いわくつきの骨董売ります。※あやかし憑きのため、取り扱いご注意!

穂波晴野

文字の大きさ
41 / 45
第三章 天使とディーバの取引明細

41.君の役割

しおりを挟む

 その後、母親からの電話を受けて壱伊くんはひとりで帰宅した。
 電話口では、勉強とレッスンの息抜きに、先生といつもの喫茶店にクリームソーダを飲みにきていたと説明していたから、気晴らしの外出は日課なのだろう。

 テーブルには空のグラスが残されている。伝票には、ブレンドコーヒー四百八十円、クリームソーダ七百八十円也。なるほど、物は言いようだ。嘘はひとつも吐いていない。

「さて、九遠堂の人。ああ、名前はなんだったかな?」

 ボックス席に残されたのは僕と梁間さんの二人。必然として一対一で向かい合う体勢となり、緊張が走る。

「伏見千幸です。べつに覚えて帰らなくてもいいですよ」
「僕らに協力してくれないか、チユキ」
「待ってください。まだ、解明されていない謎があります。繁華街でカナタさんを連れ去ろうとした黒服の男たちが何者なのか」

「まあ、そうね」
「壱伊くんに事情があるのはわかりました。うそをついているようには見えなかったし、彼の純真は僕も尊重したい。でも、子どもの夢を壊してるのは梁間さん、あなたじゃないですか」

 壱伊くんの言葉を額面どおりに信じるらば、梁間さんはインターネット上に作ったSNSアカウントを消去して、カナタさんとの連絡手段を絶ったことになる。

 しかし、カナタさんは梁間氏と伊奈羽市で落ち合う約束を交わしていたのだ。昨夜は待ち合わせ場所も指定されていた。
 梁間ヨウを騙る第三者の介入も可能性として考慮できるが、梁間さんのとぼけた反応をうかがうかぎり、十中八九、クロだろう。
 壱伊くんは、カナタさんがひとり前触れなく伊奈羽市に訪れたのだと思い込んでいた。
 彼にとって都合の悪い真実に蓋をしながら姑息に立ちまわり、安全圏で疑いの芽を摘みながら、ふたりに虚構を虚構のままを信じ込ませることができる人物は、ひとりしかいない。

 ――人物、と断定してもいいのだろうか。

「梁間さん。僕は、人の世で生きている夢魔と会ったことがあります。ひょっとして、あなたも」
「だとしたら?」
「カナタさんと壱伊くんに危害を加えようと企んでいるのなら、僕が止めます」

 これは独善ではない。九遠堂に仏の顔は三度もないと釘をさされてしまったが、きっと椎堂さんは僕の行動を読んでいただろう。あの人のことだから、梁間さんの正体も見破っていたにちがいない。

「やれやれ一筋縄ではいいかないものだ。少年、ちょっと散歩をしようか」

 梁間さんはにこりと笑った。
 それからテーブルから伝票を颯爽と奪うと、そのまま会計へと立ち去った。物言わぬ背中は武骨なままついてこい、と静かに語る。

 梁間さんの背を追いかける。

 速度を上げたところでコンパスの差は覆らず、歩調を緩めると容赦なく引き離されるため、着いていくのに必死だった。朱山近辺の地理にはうとい。頭の中で地図を描くが、あっという間に道を失い徒労に終わる。

 梁間さんは構いもせず、英城大学の裏門から敷地内に入った。
 高校と違い大学の内部は開放的だ。平常時でも手続きなしで一般利用ができる施設もあるそうだ。

 広大な緑地とささやかな植物園をそなえた英城大学の一部は、地域住民たちの憩いの場にもなっているようで、スケッチに興じる日曜画家たちが、思い思いの場所でイーゼルを立てかけていた。

 青年は緑地を抜けて、研究棟とおぼしき建物が立ちならぶ一角で立ち止まった。

「ここならいいかな」

 あたりに人の気配はない。建物の中に誰かがいると賭けて、一か八か、大声をあげれば気がついてもらえるかもしれない。
 ゆらり、梁間さんが振り向く。翳りを帯びた瞳が紅く輝きを放った――ように見えた。急に目眩を覚えて立ちくらみに足をとられる。

 顔を上げる。と。
 いつの間にか、四方を囲まれている。

 屈強な黒服の男たちが五人ほど、行手を阻むようにして配置されている。

 八方塞がり。これでは逃げ場がない。
 背筋には悪寒と緊張がほとばしる。

「彼らは僕の眷属たち……だと説明するのが手っ取り早いかな」

 梁間さんが優雅に指を鳴らす。
 と、男のかたちをしていたものたちは、煙のように霧散した。

 黒い靄があたりにたちこめ、薄れたかと思えば、晴れ渡った視界では蝙蝠が飛んでいる。
 空中を飛びまわる獣たちは一匹、また一匹と散っていき、最後の一匹が青年の肩に止まった。

「認めよう。昨夜の一件は、僕の独断だ」

 何だ、今のは。化かされたのだろうか。
 目の前を通り過ぎていった常識外れの現象に、僕は精一杯の痩せ我慢をする。

「贈り物のピアスは標的を示すマーカーってとこですか。カナタさんをどうするつもりだったんです?」
「危害を加えるつもりはなかった。脅かして、コワイ思いでもしてもらおうかと思っただけ。自分が悪人に騙されたのだと思い込んでくれれば、梁間ヨウを諦めるいい薬にもなるだろうし」

