付きなの」
 
「そうだね」

「‥‥‥どこ行くの?」

「ちょっとお花を摘みに」

「付いて行っていい?」

「やだ。すぐ戻るから先に寝てて」

「‥‥‥早く帰って来てね。‥‥‥夜は嫌い」

 俺は無言で頷くと部屋の扉に手をかけた。


「‥‥‥カイト、嫌にならないでね‥‥‥」

 部屋から出るときに聞こえた最後の言葉は、今にも消えそうな微かな声だった。
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