異世界転生した元社畜は精霊や王子や勇者に囲まれる羽目になりました

無条件の愛情

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魔性の再来

6

カイside

***

初めて蓮を見たとき、
天使がこの世界に落ちてきたのだと、本気で思った。

あの時は静かな執務室で1人、仕事をこなしていた。
俺はまだ公爵になれていない。形ばかりの公爵...父は病により未だ回復が見込めていなかった。
1度医者にも見てもらったが原因が分からない、と。

俺は父の代わりに、次期公爵として働く毎日だった。
俺には歳の近い兄がいた。しかし兄は精霊の受肉謀体となり姿を消した。世間では、死んだ事にされた兄の葬式で、痛いほど不条理なこの世界に拳を握りしめたのを今でも鮮明に思い出せる。

「報告失礼いたします。アイロス家領土、東の森に脅威Aの魔獣が確認されました。森近くの住人にはすでに避難させています」
「...すぐ向かう」

数日前から、魔獣が活性化しているらしく頻繁に討伐に向かっていた。
森へ討伐と向かうと護衛に言うと、彼らは着いてこようとしたので止めた。普段なら一緒に戦う彼らを置いてきたのは、協力する事に少し疲れていたのかもしれない。

その森で、蓮を見つけた。
黒い毛皮に青い高温の炎を纏った狼のような巨大な魔獣。しかし、一向に俺の方へと襲いに来なかった。

不審に思いながらも、狙いを定めて魔剣を呼び出した。しかし俺の手が止まる。その魔獣の足元に天使がいたのだ。
魔獣は天使を襲うこともせず、ただその黒髪の小さな存在を見つめていた。
それはまるで、天使が魔獣を従えているかのようにも見えたし天使を守る悪魔という光景にも見えて………神秘に心を縛られた俺は、数秒だけ戦いを忘れて立ち尽くしてしまった。

胸を上下させて眠るその姿はあまりにも無防備だった。
黒髪⎯⎯⎯この世界では極めて珍しい。唯一記憶にあるのは、本で読んだ異世界人の記録。
黒に近い髪色を持つものは多くいるが、真黒はいない。俺の髪が黒色なのは、先祖返りらしい。先祖に異世界人がいた可能性があるのだという。
「異世界」とはどんな場所か想像もつかなかったが、この存在を見ると、そこはきっと楽園なのだろうと錯覚してしまう。

……はっと我に返り、剣を握り直した。
天使を傷つけぬよう、広範囲魔法はやめて、魔剣で仕留める。閃光のような一太刀。魔獣は崩れ落ち、気づけば俺は眠り続ける彼を抱きかかえていた。

そのまま公爵家へ戻っていた。

「カイ様、そのお方は...」
「拾った」

デルタが、ギョっとして俺を見る。責任を問いたいのだろう。ならば、見捨てろというのだろうか。それは人間として然るべきことだ。俺は、俺のためにも彼を公爵家まで抱えてきたのだ。

天使は、目を覚ますことなく、飲まず食わずで4日間眠り続けた。

そして黒曜石の瞳がぱちりと開かれた。
それは「蓮」だと名乗り、自分は異世界から来た人間だと告げた。……不思議と疑う気にはなれなかった。
今まで誰にも興味を持たなかった俺の心が、初めて大きく揺れた。同時に彼が、元の世界に戻ってしまうのではないか、と心が締め付けられた。

艶やかな黒髪、ころころと変わる愛らしい表情。
風呂に入りたいと告げた彼を案じて手伝おうとすれば、涙目で真っ赤になって俺を押しのける。
その仕草すら、目を離せなかった。

やがて彼が怯えて「何かいる!」と胸に飛び込んできたときには、あまりの無防備さに直視できず、慌てて自分の服を被せた。こんなに無防備だと、後先が不安だな。できるだけ匿っておきたい。神殿に見つかったらさらに厄介だろうが、デルタが国に報告しているだろうから時間の問題だろう。

そっと蓮を抱きしめる力を強めて、脱衣場を覗いた。
暖かい湿気と、蓮の良い匂いが充満するだけで、誰もいない。だが、確かに魔力の残滓があった。
⎯⎯⎯風属性の痕跡。

……まさか、風の精霊か?
しかもただの精霊ではない。始祖の...。
ここ百年、契約精霊として姿を現したことはないはず。彼を見ると、血の気が引いた様子だった。
無理もない。異世界人だとしたら、精霊の存在すら知らないだろう。

