豪運少女と不運少女

紫雲くろの

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第1章

私の豪運は道場を届ける。

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伝統的な和を凝縮した木材で織りなされた、荘厳(そうごん)な武家屋敷の道場では、床を足で蹴り上げる音と竹刀がぶつかり合う音だけが響き渡っていた。
そして、そこが戦艦内部に作られた街ということを忘れさせるほどに少女たちはお互いに向き合っていた。

「やるわね!」

「あなたこそ・・・。」

今や剣術で言えば私に迫ろうかという実力を持ったアイネの相手をしているのは、ガタイの良さそうなララでも、最強と呼ばれるアルでもない。
その人物は2年前に12歳ながらギルドに最高魔法責任者(CMO)という名目で雇用され、派手な杖を片手に威張り散らしていたはずの幼い少女だった。

「リロ・・・強くなったにゃね。」

「私はただ、レノお姉ちゃんから教わった事を続けてるだけ!」

そんな幼い少女には尊敬できる姉的存在がいた。
一人は私の親友レノ、彼女は元部下であるアミさんから教わった近接格闘術を駆使してあの貨物船で華麗な戦闘を行った。
二人目はレア、親友よりも年上の彼女は、少女からすれば長女のような存在で小馬鹿にされていたが模範的人物だったのだろう。
どうやら少女の急成長はそれが原因のようだ。

「わ、私ですか!?」

忘れていた3人目はレノ=アルバート、彼女は前述の二人をかけ合わせたような見た目はレノ、中身はレアというおっとり系お姉さんではあるが・・・。

「馬鹿っ!アンタじゃないわよ!後で揉んであげる!」

「うぅ・・・。これ以上大きくなると困ります・・・。」

「成長したと思ったけど・・・天才変態魔法少女にゃね・・・。」

「その名前も懐かしいわね!!」

少女は太刀筋だけではなく、場の立ち回り方や即座に反応できる構え方など複数の事を同時に器用にこなしていた。
2年前から続く天才という二つ名は伊達ではない様で、アイネもそれを感じ取ったのか迂闊には攻めずに相手が仕掛けて来るのを待ち続けている。

「そう、お姉ちゃんは天才なの・・・。」

そして背後からおっとりとして、ふてぶてしいそうな少女の声が聞こえた。
天才少女よりも二つ年下の妹の大きな体に、人形のように抱きかかえられながら私はその試合を見ていた。

「なんでお前が居るにゃ・・・」

「座れる場所は此処しか無いし、狭いから・・・。」

「こいつにゃ・・・」

隣の青髪の龍族の少女はその様子をほくそ笑んだ。
「いい気味じゃのう子猫娘よ!・・・ってなんでワシも抱きかかえられておるんじゃ!?」

「だって可愛いから・・・。」

「こやつめ・・・・」

そんなララの足元ではテアが泣きながら友達を取り戻そうとしていた。
「私のリィアちゃん、返してー!」

「お主のではないがの・・・」

「そう、私の・・・。」

「お主のではもっとないがの・・・。」

「モテモテじゃのう・・・」

「真似をするな!子猫娘!」

「どっちもかわいい・・・」

ララは二人を抱き寄せて頬擦りをした。
その瞬間、対立していた筈の獣人と青髪の少女は息があったように目を合わせた。
「こいつ!!」
「いい加減に!」

二人は同時に逆上がりの要領でララの腕から抜け出すとその勢いを利用して彼女を背後から蹴った。

「ぐふっ!」

その衝撃でララは前方に転倒し顔から地面に叩きつけられた。

「うぅ、痛い・・・けど泣かない・・・。」

「根性まで図太いのは褒めてやるにゃ。」
「大したやつじゃ・・・おっと、良い椅子が出来たのう!!」

ロモとリィアはそのまま転んだララの背中に座った。
「椅子もいいかも・・・。」

「リィアちゃんやっと降りてきた。すきー!」
「一難去ってまた一難というやつじゃの・・・」

そんなやり取りを尻目にリロとアイネは見つめ合っていた。
お互いに極限まで神経を研ぎ澄まし、相手の様子を第6感で探り合っていた。
少女が竹刀を動かした瞬間、アイネが狙っていたかのように動き出す。

道場に大きな竹刀の音が響き渡った。
「うぅ・・。私の負けですね・・。」

「なかなかやるわね!」

試合を終えて勝利を掴んだはずの少女の手は、相手の手ではなく胸に向かっていた。
「ありがとうございま・・・って何で触ろうとするんですか・・・。」

「いいじゃない!減るもんじゃないし、増えるわよ!」

「ちょっと・・・やめてください・・・」

パンッ!

