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第五章~④
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そんなにも昔から雄太が公安のエスをしていたと聞かされ、驚きを隠せなかった。藤子は三度目の転勤で、京都に配属された頃だ。しかも田北が先輩から引き継いだのなら、エスになったのはもっと前なのだろう。よってその点を尋ねた。
「雄太や彼らはいつ頃からエスになったのですか」
「雄太さんは二十数年前だったはずですが、詳細は私も知らされていません。前任の羽村は八年前にある事件で殉職してしまったので、確認することもできないのです」
ただ和香達がエスになった経緯は特殊だった為、聞かされているという。話によれば羽村という刑事は、和香達の母親が父親に殺された事件に関わっていたそうだ。当時交番勤務だったらしく、幼くして養護施設に預けられた二人の成長を遠くから見守っていたらしい。その後彼は刑事になり、やがて公安に配属された。それが三十一年前のようだ。
そこから二年後に中学を卒業して就職した井尻晶をエスとして雇い、少しでも生活の足しになるよう援助したのが始まりだったという。その後システムエンジニアとして職を転々とする間に彼と知り合い、その紹介で雄太はエスになったらしい。妹の薫も兄や羽村の支援により、大学へ入った後エスになったそうだ。
羽村からの引き継ぎでは、最も目をかけていた井尻兄妹についての説明は受けたが、雄太に関してそれ程特別な事情を伝えられた記憶がないという。強いて挙げれば、祖父が元特高出身の公安警察に所属していた点だけらしい。
川村が和香の依頼を簡単に承諾し、彼の居場所が分かった事や鈴木の名を出し彼に会わせるよう仕向けたのも、田北を含めた三人が繋がっていた為だったと確認できた。
「だから私よりも井尻兄妹の方が付き合いの長い分、彼についてよく知っていると思います。晶を通じてメンバーに入った経緯もあり、あの三人は特別仲が良かったですからね」
そう述べてから、これ以上の話は竜崎と面会した後でと話を終わらせたのである。そこで彼の指示に従い警視庁に向かった藤子は、竜崎と会う段取りを付けた。
ドラマ等で見たことのある透明なアクリル板の向こうに、彼の姿が現れた。お互い面と向かってパイプ椅子に座り目を合わせる。久しぶりに会った彼の表情は少しやつれ、疲れているように見えた。かなり厳しい取り調べを受けているのだろう。
そう想像しながら、藤子が先に口を開いた。
「お久しぶりです。雄太について私に話があると聞きました。教えて頂けますか」
彼はゆっくりと頷き、話し始めた。
「以前も言いましたが、私は彼と真剣に交際をしていたつもりでした。しかし途中で彼がエスだと気付き、情報を得ようと近づいてきたのだと知りショックを受け、彼を問い詰めたとお話しましたね」
「はい。雄太が白状し、あなたと一緒に居る事を選び、公安のエスを辞めるつもりだったとも伺いました。それをあなたは断わった」
「はい。そこから先を話していませんでしたね。ですからお伝えしておこうと思ったのです。私は彼に詰め寄った時、身内に関しても調べました。そこであなた達兄妹の存在を知ったのです。そこで言いました。同じ会社にいる私の協力者により、同性愛者でかつ名前を偽っている公安のエスだと公表する。さらにお姉さんとの関係や、保曽井家の秘密も暴露してやると脅したのです。それだけは止めてくれと言い、彼は白状しました」
雄太が藤子達の平穏な生活を守る為に自分を犠牲にしたと聞き、藤子は茫然自失となり黙るしかなくなった。
すると彼は話を続けた。
「でも私達は彼を殺していません。私の協力者には彼との関係を断ったと報告していましたし、そこまでする程の秘密を握られてはいなかったのです。せいぜい今回の様に、私が産業スパイの容疑で捕まる程度でした。それなら私だけを切れば良いだけですから。それでも一度はこちらの仲間を疑いました」
なんとか気を取り戻し、尋ねた。
「では雄太が亡くなったのは、何故だと思いますか」
「次に疑ったのは、彼の仲間に口を封じられた場合です。以前雄太から、もし世の中に殺人許可証というものがあれば、俺は間違いなく殺されているという愚痴を聞いたことがありました。一部の仲間から、相当酷い差別を受けたようです。もちろん私も似た経験を味わっていましたので、とても共感した記憶があります。だから殺されたのかもしれないとも考えました。しかし当初は殺人も視野に入れて捜査されていると知り、それはないと思い直しました。もしその可能性があったのなら、公安は最初から事故で処理したでしょう」
