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五③
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その後里見は僕が落ち着いたと見たのか、その日のうちに自宅へと帰っていった。
(そう言えば……)
里見が帰っていく背中を見送った後、僕は章子の手記と共に置いてあった一通の封筒のことを思い出した。あの封筒が何なのか気になった僕は、再び寝室へと戻ると章子の文机の引き出しを開けた。そうして封筒を見る。そこには封筒に添えられるように貼り紙がしてあった。
(郵送してください……?)
貼り紙の内容を見た僕はその封筒に書かれている住所と宛名を見てみる。そこに書かれていたのは章子の実家だった。裏側はしっかりと封がしてあり、中を見ることは出来ない。
(……)
僕はその封筒に書かれた住所と宛名を見ながらしばらくの間考える。そして明日の朝早くに家を出て、章子の実家へこの封筒を直接届けることを決めるのだった。
翌日。
僕は章子の家族に殴られることを覚悟して家を出る。駅舎で列車の発車時刻を待ち歩廊へと向かう。季節はすっかり春になり、頬を撫でる風が暖かい。
それから僕は、列車へと乗り込む。
ここへ来る時は冬の始まりで、章子が隣で一緒にいたことを思い出す。僕は章子のご両親にとって、大事な娘をさらった悪者になっているだろう。それでも僕は、その大事な娘の最期を、僕の口から告げねばならない、そう思うのだった。
列車が進む線路沿いの桜はほとんどが新緑へと姿を変え、桜の花びらはまばらに残っているのみだった。章子が死んでからも、当たり前のことなのだが季節は進んでいたのだった。
そうして列車は着実に僕を、章子と駆け落ちした駅に向けて運んでいく。
駅に到着した僕は真っ直ぐにその足を章子の実家である神社へと向けた。僕と神社との距離が近付くにつれて、僕の足が震えてくるのが分かる。
(おいおい……)
僕はそんな自分に呆れる。
きっと章子の家族からはどの面下げて、と思われるだろう。
そう考えると僕の歩く速度も自然と遅くなるのだった。そのうち止まってしまうのではないかと思われる足を叱咤してその歩を進める。
(もとより、一発二発殴られる覚悟は、あるだろう?)
僕は自分にそう言い聞かせる。
そうやって自分と戦いながら歩いているうちに、章子の実家である神社の鳥居と石階段の下へと到着した。
僕は足を止めると、一つ深呼吸をする。そうして心の準備をしてから意を決して、鳥居に一礼をする。その後一段一段、石段を踏みしめながら上を目指していくのだった。
階段を上る途中で僕の足の震えが止まった。代わりに僕は、章子のご両親に対しての覚悟が決まる。
そうしていちばん上まで上った時、僕は境内で掃き掃除をしている神主の姿を認めた。この神主こそが、章子のお父様である。
僕の存在に気付いた章子のお父様が視線を投げかけてきた。僕はすぐにその視線を受けて深々と頭を下げる。
しばらく頭を下げ続けていると、ザッザッと砂利を踏みならす音が近付いてきて、白い足下が視界に入ってくる。
「来てくれると思っていたよ。頭を上げなさい」
頭上から降ってきた声は章子のお父様のものだ。僕はその声に従って顔を上げる。視界に入ったお父様の顔は複雑な色をたたえており、
「付いてきなさい」
そう言うと僕に背を向けた。僕は言われたとおりにお父様の背を追って歩いて行く。
そうして僕は、境内の近くにある建物の中へと通された。この間、僕とお父様の間に会話は一切ない。僕はこれ以上ないほど緊張し、口から心臓を吐き出しそうになる。
腹はくくったはずだったが、それでもやはり今すぐ逃げ出してしまいたい気持ちの中、僕は佐藤家の一室へと通された。
「しばらくここで、待っていなさい」
章子のお父様の声音は決して高圧的ではないものの、それでも否とは言わせない威厳があった。僕は言われたとおりに通された部屋の中で黙って待つ。