少女のお尻を叩く音が響き渡る。

「流石にやり過ぎにゃよ!」

「うぅ・・・。ロモ・・・ごめん・・・。」

「レアが不在の今、私がお前の姉として!しっかりと教育してやるにゃ!」

「ロモさん・・・私のために・・・。」

「私のため・・・どういう事にゃ???」

「な、何でも無いです・・・。」

「お姉ちゃんが増えた・・・。というかお姉ちゃんをいじめないで・・・。」

「ついでにお前も教育してやるにゃ!」

お尻を隠しているララの周囲を巨大な篭手が浮遊しだした。
「痛そうだから、叩かせない・・・・。」

「くくっ、面白そうじゃのう、ワシも姉として!!参加してやるのじゃ!!」

「ふふっ、二人共、私のもの・・・。」

その言葉を聞いた獣人と少女の二人は怖い顔をしながら威圧した。
「ガキにゃ!」
「ガキが!」

本体の少女を狙おうとするも巨大な篭手が行く手を遮る。
「邪魔じゃ!」

青髪の少女は勢い良く素足でその篭手を蹴り飛ばし道場の壁まで吹き飛ばした。

「ひどい、私の・・・」

「この程度!!所詮はワッパじゃの!」

その勢いでリィアはララを蹴った。
蹴り上げた少女は何故か不思議そうな顔をする。
「貴様・・・何者じゃ・・・・。」

小さいとは言え少女の全体重を乗せた蹴りですらララはびくともしなかったのである。
「秘密・・・。好き・・・。」

勢い良く抱きしめられたリィアは悲鳴をあげぐったりと倒れ込んだ。
「ぐあああああっ」

「リィア!!こいつ・・・怪力のたぐいかにゃ・・・。」

「猫さんも本気で来て。」

「言われなくても!!」

次々と掴んでこようとする篭手を器用に回避しながら獣人は近づく。
「捕まえる。」

「遅いにゃ!」

ララのお尻を蹴り上げた獣人は跳ね返ってきた衝撃の痛さにうろたえた。
足の甲に返ってきたのはまるで金属の塊を蹴り上げたかのような痛みだった。

「いっ!!!」
獣人は表情に涙を浮かべていた。

「ふふっ、無駄・・・。」

ララが伸ばす手をバック宙で回避した獣人は少し離れたところで足を押さえながら考えていた。
彼女の異常な防御力・・・恐らく魔法の類だとは思うが、これまで身体を強化する魔法というものは聞いたことがない。
タネが分からない以上、何処かの龍族の鱗ですら砕く私の最大奥義で対処するしか無いと考えた。

「仕方ないにゃ・・・」

そういいながらスフィアが埋め込まれた剣をゆっくりと鞘ごと腰から引き抜いた。
獣人は鞘に付いている紐を鍔(つば)に括り付けて鞘を固定する様に巻き付ける。

「馬鹿もの!!それは危険じゃ!!」
「そうですよ!ロモさん!!」

「ちょっとガキにお灸をすえるだけにゃ!」

「効かないからいい、来て。」

その場で居合の型を取る。
「じゃぁお言葉に甘えるにゃ。演舞・阿修羅!!」

獣人が構えた瞬間その場から姿が消えると同時にララの両脇にあった篭手が壁まで勢い良く吹っ飛んだ。
「えっ・・見えない・・」

ゴン!

鈍い金属音が聞こえると共に獣人はララのお尻に剣を振りはなっていた。
確かに手応えはあったのだが・・・ララは平然とその場に立ち尽くしている。

「何!?鞘の状態とは言え、ワシの鱗ですら砕いた技じゃぞ!!」

「まだまだにゃ!」

続けざまに連撃を放とうとした瞬間、リィアとアイネが止めに入った。
「待つのじゃ!」
「待ってください!」

「って・・・泣いてるにゃ・・・・」

ララは手を顔に当て涙を拭いながらすすり泣いていた。
「うっ・・うっ・・・痛い・・・」

泣いているララの様子を見た獣人は我に返る。
容姿が大人っぽいとは言え、中身は12歳の子供なのだ。
彼女がこちらに抱きついてくるのも愛情表現の一種で仕方のないことなのだろう。
「その・・・・すまなかったにゃ・・・。」

リロがララの頭を撫でる。
「衝撃までは相殺出来なかったみたい・・・頑張ったわね!」

むぎゅっ!!

勢い良くララは獣人に抱きついた。

「痛かったから慰めて・・・。」

「なんで相手の私が・・・・。く、苦しいにゃ・・・・・」

「じゃがどんな手品なのじゃ?」

「これよ。」

「これは・・・砂鉄じゃのう!」

「そう、私の妹は電磁力の魔法を使う天才なの!」

胸でサンドイッチされ、ぐったりしている獣人を抱きかかえながらゆっくりとリィアに近づく。
「おねーちゃんほどじゃないけど・・・・得意。」

「ふむ、試させてもらおうかのう!」
そういいながら腕組みをしていたリィアが人差し指を上げると、背後から高圧水流の糸がララの向かっていく。
おっとりとした表情のままララは呟く。

「防ぐまでもない・・・」

彼女に水流が当たる直前大きくカーブした。

「何じゃと!?」

両手を広げるとぐったりとした、猫の獣人が床に倒れた。
「ロモさん!!」

「常に電磁力を展開しているから無駄。次はあなたの番・・・可愛いは常に必要・・・。」

青髪の少女は顔をしかめながら後ずさりをする。
「ぐぬぬ・・・・。泣いていたと思ったらこやつ・・・・」

一触即発の二人を遮るかのように、脳内に声が響き渡った。
(本艦はこれより世界の危機を防ぐため、水の聖地に向けて出港します。非戦闘員は途中のいくつかの港街で下船してください。)

「うぅ・・・この声はアイツかにゃ・・・。」
「はい、始まりましたね・・・。」

リロは帽子を帽子を深く被り、マントを整える。
「えぇ、これでお姉ちゃんに会える・・・。」

「うむ、ワシもこれで龍族に返り咲けるというものじゃ!っていつの間に・・・。」
ララは青髪の少女を背後から抱きしめていた。
「可愛いは負けない・・・。」

「全てに決着を付けるにゃ!」
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