彼の言葉にやや疑問を持ちながらも、一番気になる点を質問した。
「あなたが私と雄太との関係を知り暴露すると言った時、彼は何と言っていましたか」
「あの時の雄太は、少なくとも藤子さんにだけは迷惑をかけたくない、それだけはしないでくれと必死に懇願していました。だからこれ以上近づかない、と約束してくれたのです。しかし私は本当に雄太を愛していました。だからこそ裏切られた想いが強く、絶対に許さないと突き放しました。それから二週間ほど経った後、彼がアパートの屋上から落ちて死んだと聞き驚きました。私の協力者や彼の仲間に殺されたのでないのなら、私が追い込んだ為に自殺したのではないか。そう思い悩み苦しみました」
いつのまにか目に涙を浮かべている彼の姿を見て、藤子は胸を痛めた。前回も同じだったが、やはり彼は真剣に雄太を想ってくれていたのだろうと感じられたからだ。
しかし面会時間は約二十分と短い。その為に今日はそろそろここまでと切り上げられそうになり、藤子は慌てて言った。
「私と話したかったのは、雄太が自殺した可能性がある点だけですか。それはあなたが追いつめたから。そうなのですか」
同席していた警察官に促され、席を立たされた彼は頷いた。
「はい。彼は自分がエスだとばれ、私と別れなければならなくなったことを相当悔やんでいました。だから彼は迷惑をかけないよう、自ら死を選んだのだと今は確信しています」
そう言い残す後ろ姿を目で追いながら、信じられない思いで頭の中が一杯になったのだ。
雄太の死が自殺だとは想定していなかった。だが竜崎の話を聞き、その可能性も考えざるを得なくなったのである。またその理由を想像した時、雄太の嘆きや哀しみが次から次へと浮かんできた。その一つが藤子達を守る為だったのなら、悔やんでも悔やみきれない。
自ら命を絶つ決断をした時の苦しみや、飛び降りる際の恐怖はいかんばかりだったか。気付けば涙が溢れ止まらない状態で、卓上部分を激しく叩いていた。
余りの音に同席していた弁護士と警官が驚き、助けを呼んだほどだった。警視庁内にある救護室へ連れて行こうか相談していたと後に聞かされた。
しかし感情を出し切って疲れ果てた藤子は、彼らの手を撥ね退けて田北と会わせるように要求したのである。
その後約束通り彼と会った瞬間、問い詰めた。
「雄太や井尻兄妹がエスだと竜崎は知っていました。しかも私達家族についてまで調べていたようです。それらが原因の一つとなり自殺したと、あなたは知っていたのですか」
小さな会議室の中、二人だけの状態で彼は説明をし始めた。
「雄太さんには中国と繋がりがある人物に近づき、何を盗み出そうとしているのか探る為の任務を与えていました。しかしある日彼から連絡があり、井尻達を含めた三人の正体が相手側に知られたと告げられたのです。そこで今後接触しないよう言い含め、対処法を内部で協議している途中であのような事態となりました。当然私達は、彼らの仲間に殺されたのかもしれないと疑ったのです」
といって相手が中国の公安絡みなら無暗に手は出せない。そこで一旦警察内部では事故で処理し、公安が調査を開始したという。その一環として井尻達が藤子に近づき、竜崎と会わせて反応を探ろうとしたようだ。
「その結果、危険な目に遭わせてしまいました。改めてお詫び申し上げます」
立ち上がり頭を下げた為、藤子は怒鳴った。
「そんな謝罪はいりません。知りたいのは何故そうなったか。それだけです」
すると椅子に座り直した彼は話を続けた。
「雄太さんのターゲットは、中国のスパイと通じている日本人仲介者の竜崎でした。よって私達は晶の手を借り、彼の携帯に香港問題のやり取りの形跡を残したのです。彼の死を無駄にしないよう、竜崎達を追いつめる為でした。けれど竜崎には雄太さんが死亡した時間、完璧なアリバイがある。それでも他の者にやらせたのではと必死に捜査しましたが、発見できず暗礁に乗り上げました。そこであなたを使って竜崎に近寄らせ、情報を得る計画を立てました」
初めて和香と会った際、携帯を見るよう指示されたところから公安の策に嵌まっていたようだ。携帯の暗証番号のロック解除も、藤子の手に戻る直前で彼らの手によって行われたらしい。
つまり当初捜査していた警察や調査員達はロック解除せず、する必要もないと放置していたという。