しばらく待っていると廊下から足音が聞こえ、閉じていた襖が開いた。僕が視線を向けると、そこには章子のお父様と、お父様に連れられたお母様の姿があった。僕はお母様の姿を認めるとすぐに、お父様の時と同様、深々と頭を下げる。
どのくらい頭を下げていただろうか。
「島崎さん、顔を上げて、そこに座りなさい」
その許しはお母様からではなく、お父様から出されたものだった。僕は言われたとおりに言われた場所で正座をする。
章子のご両親は僕の前に並んで座った。居心地の悪いこの沈黙を破ったのは、章子のお父様だった。
「章子のことで、来てくれたのだろう?」
「はい……」
僕はお父様の質問に答えると、懐に入れていた章子からの封筒をそのまま手渡した。お父様はそれを受け取ると丁寧に封を切って中身を確認していく。その顔色は一切変わらなかった。
中身を確認し終えたお父様は、隣に座るお母様へと封筒を渡した。渡されたお母様も中身を確認していく。するとお母様の顔色がみるみる悪くなり、最後は片手で口元を覆ってしまった。
僕は章子が最期に何をご両親に遺したのか分からなかったが、お母様の様子からそれが酷く衝撃的なものだと言うことが伝わった。
中身を確認し終えたお母様は、口元を両手で押さえるとそのまま部屋を出て行ってしまう。それを見ていたお父様が、
「すまないね。あれには少し、刺激が強すぎたようだ」
「いえ……」
「あれはまだ、章子の死を認めることが出来ないようなのだよ」
(……!)
お父様の言葉に僕は弾かれたように顔を上げ、向かいに座っているお父様の顔を見やる。お父様は神妙な面持ちで、
「章子はね、私たちに報せてから往ったのだよ」
そう言うお父様の表情は痛々しい。それでも僕には、章子が報せて往ったと言う内容を話してくれた。
章子が旅立ったあの日、章子がご両親の夢枕に立ったのだという。目覚めた時はただの夢だと思っていたのだが、お父様もお母様も揃って同じ夢を見ており、その上目覚めた寝室に一陣の風が舞ったのだと言う。
(そう言えば……)
里見が帰っていく背中を見送った後、僕は章子の手記と共に置いてあった一通の封筒のことを思い出した。あの封筒が何なのか気になった僕は、再び寝室へと戻ると章子の文机の引き出しを開けた。そうして封筒を見る。そこには封筒に添えられるように貼り紙がしてあった。
(郵送してください……?)
貼り紙の内容を見た僕はその封筒に書かれている住所と宛名を見てみる。そこに書かれていたのは章子の実家だった。裏側はしっかりと封がしてあり、中を見ることは出来ない。
(……)
僕はその封筒に書かれた住所と宛名を見ながらしばらくの間考える。そして明日の朝早くに家を出て、章子の実家へこの封筒を直接届けることを決めるのだった。
翌日。
僕は章子の家族に殴られることを覚悟して家を出る。駅舎で列車の発車時刻を待ち歩廊へと向かう。季節はすっかり春になり、頬を撫でる風が暖かい。
それから僕は、列車へと乗り込む。
ここへ来る時は冬の始まりで、章子が隣で一緒にいたことを思い出す。僕は章子のご両親にとって、大事な娘をさらった悪者になっているだろう。それでも僕は、その大事な娘の最期を、僕の口から告げねばならない、そう思うのだった。
列車が進む線路沿いの桜はほとんどが新緑へと姿を変え、桜の花びらはまばらに残っているのみだった。章子が死んでからも、当たり前のことなのだが季節は進んでいたのだった。
そうして列車は着実に僕を、章子と駆け落ちした駅に向けて運んでいく。
駅に到着した僕は真っ直ぐにその足を章子の実家である神社へと向けた。僕と神社との距離が近付くにつれて、僕の足が震えてくるのが分かる。
(おいおい……)
僕はそんな自分に呆れる。
きっと章子の家族からはどの面下げて、と思われるだろう。
そう考えると僕の歩く速度も自然と遅くなるのだった。そのうち止まってしまうのではないかと思われる足を叱咤してその歩を進める。
(もとより、一発二発殴られる覚悟は、あるだろう?)
