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魔性の再来
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公爵邸に戻ると、何やら騒がしいので大きい荷物を置いて、自分の部屋に戻るついでにホールの玄関の方をこっそり覗くと、デルタさんと桃花色の髪に緑色の目をした綺麗な顔をした青年が揉めているのを見つけた。周りに使用人達が集まっている。
少年は護衛の騎士を2人連れている。貴族だろうか?
「だーから!僕の婚約者に付き纏ってる黒髪の人間がいるらしいな!もう居ないと思っていたのに僕はここの使用人が噂しているのを聞いたんだ。」
「イオス様、公爵様は執務室にてお仕事中なので今は、お引き取りください。」
イオス...カイさんの婚約者、というか彼男だよね?
この世界は男と男で婚約ができるのか?
こっそり見ていると青年と目が合った。
彼は固まった後、綺麗な顔を歪めて歯を食いしばって恐ろしく冷静に声を放った。
「貴様だな。出てこい僕が身の程をわきまえさせてやる。」
「え?お⎯⎯⎯ぼく?!」
お、俺かよ!?
気迫に負けて呂律が回らないせいで変な返事になってしまった。しかもデルタさんがハッとして俺を見た。
仕方なくそろそろとホールへと足を運ぶ。
集まってきている使用人さんが俺の登場にさらにザワついた。改めて他の使用人達の前で姿を見せたのは初めてである。
「使用人が雇い主と不純な真似をしようというのか!僕の婚約者にその容姿を駆使して色目を使うなんて!」
「イオス様!」
デルタが眉を顰めて名を呼んだ。
確かに言われて見ればもっともである。
俺の今の身分は使用人として雇ってもらっていることになっているが、話が盛られすぎだろ!
「僕はしていないですし、カイさんの婚約者という立場でおられながら使用人の噂話に反応して醜態を晒すなんて、どうなんですか?」
「蓮~~!!!」
野次馬が反論するとは思わなかったのか、おおと声を上げる。恥ずかしいので辞めて欲しい。
しかし気に触る事を言われて思わず口に出してしまった俺も大概である。
イオスがぐっと、押し留まった。
会社にいた時は上司の理不尽な怒りに反論できなかったが今は違う。俺は我慢などしない。
デルタさんが大きなため息をつきながら眉間を抑えた。その時イオスが額に血管を浮き出しながら両手を横に広げた。
デルタさんが何かに気づいたのか駆け寄ったが無駄だったようだ。
「このガキ...僕を侮辱した事後悔させてやる〈精霊召喚〉!」
ええっ精霊召喚?!こいつマジになり過ぎだよ!
しかもここ公爵邸だぞ、建物が壊れたらどうするつもりだよ。
イオスが精霊召喚と叫ぶと同時、イオスの背後に
カイさんと雰囲気がよく似た精霊のような人が、水球を周りに浮かばせ、空中から出現したようにして
地につま先をつける。
水の精霊だろうか?
光の反射で青や水色に変化する耳ほどの髪を揺らし、
カイさんとそっくりな、サファイアのような青い瞳孔を俺に向けていた。
「レイ...アイロス公爵家を守るためなんだ。君を使う事を許して」
そうしてイオスが優しく、小さく呟いたがその声は誰にも届かなかった。
突如現れた水の精霊による衝撃波は、ホールの柱に深いヒビをつけるほど巨大だった。
デルタさんが俺の前に出て衝撃波を庇ってくれた。
野次馬の使用人達は慌てて散らばっていく。
「紹介し遅れました。彼は水を信奉するヒドロ公爵家のイオス・ヒドロ公子です。アイロス公爵家とヒドロ公爵家で政治的婚約をしています。」
「⎯⎯⎯あの水の精霊さんが、カイさんと雰囲気がそっくりなのは何か理由があるんですか」
デルタさんは俺の質問に苦しそうな顔をして衝撃的な言葉を言った。
「あの精霊は...いえあの方は、カイ様のお兄様のレイ様に受肉した水の精霊です」
「は、はぁ!?」
とんでもない事である。予想の遥か上を超えた回答をもらって混乱する。思わずデルタさんの顔を見ようと視線を外した瞬間、デルタさんが魔法を展開して俺の目の前にバリアを作った。俺が反応できていなかっただけのようで、バリアに弾き返された水で生成されたナイフのようなものが対消滅した。
確実に殺しにきてますやん!と俺が顔面蒼白になっていると、2階のフロアからカイさんが表情を暗くして慌てて降りてくるのが見えた。
一大事である。
「イオス!君はどうして!」
「口を慎めカイ。レイも君も僕から離れるんだろ?