「竜崎の協力者が誰なのか、あなた方は把握していたのですか」
「彼が接触できる範囲の者は特定済みで、いつでも身柄を拘束できる態勢を取っていました。しかし当初の段階では大した罪に問えず、また下手な動きをすれば上の組織が黙っていません。政治的な介入を招き、内偵自体に影響が及びかねない。そうしている間に海外へと逃げられてしまったのです」
そう言えば雄太の上司の柳瀬にあった際、情報漏洩した疑いのある人物がいたと聞いた。その後会社を辞めた人物のリストを入手した際、その内の何人かが国外に出たと言っていた。それが竜崎に仲間だったようだ。
「竜崎以外、全員逃げられたのですか」
「いいえ。まだ一部は国内に残っています。これ以上逃げられないようにと恐れた我々は、末端にいる竜崎から出来るだけ情報を引き出し、他の奴らを泳がせる作戦を取りました。それは現在も進行中です。仲間が逮捕されて動揺し、新たに動き出すのではないかと期待しての行動ですが、今の所は何も収穫がありません」
「竜崎に雄太を接近させたのは、相手が同性愛者で雄太もそうだとあなたは知っていたから、敢えてそうさせたのですか」
彼は頷いた。
「はい。そもそも中国は、同性愛者に対する差別や偏見が根強く残っている国です。同性愛を禁ずる法律はありませんが、同性愛カップルの養子縁組は法的に承認されておらず、テレビ番組や映画等でそうした行為に関する表現も、検閲によって容認されていません。その為当初、竜崎が中国公安のエスだとは気付きにくかった」
「もしかしてそれを見抜いたのが、雄太だったのですか」
「そうです。そこで私達は同じ嗜好を持つ彼が接近すれば、より親密になれると考えました。その作戦を彼は快諾してくれたのです。これは自分にしかできない仕事だと意気込んでいました。ですがそこで誤算が生じたのです。まさか二人が本気で愛し合うなんて、私達は誰も想像していませんでした」
竜崎の告白に田北も衝撃を受けたようだ。しかし捜査対象に恋愛感情を抱き、仕事を疎かにしていたとはまだ信じられなかったらしい。これまでも同様の依頼をした経験があり、その時は完璧にこちらの要望通りこなし成果を挙げて来た為だという。
とはいいつつ田北の目から見ても、竜崎の姿や話しぶりから演技だとは思えなかったそうだ。相当雄太に好意を抱いていたのは間違いないと彼は言った。
その点について藤子も同感だった。そこで質問をした。
「雄太や彼らはいつ頃からエスになったのですか」
「雄太さんは二十数年前だったはずですが、詳細は私も知らされていません。前任の羽村は八年前にある事件で殉職してしまったので、確認することもできないのです」
ただ和香達がエスになった経緯は特殊だった為、聞かされているという。話によれば羽村という刑事は、和香達の母親が父親に殺された事件に関わっていたそうだ。当時交番勤務だったらしく、幼くして養護施設に預けられた二人の成長を遠くから見守っていたらしい。その後彼は刑事になり、やがて公安に配属された。それが三十一年前のようだ。
そこから二年後に中学を卒業して就職した井尻晶をエスとして雇い、少しでも生活の足しになるよう援助したのが始まりだったという。その後システムエンジニアとして職を転々とする間に彼と知り合い、その紹介で雄太はエスになったらしい。妹の薫も兄や羽村の支援により、大学へ入った後エスになったそうだ。
羽村からの引き継ぎでは、最も目をかけていた井尻兄妹についての説明は受けたが、雄太に関してそれ程特別な事情を伝えられた記憶がないという。強いて挙げれば、祖父が元特高出身の公安警察に所属していた点だけらしい。
川村が和香の依頼を簡単に承諾し、彼の居場所が分かった事や鈴木の名を出し彼に会わせるよう仕向けたのも、田北を含めた三人が繋がっていた為だったと確認できた。
「だから私よりも井尻兄妹の方が付き合いの長い分、彼についてよく知っていると思います。晶を通じてメンバーに入った経緯もあり、あの三人は特別仲が良かったですからね」
そう述べてから、これ以上の話は竜崎と面会した後でと話を終わらせたのである。そこで彼の指示に従い警視庁に向かった藤子は、竜崎と会う段取りを付けた。
ドラマ等で見たことのある透明なアクリル板の向こうに、彼の姿が現れた。お互い面と向かってパイプ椅子に座り目を合わせる。久しぶりに会った彼の表情は少しやつれ、疲れているように見えた。かなり厳しい取り調べを受けているのだろう。
そう想像しながら、藤子が先に口を開いた。
「お久しぶりです。雄太について私に話があると聞きました。教えて頂けますか」
彼はゆっくりと頷き、話し始めた。
「以前も言いましたが、私は彼と真剣に交際をしていたつもりでした。しかし途中で彼がエスだと気付き、情報を得ようと近づいてきたのだと知りショックを受け、彼を問い詰めたとお話しましたね」
「はい。雄太が白状し、あなたと一緒に居る事を選び、公安のエスを辞めるつもりだったとも伺いました。それをあなたは断わった」
「はい。そこから先を話していませんでしたね。ですからお伝えしておこうと思ったのです。私は彼に詰め寄った時、身内に関しても調べました。そこであなた達兄妹の存在を知ったのです。そこで言いました。同じ会社にいる私の協力者により、同性愛者でかつ名前を偽っている公安のエスだと公表する。さらにお姉さんとの関係や、保曽井家の秘密も暴露してやると脅したのです。それだけは止めてくれと言い、彼は白状しました」
雄太が藤子達の平穏な生活を守る為に自分を犠牲にしたと聞き、藤子は茫然自失となり黙るしかなくなった。
すると彼は話を続けた。
「でも私達は彼を殺していません。私の協力者には彼との関係を断ったと報告していましたし、そこまでする程の秘密を握られてはいなかったのです。せいぜい今回の様に、私が産業スパイの容疑で捕まる程度でした。それなら私だけを切れば良いだけですから。それでも一度はこちらの仲間を疑いました」
なんとか気を取り戻し、尋ねた。
「では雄太が亡くなったのは、何故だと思いますか」
「次に疑ったのは、彼の仲間に口を封じられた場合です。以前雄太から、もし世の中に殺人許可証というものがあれば、俺は間違いなく殺されているという愚痴を聞いたことがありました。一部の仲間から、相当酷い差別を受けたようです。もちろん私も似た経験を味わっていましたので、とても共感した記憶があります。だから殺されたのかもしれないとも考えました。しかし当初は殺人も視野に入れて捜査されていると知り、それはないと思い直しました。もしその可能性があったのなら、公安は最初から事故で処理したでしょう」
彼の言葉にやや疑問を持ちながらも、一番気になる点を質問した。
「あなたが私と雄太との関係を知り暴露すると言った時、彼は何と言っていましたか」
「あの時の雄太は、少なくとも藤子さんにだけは迷惑をかけたくない、それだけはしないでくれと必死に懇願していました。だからこれ以上近づかない、と約束してくれたのです。しかし私は本当に雄太を愛していました。だからこそ裏切られた想いが強く、絶対に許さないと突き放しました。それから二週間ほど経った後、彼がアパートの屋上から落ちて死んだと聞き驚きました。私の協力者や彼の仲間に殺されたのでないのなら、私が追い込んだ為に自殺したのではないか。そう思い悩み苦しみました」
いつのまにか目に涙を浮かべている彼の姿を見て、藤子は胸を痛めた。前回も同じだったが、やはり彼は真剣に雄太を想ってくれていたのだろうと感じられたからだ。
しかし面会時間は約二十分と短い。その為に今日はそろそろここまでと切り上げられそうになり、藤子は慌てて言った。
「私と話したかったのは、雄太が自殺した可能性がある点だけですか。それはあなたが追いつめたから。そうなのですか」
同席していた警察官に促され、席を立たされた彼は頷いた。
「はい。彼は自分がエスだとばれ、私と別れなければならなくなったことを相当悔やんでいました。だから彼は迷惑をかけないよう、自ら死を選んだのだと今は確信しています」
そう言い残す後ろ姿を目で追いながら、信じられない思いで頭の中が一杯になったのだ。
雄太の死が自殺だとは想定していなかった。だが竜崎の話を聞き、その可能性も考えざるを得なくなったのである。またその理由を想像した時、雄太の嘆きや哀しみが次から次へと浮かんできた。その一つが藤子達を守る為だったのなら、悔やんでも悔やみきれない。
自ら命を絶つ決断をした時の苦しみや、飛び降りる際の恐怖はいかんばかりだったか。気付けば涙が溢れ止まらない状態で、卓上部分を激しく叩いていた。
余りの音に同席していた弁護士と警官が驚き、助けを呼んだほどだった。警視庁内にある救護室へ連れて行こうか相談していたと後に聞かされた。
しかし感情を出し切って疲れ果てた藤子は、彼らの手を撥ね退けて田北と会わせるように要求したのである。
その後約束通り彼と会った瞬間、問い詰めた。
「雄太や井尻兄妹がエスだと竜崎は知っていました。しかも私達家族についてまで調べていたようです。それらが原因の一つとなり自殺したと、あなたは知っていたのですか」
小さな会議室の中、二人だけの状態で彼は説明をし始めた。
「雄太さんには中国と繋がりがある人物に近づき、何を盗み出そうとしているのか探る為の任務を与えていました。しかしある日彼から連絡があり、井尻達を含めた三人の正体が相手側に知られたと告げられたのです。そこで今後接触しないよう言い含め、対処法を内部で協議している途中であのような事態となりました。当然私達は、彼らの仲間に殺されたのかもしれないと疑ったのです」
といって相手が中国の公安絡みなら無暗に手は出せない。そこで一旦警察内部では事故で処理し、公安が調査を開始したという。その一環として井尻達が藤子に近づき、竜崎と会わせて反応を探ろうとしたようだ。
「その結果、危険な目に遭わせてしまいました。改めてお詫び申し上げます」
立ち上がり頭を下げた為、藤子は怒鳴った。
「そんな謝罪はいりません。知りたいのは何故そうなったか。それだけです」
すると椅子に座り直した彼は話を続けた。
「雄太さんのターゲットは、中国のスパイと通じている日本人仲介者の竜崎でした。よって私達は晶の手を借り、彼の携帯に香港問題のやり取りの形跡を残したのです。彼の死を無駄にしないよう、竜崎達を追いつめる為でした。けれど竜崎には雄太さんが死亡した時間、完璧なアリバイがある。それでも他の者にやらせたのではと必死に捜査しましたが、発見できず暗礁に乗り上げました。そこであなたを使って竜崎に近寄らせ、情報を得る計画を立てました」
初めて和香と会った際、携帯を見るよう指示されたところから公安の策に嵌まっていたようだ。携帯の暗証番号のロック解除も、藤子の手に戻る直前で彼らの手によって行われたらしい。
つまり当初捜査していた警察や調査員達はロック解除せず、する必要もないと放置していたという。
「竜崎の協力者が誰なのか、あなた方は把握していたのですか」
「彼が接触できる範囲の者は特定済みで、いつでも身柄を拘束できる態勢を取っていました。しかし当初の段階では大した罪に問えず、また下手な動きをすれば上の組織が黙っていません。政治的な介入を招き、内偵自体に影響が及びかねない。そうしている間に海外へと逃げられてしまったのです」
そう言えば雄太の上司の柳瀬にあった際、情報漏洩した疑いのある人物がいたと聞いた。その後会社を辞めた人物のリストを入手した際、その内の何人かが国外に出たと言っていた。それが竜崎に仲間だったようだ。
「竜崎以外、全員逃げられたのですか」
「いいえ。まだ一部は国内に残っています。これ以上逃げられないようにと恐れた我々は、末端にいる竜崎から出来るだけ情報を引き出し、他の奴らを泳がせる作戦を取りました。それは現在も進行中です。仲間が逮捕されて動揺し、新たに動き出すのではないかと期待しての行動ですが、今の所は何も収穫がありません」
「竜崎に雄太を接近させたのは、相手が同性愛者で雄太もそうだとあなたは知っていたから、敢えてそうさせたのですか」
彼は頷いた。
「はい。そもそも中国は、同性愛者に対する差別や偏見が根強く残っている国です。同性愛を禁ずる法律はありませんが、同性愛カップルの養子縁組は法的に承認されておらず、テレビ番組や映画等でそうした行為に関する表現も、検閲によって容認されていません。その為当初、竜崎が中国公安のエスだとは気付きにくかった」
「もしかしてそれを見抜いたのが、雄太だったのですか」
「そうです。そこで私達は同じ嗜好を持つ彼が接近すれば、より親密になれると考えました。その作戦を彼は快諾してくれたのです。これは自分にしかできない仕事だと意気込んでいました。ですがそこで誤算が生じたのです。まさか二人が本気で愛し合うなんて、私達は誰も想像していませんでした」
竜崎の告白に田北も衝撃を受けたようだ。しかし捜査対象に恋愛感情を抱き、仕事を疎かにしていたとはまだ信じられなかったらしい。これまでも同様の依頼をした経験があり、その時は完璧にこちらの要望通りこなし成果を挙げて来た為だという。
とはいいつつ田北の目から見ても、竜崎の姿や話しぶりから演技だとは思えなかったそうだ。相当雄太に好意を抱いていたのは間違いないと彼は言った。
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