魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~

月親

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始まりの日(4) -カシム視点-

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「カシムが魔物の街を見つけたのも、運命の導きって奴かもね。最小限の犠牲で、世界を救う。勇者の一族の使命だよ、これは」

 ジラフが楽しげに、ポンッと手を打つ。
 言い方からして、彼は俺の一族の覚醒条件を知っているのだろう。

(最小限の犠牲、だと?)

 先程感じた恐怖心が、今度は怒りに変わる。
 俺は無意識のうちに、腰の短剣に手を掛けていた。
 揺れた紐飾りが、俺の指に触れる。

「それでね、異世界召喚という技術があるんだよ」

 俺の心中を知ってか知らずか、ジラフは不敵に笑って言った。

「カシムはまだ未婚だろ? 異世界召喚は、君の一族に適合する者を呼べるというよ。だから、それで妻となる者を呼び出せばいい。確か先代魔王を倒した君の先祖も、それで最初の妻を娶ったはずだ」
「!?」

 世間話でもするように言ったジラフの言葉に、衝撃を受ける。
 その言い様はまるで――

「カシムも魔王を倒した後は、改めて家庭を築く相手と再婚すればいい。召喚に必要な触媒、魔術式は僕が用意してあげるよ」
「異世界人を、殺すために……喚ぶのですか」

 わかりきったことと思いながらも、俺はそれを口にした。
 口の中が乾いている。
 ジラフを見ているはずが、自分が何を見ているのかがわからない。
 俺たちは一体、何の話をしているのだろうか?
 魔王が俺たちの生活を脅かす。だから、討伐する。
 それは正義で。
 正義のために、人間を、殺す……?

「なら、エリスを殺す? 僕はそれでも構わない」
「……っ」

 呼吸が止まる。
 急速に、目の焦点が合う。
 先程とは逆に、今度は思考が停止する。

「迷う余地なんてないじゃないか。エリスを殺すか、異世界人を消すか」
「消す……」

 彼の言葉を繰り返した俺に、ジラフが無邪気に笑う。
 今まで心臓まで止まっていたのかと思うほど、ドクドクと全身に血が流れるのを感じる。
 俺に「そうだよ」と、赤い目を細めて悪魔が囁く。

「君は異世界人は『殺す』んじゃない。元から無かったものを『消す』だけさ」



 パチッ
 焚火の火が爆ぜる音に、我に返る。
 辺りは既に、夜の闇に包まれていた。今日という日が、終わろうとしている。
 俺は手にしていた短剣を、鞘に収めた。
 短剣の柄にも鞘にも装飾一つ無いことに、「味気ないから」と手編みの紐飾りをくれたエリスを思い出す。

「ここで成果を上げなければ、後が無い……」

 痺れを切らした王家は、本格的に村に圧力を掛けてくるだろう。そうなれば、俺の代わりにエリスが責められる。
 魔王は予想通り火山の暴走を抑えに行き、その際に魔物の街――カルガディウムの結界に、若干の弱まりが見られたという報せがあった。
 奴の魔力が回復しないうちに他の精霊も暴走させ、そちらにも力を割かせれば、俺が竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーを抜けなくとも勝機はあるはずだ。
 『やらねばならないことより、やりたいことを選びたいんじゃないのか』
 いつか聞いた魔王の言葉が、ふと蘇る。

「そうだ……だから俺は、魔王を倒す」

 短剣の柄を額に当て、瞼を閉じる。
 紐飾りが、優しく俺の頬をくすぐった。

「俺が望むのは……エリス、お前と平穏に暮らしたい。ただ、それだけだ……」
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