父上の契約通りに僕はこの婚約を成功させなければならない。その為に邪魔者は排除する。」
イオスが話終わると同時に水の精霊が俺に向かって来た。水の如く滑らかで素早い動きに誰も反応できなかった。水の精霊は額と額を合わせるようにしてこつんと、ぶつけてきた。
「ふぇ」
文字通りに時が止まった。
体を動かせなかった。唯一目を動かせたので
ぐるっと辺りを見ると走りかけのカイさんやこちらに視線を向けるデルタさんとイオスがいた。
しかし彼らも浮かぶ水も石のように固まっている。
その変な景色を見たのは俺と水の精霊を白い閃光が包んだのが最後だった。
***
何視点なのか分からないが俺の目の前に、水の精霊によく似た人とイオスが肩を並ばせて親しげに整備された通路の木ベンチに座って居た。学生服のようなものを着ている。後ろには豪華な校舎がある。
また2人に目を移して考え直す水の精霊ではないな。
この人はレイさんだ。
カイさんより少し優しげな目元をしていて、銀髪とカイさんと同じ碧の瞳をしている。
2人は俺の存在に気づいていないらしい。
状況に意味がわからなくて、カイさんの名前や精霊さんの名前も呼んでみたが俺の声が虚しく響くだけだった。
その時イオスが申し訳なさそうに喋りだした。
「レイ。僕と攻略結婚する事になったけどいいの?」
「はは!面白い事を聞くんだねイオス。私はイオスが好きなんだよ」
「...残念だけど僕は人を好きになった事がないな」
レイさんはそんなイオスの返事を聞いて頬を染めて優しく微笑んだ。
すると空間がまた、水面をかき混ぜるように歪んでいく。
ぐらりと揺れる感覚に、吐き気がこみ上げる。俺は酔いやすい体質なんだよ、勘弁してくれ…。
次に映し出されたのは、重厚な執務室。
椅子に座るのは桃花色の髪をした鋭い眼光の男。その前に立たされているのは、暗い顔をしたイオスだった。
「お前も知っているだろう。いまやアイロス家は勢いを増している。領地で魔石の鉱山も見つかったらしいな。ヒドロの名が霞むのは避けねばならん」
男の声は低く、濁った欲望を隠そうともしない。
そして冷酷な言葉が放たれた。
「……だから、お前をアイロス家に差し出す」
イオスの肩がびくりと震えた。
「この婚姻が……そんな理由だったと?父上!」
必死の抗議に、男は指を唇に添え、わずかに笑った。
その仕草ひとつで、イオスは怯えたように体を強ばらせる。
「お前なら内部からアイロスを蝕める。その美貌と、水の精霊に選ばれた力でな」
イオスは拳を握り締めた。
外から、雨が降り始める音がする。
小さな声で吐き出された。
「……父上。僕は、道具でしかないのでしょうか」
その問いに、男は歩み寄り、イオスを抱きしめた。
一見すれば慈しみに満ちた親の仕草――だが、イオスの頬を濡らす雫は、愛でも安堵でもなかった。
押し殺した反発、諦め、そして寂しさ。
それらすべてが混ざり合った涙だった。
「……っ!」
イオスは男の胸を押し返し、執務室を飛び出した。
そのまま雨の中へ駆け出す。
領地を抜け、街へ。びしょ濡れになりながら、笑っていた。
「ははは……は、は、はは!」
その笑いは壊れかけの心を必死に繋ぎ止めるためのものにしか聞こえなかった。
ふとイオスが足を止めた時、黒い影が彼の頭上を覆った。
⎯⎯⎯傘。
「イオス」
差し出したのは、レイだった。
「イオスが雨の中を走っているのを見て……追いかけて来た」
「レイ……ごめん……僕は、この結婚は……君を……苦しめるもので……だから、僕は!!」
途切れ途切れの言葉。
俯くイオスの肩を、レイは黙って抱き寄せた。
その温もりは一瞬の救いだった。
けれど長くは続かない。
イオスの体が、力を失って崩れ落ちたからだ。
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