僕は自分にそう言い聞かせる。
そうやって自分と戦いながら歩いているうちに、章子の実家である神社の鳥居と石階段の下へと到着した。
僕は足を止めると、一つ深呼吸をする。そうして心の準備をしてから意を決して、鳥居に一礼をする。その後一段一段、石段を踏みしめながら上を目指していくのだった。
階段を上る途中で僕の足の震えが止まった。代わりに僕は、章子のご両親に対しての覚悟が決まる。
そうしていちばん上まで上った時、僕は境内で掃き掃除をしている神主の姿を認めた。この神主こそが、章子のお父様である。
僕の存在に気付いた章子のお父様が視線を投げかけてきた。僕はすぐにその視線を受けて深々と頭を下げる。
しばらく頭を下げ続けていると、ザッザッと砂利を踏みならす音が近付いてきて、白い足下が視界に入ってくる。
「来てくれると思っていたよ。頭を上げなさい」
頭上から降ってきた声は章子のお父様のものだ。僕はその声に従って顔を上げる。視界に入ったお父様の顔は複雑な色をたたえており、
「付いてきなさい」
そう言うと僕に背を向けた。僕は言われたとおりにお父様の背を追って歩いて行く。
そうして僕は、境内の近くにある建物の中へと通された。この間、僕とお父様の間に会話は一切ない。僕はこれ以上ないほど緊張し、口から心臓を吐き出しそうになる。
腹はくくったはずだったが、それでもやはり今すぐ逃げ出してしまいたい気持ちの中、僕は佐藤家の一室へと通された。
「しばらくここで、待っていなさい」
章子のお父様の声音は決して高圧的ではないものの、それでも否とは言わせない威厳があった。僕は言われたとおりに通された部屋の中で黙って待つ。
しばらく待っていると廊下から足音が聞こえ、閉じていた襖が開いた。僕が視線を向けると、そこには章子のお父様と、お父様に連れられたお母様の姿があった。僕はお母様の姿を認めるとすぐに、お父様の時と同様、深々と頭を下げる。
どのくらい頭を下げていただろうか。
「島崎さん、顔を上げて、そこに座りなさい」
その許しはお母様からではなく、お父様から出されたものだった。僕は言われたとおりに言われた場所で正座をする。
章子のご両親は僕の前に並んで座った。居心地の悪いこの沈黙を破ったのは、章子のお父様だった。
「章子のことで、来てくれたのだろう?」
「はい……」
僕はお父様の質問に答えると、懐に入れていた章子からの封筒をそのまま手渡した。お父様はそれを受け取ると丁寧に封を切って中身を確認していく。その顔色は一切変わらなかった。
中身を確認し終えたお父様は、隣に座るお母様へと封筒を渡した。渡されたお母様も中身を確認していく。するとお母様の顔色がみるみる悪くなり、最後は片手で口元を覆ってしまった。
僕は章子が最期に何をご両親に遺したのか分からなかったが、お母様の様子からそれが酷く衝撃的なものだと言うことが伝わった。
中身を確認し終えたお母様は、口元を両手で押さえるとそのまま部屋を出て行ってしまう。それを見ていたお父様が、
「すまないね。あれには少し、刺激が強すぎたようだ」
「いえ……」
「あれはまだ、章子の死を認めることが出来ないようなのだよ」
(……!)
お父様の言葉に僕は弾かれたように顔を上げ、向かいに座っているお父様の顔を見やる。お父様は神妙な面持ちで、
「章子はね、私たちに報せてから往ったのだよ」
そう言うお父様の表情は痛々しい。それでも僕には、章子が報せて往ったと言う内容を話してくれた。
章子が旅立ったあの日、章子がご両親の夢枕に立ったのだという。目覚めた時はただの夢だと思っていたのだが、お父様もお母様も揃って同じ夢を見ており、その上目覚めた寝室に一陣の風が舞ったのだと言う。
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