入厨 ‐いりくりや‐

天野 帝釈

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ぬくい懐

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それから男は、婆ぁの家にちょいちょいと通うようになった。

しぶとい事に、虫の息の癖に中々くたばらない。

その内目を開けるようになったが、目が濁って何処を見ているかわからないところを見ると、
目は見えちゃいないらしい。

また、最近町の方で大きな火事があり、大工仕事に男手が必要なようで、暫く男の懐は温かくなった。

仕事はきついが一回仕事をするだけで結構な給金がもらえる上に、
道具も貸し出してくれるとなっちゃ働かない理由もない。

泥棒稼業は儲かる時は儲かるが、危険でスカも多いと来た。

それに俺みたいな小者は、
伝手が無ぇから値の張りすぎる名匠が作った品なんかも宝の持ち腐れで売り出せやしない。

縄張りなんてものもあるし、この仕事は婆ぁの世話したお礼に天神様がくれたに違いねぇと、
男は暫く仕事のあるうちはこれに励むことにした。

温まった懐で、婆ぁの土産に米と食えそうな野菜を買って、町外れの家に向かって駆けて行く。

泥棒の時の緊張も好きだが、今の汗をかく仕事も男にとっちゃ気持ちがよかった。



婆ぁの世話をし始めて、自分が料理好きと思い出したのも良い傾向な気がする。
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