 しかし昨夜は邪魔が入った。
 僕と佳代さん、そして椎堂さんが居合わせたばかりに、梁間さんの目論見には狂いが生じた。

「それにしても九遠堂の主人は読めない。君みたいに純朴で獰猛な子を飼ってるのは驚いたな」
「犬か猫ですか。……椎堂さんのこと、よくよくご存知なんですね」

「この街で生きる狭間のモノたちで、彼の噂を知らない者はいないさ。あるモノは嫌い、あるモノは慕い、あるモノは崇めたてる。あれでも人間の範疇なのだから感心するよ」

 それは椎堂さんが、怪奇なるものを引き寄せる特異体質の持ち主だからか。
 ――マレビトとは一体何だ。

「あの人の関与が生じた以上は、僕も観念せざるを得ない。ただひとつ、君には信じてほしいけど、僕はイチイの味方だよ」
「なぜ壱伊くんのそばに?」
「君が椎堂さんのかたわらにいるのはなぜだい?」
「なりゆきです。偶然つながって、九遠堂に関わるうちに引き返せなくなりました」
「そして君は、彼とのつながりを失くすのは惜しいと思っている」

 どきりとする。
 僕は椎堂さんのことをなにも知らない。ただ、あの人が九遠堂を営む変わり者で、引き合わされた以上は彼の行いを見極めようと決めているだけだ。

 理解も共感もしてはいない。運命をもてあそぶように理不尽に天秤を傾けるのならば、見過ごせなかったが、そうではない。行動の裏にはあの人なりの道理が確かに通っているようで、僕はそれを知りたいのだ。

「僕も同じだ。偶然、つながってしまった。共に過ごすうちに情が沸いて、寄る辺なく生きる彼をひとりにはしておけなくて、彼が歩けるようになるまで手助けをしてやりたいと思うようになったんだ」
「……同じじゃありませんよ、ちっとも」

「そう? だって、君も異なる理のもとで生きる隣人に憧れたひとりだ。ヒトというより、イチイはまるで天使のようさ。純真で心優しく、あまりに繊細で一途だ。幼いながらも音楽という神に奉仕する姿は、さながら敬虔なしもべのよう。だからこそ僕も惚れ込んだ。才能を開花させたのは、栗林カナタというミューズを得たからからかもしれないが」

 肩にのせたコウモリの頭を撫でながら、梁間さんはさらに語りはじめる。

「イチイが学校に行けなくなったのは、神経系の病が原因でね。起立性調節障害――というらしい。病ってのは厄介だね。病名と原因が与えられるからこそ治療も解決も可能にはなるが、本人にとってはこれほど重い楔はない。外部から与えられるおのれへの釈明が、決して明るくはなかったとき、君だって傷つくだろう?」

「それは、そうですけど」

「僕はイチイの味方なんだ。彼が悲しむのは避けたい。イチイの気持ちに寄り添おうとせず、理解を示そうともしない相手と触れ合わせるわけにはいかない」
「カナタさんがそうだとはかぎりません。事情を話せばきっと……」

「いいや、栗林カナタだって同じだよ。才能に惚れ込んでる、実力を認めているけど、イチイが子どもだとわかったらきっと、見方を変えるよね。現世は偏見に満ちている。年齢、性別、経歴……人は与えられた情報に隷属して判断を下すものだから。途端に評価を変えるかもしれない。――小学生がつくったにしては、よくできてるって」

 彼は一歩も譲らない。それだけ本気で壱伊くんを案じているのだと、否応なく理解が及ぶ。

「安心していいよ。僕らは理が違えば、寿命も異なる生き物だから。イチイの未来に僕がいないことは、十分理解している。中学へ進んだ暁には……彼も地上に生きるだろう。数年先には海外に戻るとでも伝えて、頃合いを見て荒木家の人々の前から消えれば事は丸くおさまる」

「そんなの、カナタさんとの繋がりを失って、あなたまでいなくなるなら壱伊くんは……」
「なら、イチイに告げてみるかい? 僕の正体が人間ではないのだと」

 ふたりの関係は一見、温かな友愛にもとづいてみえる。
 理解者に恵まれなかった壱伊くんにとって、梁間さんの存在は精神的支柱にちがいない。彼のかたわらで、彼をみちびく理想の大人であったはずだ。

 おそらく、梁間さんがただの人間だったのなら、すこしの疑念も抱かず、僕は彼らの活動を誠心誠意に応援しただろう。
 これは差別だろうか。
 ヒトと怪奇なるものが寄り添い合うことを認めず、断固として否定をするのは。

「カナタには九遠堂から譲り受けたものを返すように伝えるよ。それにあのピアスを持っていることは、彼女にとってもプラスになるはずだから」

「僕にはすべてを話しておいて、口をつぐめと?」


「それが君の役割だ、九遠堂の少年。……今のカナタに真に必要なのは、願いを叶えるために助力してくれる万能具ではなく、チャンスをものにして、『梁間ヨウ』を失くしても進み続ける勇気だよ」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...