異世界人は不思議な力を持つと書物には記されていた。それが本当なら、蓮の存在は、俺の世界を大きく変えていくのかもしれない。そんな予感がして心臓が大きく高鳴った。

***


目を覚ますと、またベッドの上だった。
やっぱり異世界転生は、夢だったのか……どこか絶望しつつも身を起こしかけて、腰を沈める。
ふわふわで身体を飲み込むような寝心地の高級ベッド。どうやら現実らしい。

視線を上げると、そこに精霊さんの綺麗な顔が至近距離に居て、驚いてしまった。俺を覗き込んでいる。
精霊さんの綺麗な髪の毛が俺の顔に垂れてきたから、それを指で触ると、絹のような滑らかさだった。
...くんくん、良い匂いする。へへ。

「起きたか」
右から声がして、また驚いてしまった。俺が精霊さんの髪の毛触って匂い嗅いだところ見られていないよね?声の方を向くとカイさんが椅子に腰掛け、本を閉じてこちらを見ていた。心做しか心配そうにみえる。

あぁ、そうだ。俺は眠気に負けて気を失ったんだっけ。でも妙に身体は軽く、頭もすっきりしている。
もしや、何十日も昏睡していたパターンか。

「……何日も寝てました?」
「いや、数十分だけだ」
あ、そうですか。大事件のような長い眠りはなかったらしい。

カイさんは本を机に置き、改めて俺に向き直った。
「蓮。君の状態を調べたが……“魔力過多”と呼ばれる症状にあるらしい」
「魔力過多……」

大きな病気ではない、と前置きをしながらカイさんは説明してくれる。
乳幼児などに稀に起き、命に別状はないはずだが、大量の魔力に触れると強い眠気が襲い、当然気を失うのだと。それらは、成長する過程で魔力に慣れ完治するのだが、俺のように成長済みの人間がかかることは、そうそうなく、普通ならまず起こらないらしい。精霊や神のように、人を超えた存在に関わらなければ。

俺はただ黙って聞いた。
「なるほど」と口では応じたけれど、心のどこかで分かっていた。
あの時の睡魔は、間違いなく精霊さんの影響だ、と。
精霊さんは、そんな俺をただ静かに見ているだけ。

やがてカイさんは申し訳なさそうに「用事がある」と部屋を出ていった。きっと、精霊が起こした騒動やテリーさん絡みで山ほど片付けがあるのだろう。

俺はもう少し休めと言われたが、じっとしていると落ち着かなくて、足を動かす事にした。
テラスに出て、ガラス越しに外を眺める。広がる街並み。石畳の道を行き交う人々。遠くまで続く景観は、どこか絵のようで現実味が薄い。

ふと、ガラスに映った隣の姿に気づく。精霊さんだ。
彼は俺の首元に顔を埋めてくる。くすぐったいけど、悪い気はしなかった。精霊さん寂しかったのかな。
抱きついてくる彼の体に手を回して、抱き返した。
そして空気を吸った。すーはーすーはー。
やっぱり良い匂いするな。風の精霊さんだからなのか、爽やかな匂いがする。俺は変態じゃないからな!

「精霊さん、お名前は?」
『...』

「精霊さんって、普段なにしてるの」
『...』

沈黙。返事はない。
もしかしたら精霊ってみんな喋らないのかな。それとも言語があるのだろうか。
静かな部屋に自分の声だけが響き、ふっと敬語も消えてしまっていた。馴れ馴れしいかな、と少し恥ずかしくなる。

それでも、彼が黙っているのが寂しくて、また口を開こうとした。
「精霊さ──」

瞬きをした、その次の瞬間。

「えっ」

突然、変わった視界に混乱が隠せない。
俺は精霊さんに抱き上げられ、街の遥か上空にいた。
風が頬を切る。下界の景色が一気に遠ざかっていく。
声も出せず、ただしがみつく。
どうしようどうしよう!なんでこうなった!

もしかして俺が、普段何をしているか、と聞いたから見せてくれようとしているのだろうか。
揺るがぬ腕に支えられながら、恐怖と、どこか抗えない安堵が胸に広がっていった。
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