50 / 105
始まりの日(4) -カシム視点-
しおりを挟む
「カシムが魔物の街を見つけたのも、運命の導きって奴かもね。最小限の犠牲で、世界を救う。勇者の一族の使命だよ、これは」
ジラフが楽しげに、ポンッと手を打つ。
言い方からして、彼は俺の一族の覚醒条件を知っているのだろう。
(最小限の犠牲、だと?)
先程感じた恐怖心が、今度は怒りに変わる。
俺は無意識のうちに、腰の短剣に手を掛けていた。
揺れた紐飾りが、俺の指に触れる。
「それでね、異世界召喚という技術があるんだよ」
俺の心中を知ってか知らずか、ジラフは不敵に笑って言った。
「カシムはまだ未婚だろ? 異世界召喚は、君の一族に適合する者を呼べるというよ。だから、それで妻となる者を呼び出せばいい。確か先代魔王を倒した君の先祖も、それで最初の妻を娶ったはずだ」
「!?」
世間話でもするように言ったジラフの言葉に、衝撃を受ける。
その言い様はまるで――
「カシムも魔王を倒した後は、改めて家庭を築く相手と再婚すればいい。召喚に必要な触媒、魔術式は僕が用意してあげるよ」
「異世界人を、殺すために……喚ぶのですか」
わかりきったことと思いながらも、俺はそれを口にした。
口の中が乾いている。
ジラフを見ているはずが、自分が何を見ているのかがわからない。
俺たちは一体、何の話をしているのだろうか?
魔王が俺たちの生活を脅かす。だから、討伐する。
それは正義で。
正義のために、人間を、殺す……?
「なら、エリスを殺す? 僕はそれでも構わない」
「……っ」
呼吸が止まる。
急速に、目の焦点が合う。
先程とは逆に、今度は思考が停止する。
「迷う余地なんてないじゃないか。エリスを殺すか、異世界人を消すか」
「消す……」
彼の言葉を繰り返した俺に、ジラフが無邪気に笑う。
今まで心臓まで止まっていたのかと思うほど、ドクドクと全身に血が流れるのを感じる。
俺に「そうだよ」と、赤い目を細めて悪魔が囁く。
「君は異世界人は『殺す』んじゃない。元から無かったものを『消す』だけさ」
パチッ
焚火の火が爆ぜる音に、我に返る。
辺りは既に、夜の闇に包まれていた。今日という日が、終わろうとしている。
俺は手にしていた短剣を、鞘に収めた。
短剣の柄にも鞘にも装飾一つ無いことに、「味気ないから」と手編みの紐飾りをくれたエリスを思い出す。
「ここで成果を上げなければ、後が無い……」
痺れを切らした王家は、本格的に村に圧力を掛けてくるだろう。そうなれば、俺の代わりにエリスが責められる。
魔王は予想通り火山の暴走を抑えに行き、その際に魔物の街――カルガディウムの結界に、若干の弱まりが見られたという報せがあった。
奴の魔力が回復しないうちに他の精霊も暴走させ、そちらにも力を割かせれば、俺が竜殺しの剣を抜けなくとも勝機はあるはずだ。
『やらねばならないことより、やりたいことを選びたいんじゃないのか』
いつか聞いた魔王の言葉が、ふと蘇る。
「そうだ……だから俺は、魔王を倒す」
短剣の柄を額に当て、瞼を閉じる。
紐飾りが、優しく俺の頬をくすぐった。
「俺が望むのは……エリス、お前と平穏に暮らしたい。ただ、それだけだ……」
ジラフが楽しげに、ポンッと手を打つ。
言い方からして、彼は俺の一族の覚醒条件を知っているのだろう。
(最小限の犠牲、だと?)
先程感じた恐怖心が、今度は怒りに変わる。
俺は無意識のうちに、腰の短剣に手を掛けていた。
揺れた紐飾りが、俺の指に触れる。
「それでね、異世界召喚という技術があるんだよ」
俺の心中を知ってか知らずか、ジラフは不敵に笑って言った。
「カシムはまだ未婚だろ? 異世界召喚は、君の一族に適合する者を呼べるというよ。だから、それで妻となる者を呼び出せばいい。確か先代魔王を倒した君の先祖も、それで最初の妻を娶ったはずだ」
「!?」
世間話でもするように言ったジラフの言葉に、衝撃を受ける。
その言い様はまるで――
「カシムも魔王を倒した後は、改めて家庭を築く相手と再婚すればいい。召喚に必要な触媒、魔術式は僕が用意してあげるよ」
「異世界人を、殺すために……喚ぶのですか」
わかりきったことと思いながらも、俺はそれを口にした。
口の中が乾いている。
ジラフを見ているはずが、自分が何を見ているのかがわからない。
俺たちは一体、何の話をしているのだろうか?
魔王が俺たちの生活を脅かす。だから、討伐する。
それは正義で。
正義のために、人間を、殺す……?
「なら、エリスを殺す? 僕はそれでも構わない」
「……っ」
呼吸が止まる。
急速に、目の焦点が合う。
先程とは逆に、今度は思考が停止する。
「迷う余地なんてないじゃないか。エリスを殺すか、異世界人を消すか」
「消す……」
彼の言葉を繰り返した俺に、ジラフが無邪気に笑う。
今まで心臓まで止まっていたのかと思うほど、ドクドクと全身に血が流れるのを感じる。
俺に「そうだよ」と、赤い目を細めて悪魔が囁く。
「君は異世界人は『殺す』んじゃない。元から無かったものを『消す』だけさ」
パチッ
焚火の火が爆ぜる音に、我に返る。
辺りは既に、夜の闇に包まれていた。今日という日が、終わろうとしている。
俺は手にしていた短剣を、鞘に収めた。
短剣の柄にも鞘にも装飾一つ無いことに、「味気ないから」と手編みの紐飾りをくれたエリスを思い出す。
「ここで成果を上げなければ、後が無い……」
痺れを切らした王家は、本格的に村に圧力を掛けてくるだろう。そうなれば、俺の代わりにエリスが責められる。
魔王は予想通り火山の暴走を抑えに行き、その際に魔物の街――カルガディウムの結界に、若干の弱まりが見られたという報せがあった。
奴の魔力が回復しないうちに他の精霊も暴走させ、そちらにも力を割かせれば、俺が竜殺しの剣を抜けなくとも勝機はあるはずだ。
『やらねばならないことより、やりたいことを選びたいんじゃないのか』
いつか聞いた魔王の言葉が、ふと蘇る。
「そうだ……だから俺は、魔王を倒す」
短剣の柄を額に当て、瞼を閉じる。
紐飾りが、優しく俺の頬をくすぐった。
「俺が望むのは……エリス、お前と平穏に暮らしたい。ただ、それだけだ……」
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる