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第三章~⑩

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 これまで何度もメールなどやリモート等で連絡を取り合ってきたが、泊と直接会うのは久しぶりだ。テーブルのある応接室へと二人は案内された。既に絵美と回線で繋がれたパソコンが置かれている。
楓達がソファに座ったところで、彼は言った。
「ご足労をおかけして、申し訳ありません。ただ今回の報告は、少し説明が必要で長くなると判断しました。その為お会いした方が早いと思い、お休みである貴重な時間を頂きました。ご了承ください」
「それは構いません。泊さんを信用していますので、必要だから私達を呼んだのでしょう。ただどういうお話か、とても気になります」
「では早速ご説明します。山内様に依頼され調査した結果や、そこに至る経緯などを報告書にまとめました。それを見ながら、お聞きください。絵美さんにはメールでお送りしますが、宜しいですか」
 楓が頷いたのを確認すると、彼は二人に書類を手渡した後、パソコンのキーボードを操作して送信作業を行った。その間報告書にざっと目を通し、思わず目を丸くした。
 大貴も同じく驚いており、二人で顔を見合わせてから彼に尋ねた。
「これはどういうことですか」
 しかし泊はいつも通り、冷静に淡々と話し出した。
「まずは順を追って、ご説明致します。先日、山内様のお祖父様がスーパーを辞められた件ですが、報告書にある通り同じ真似を梨花さんが二度としないよう釘を刺して置きました。よって今後についてのご心配は、必要ないでしょう。もちろん引き続きこちらで、監視は続けるつもりです」
 大貴が以前楓達に伝えた計画通り、彼は動いたようだ。それはスーパーに因縁をつけた人物に成りすまし、依頼主の梨花に連絡して追加の仕事があれば直接受けると、公衆電話から告げる作戦だった。
 これには二つの意味が含まれている。一つは本来依頼主が分からないよう匿名で仕事を発注したにも拘らず、味をしめた実行犯が梨花の居場所を突き止めたと勘違いさせる為だ。主犯の彼女は、実行犯が誰か知らない。互いの身元が分からないよう、成功報酬を支払っていたからである。
 それを逆手に取り、さも実行犯が依頼主を探り当てたかのように振舞えば、彼女は驚き疑心暗鬼に陥るだろう。何故ならもし彼女の行為が公になれば、大きな痛手を被る。実行犯を装った泊は、あくまで楽な上に実入りの良い仕事をくれた極上の依頼主と判断し、次の仕事を他に奪われないよう身元を突き止めただけと梨花に告げた。
 しかし彼女は、素直にそう受け取るはずがない。家の固定電話にかけて来たのだから、住所や居場所を特定されたかと疑うだろう。もしそうなれば、実行犯が警察に捕まる事態となった時、梨花の身も危うくなる。つまり次の仕事があれば寄こせというのは、逆に脅されていると感じたに違いない。
 そこで彼女はこう言ったという。
「あのスーパーにいた男性に、今後関わる必要はありません。依頼は今回だけです」
 しかし泊はボイスチェンジャーを通し、更に踏み込んだ。
「いやいや、他にもあるだろう。もし他の奴にあの男の周辺で何かやらせたら、俺を騙したことになる。それは絶対に許せないな」
「それはありません。もし心配なら、あの人を見張っていればいいでしょう。もし納得して頂けるのなら、手間賃として前回と同じ額をお支払いします。ただ今後一切こちらに連絡しないで下さい。もし約束を破ったら、脅迫罪で訴えますよ」
「分かった。その代わりそっちも裏切るんじゃないぞ。なんだよ。いいカモを見つけたと思ったのに、あれだけか」
 意図的な捨て台詞を言い残し、泊は電話を切ったという。ちなみに彼女が言ったお金は、本物の実行犯へ支払われたようだ。それを知った男は首を傾げながら、儲かったとはしゃいでいたらしい。
 よってこれに懲りた梨花は、しばらく嫌がらせを慎むだろうと彼は言った。
「さすがですね。お見事です。この方法なら、脅迫にはなりません。ただ単に公衆電話で話し、勝手に向こうが勘違いしただけですから」
 大貴が感心しそう告げると、彼は表情を変えずに答えた。
「大貴さんが立てた作戦を実行しただけです。あと改めて確認しますが、実行犯はお咎めなしで本当に宜しいのですか、山内様」
「構いません。悪いのは梨花さんですから。それにお祖父ちゃんがスーパーの仕事を辞める、いいきっかけになりました。これで金土日祝日の夜は休めるので、少し体も楽になるでしょう」
「そうかもしれません。お祖父様はその後、新たな仕事を探していないようですから。借金の残高を考えれば、無理する必要は無いと思ったのでしょう。また正直、体力的にもきつかったはずです」
「それなら良かった。梨花さんの行為には腹が立ちますけど、今回だけは不幸中の幸いだったと思えます。でも、その後に書かれている内容ですけど、これは本当ですか」
 先程から皆が気になっている件についての説明を、楓は早く聞きたかった。当然泊もそれを話す為に、わざわざ呼び出したはずだ。恐らく報告をした後、どう対処すればいいか先程同様、確認をしようと考えていたのだろう。たださすがに、メールや電話で済む内容ではないと判断したに違いない。
「承知しました。それではお話ししましょう。結論から言いますが報告書に記載した通り、お祖父様が借金を抱える原因となった詐欺事件の裏にも、梨花さんがいたと考えて良いでしょう」
 但し六年前の件なので、指示したメール等証拠になるようなものは、入手できていないようだ。梨花はパソコンやスマホの機種変更をしていたからだと、書かれていた。
 それでもログを辿り、詐欺の実行犯との繋がりを発見した結果だから間違いはなさそうだ。恐らくプロバイダーなどを変更していなかった為、ハッキングして辿ったと思われる。
 もちろんそうした犯罪に繋がるような記述は、報告書に記載されていない。その点も彼はぬかりが無かった。
楓は念の為に尋ねた。
「ここに実行犯の名前だけじゃなく、居場所が書かれていますよね。つまり今現在の状況を、把握しているってことですか」
「そうです。よって山内様がこの犯人達を警察に突き出すのなら、お手伝い出来ます」
 被害届は出しており、詐欺罪の時効は七年であと一年残っている。彼らは当時奪ったお金を資金に店を開き、商売していた。よって騙し盗られたお金の一部は、それなりに回収できる見込みがあるという。ただ彼らと梨花さんの接点をあぶりだすには、通常の方法だと困難らしい。その為どうするかと確認をされたのだ。 
 すると大貴が会話に割って入ってきた。
「ちょっと待って下さい。いきなり結論を話し出す前に、もう少し経緯を教えて貰えませんか。どうして泊さんは、梨花さんとあの借金を抱えた事件を結びつけられたのですか。楓からそういう依頼は受けていませんよね」
 その通りの為頷くと、説明をしてくれた。
「はい。これは今回の事件がきっかけで梨花さんの周辺を洗った際に出て来た、いわば副産物です。実行犯の名前や居場所まで突き止めたのは、私が単に興味を持って調べただけで、料金は請求しませんからご安心ください」
「それは楓の判断によりますが、副産物ってどういう意味ですか」
「私も聞きたいです。調査費はお支払いするので、お願いします」
 楓が頭を下げると、彼は続けた。
「承知しました。まずスーパーの件を調査する中で、梨花さんがSNSを使って依頼していたとご報告しましたよね。念の為そのアカウントの作成に使用したIPアドレスを遡り、過去に何か仕掛けていないか探ってみたのです。既に別件の依頼をしていた場合、対処しなければなりませんから。するとかなり昔、六年前にも依頼した形跡が発見されました」
 そこで時期を考えた時、楓の祖父が詐欺に遭い借金を背負った頃に重なると気付いたそうだ。当時何があったのか調べた経緯もあり、ある程度詳しく事情を知っていたからだという。その点と点が結びつくのではないかと疑い、独自に調べて発見したらしい。
 彼はさらに付け加えた。
「四年前に初めて山内様から依頼を受け、お祖父様の居場所を突き止めた際、詐欺に遭っていたと知りました。しかし当時はその二年前の事件についてまでは調べる必要が無かった為、調査は途中で終わらせました。けれど個人的に、少しモヤモヤが残っていたのです」
 調査する内に、依頼内容とは別の案件が浮かび上がったけれど、詳細までは調べ切れずに諦めたケースはよくあるという。ただ通常なら依頼主との契約が終了してしまう為、そのまま放置される場合がほとんどらしい。
 けれど今回の楓との調査依頼の関係は、四年という長きに渡っている。その為再び現れた事案が気になり調査費を度外視し、調べて見ようと思い立ったようだ。もちろん何か繋がるかもしれないとの予感もあったからだという。
 すると泊自身も想定していなかった、新しい背景が見えて来たのだ。それは九年前に東京へ父が異動したのを機に、梨花が楓の祖父の居場所を探し出していたという事実だった。しかし楓のように、最初から調査会社へ依頼し見つけ出した訳ではないらしい。
 これは憶測だと前置きした彼は、偶然彼の姿を見かけたのではないかというのだ。言われてみれば、祖父が勤めていたという街の小さな不動産屋は、下町でも有名な繁華街の近くにあった。観光地でもある為、彼女が友人達とぶらついていたとしても不思議ではない。
「つまりたまたまお祖父ちゃんの居場所を知って、嫌がらせの為に詐欺を仕掛けたと言うのですか」
「いえ当時は今回と違う、明確な目的があったと思います。借金を背負わせて首が回らなくなれば、管理している山内様の財産に手を付けざるを得ない。もしそうなったら、資産管理者として不適格だと責め、解任できるのではないかと企んだのではないでしょうか」
「そうか。そうすれば親権者のあの人達が、未成年の楓に代わり遺産を管理できるようになりますね」
「大貴さんの言う通りでしょう。梨花さんはSNSで犯罪者を募り、上手く罠に嵌めました。しかしお祖父様が連城弁護士のアドバイスを受けたにもかかわらず、頑として遺産からは一円も使おうとしなかった為、彼女の目論見が外れたのです」
 この時、リモートで聞き役に徹していた絵美が、口を挟んだ。
「連城先生が、あの人達と繋がっている可能性はないですか」
 しかし泊は静かに首を振った。
「それは無いでしょう。連城弁護士はあくまで良かれと思い、提案しただけだと思われます。しかしそうするだろうと、梨花さんは計算していた。だから弁護士の元で管理されているとはいえ、倫理上問題があるとクレームを付ける予定だったのでしょう。多額の借金を背負ったお祖父様が、遺産管理人の立場を利用してはいないかと詰め寄れば、あの二人は苦境に陥っていたかもしれません」
「でも遺産に手を付けなかったから、何もできなかったのですね」
「もちろん、何とかできないか企んでいたとは思いますよ。例えば仕事で返そうと働いても、そう簡単にはいきません。いずれは苦しくなり、遺産に手を付けるのではないかと待っていた可能性はあります。しかしそうしている間に札幌へ転勤してしまい、また山内様が東京に来てお祖父さんの居場所を突き止めたと知った。それに肝心の遺産も、名実共に山内さんの手に渡った。だからしばらくは、大人しくせざるを得なくなったのでしょう」
「そうだったのですね。それで理解できました」
 楓が頷いたところで、泊は尋ね返してきた。
「そこで確認したいのですが、今後どうされたいとお思いですか」
「詐欺を働いた人達ですね。その方達は今、悪事をせず普通にお店を開いて、真面目に働いているようですが」
「はい。そこに記載している通り沖縄の飲食店なので、感染症拡大下により相当苦しい時期も経験されたようです。ただそれでも今は何とか持ちこたえ、そこそこ繁盛していました」
 彼は六年前の詐欺事件が起こった経緯を、改めて話し始めた。祖父からお金を騙し取った男女も、詐欺に遭った被害者だったという。二人は同じ児童養護施設で育った幼馴染で、夫婦だった。事故や病気で両親を失っていた二人は、苦労しながらも励まし合い、コツコツと働いてお金を貯めていた。将来一緒に飲食店を開く夢の為だ。
 ようやく資金に目途がつき、開店する為の準備をしていた所、格安物件を紹介されてお金を支払い、更に融資まで受けた。しかしそれは悪徳な不動産屋で、他の所有者が既にいる場所だったという。 
 騙されたと気付いた時、その不動産屋の姿は消えていた。何とかお金を工面しようしたが、持ち金を全て取られただけでなく、多額の借金まで背負ってしまった二人は途方に暮れていたというのだ。
 そんな中、ある掲示板で梨花が出した募集に目を止めたらしい。そこにはとても魅力的な言葉が羅列されていた為連絡を取った所、ある不動産屋の従業員を騙してお金を得るというものだった。
 恐らく犯罪だと気付いていただろうが、二人は不動産屋に対する復讐と、お金を手に入れ夢だった店を持ちたいとの一心で、計画に乗ったと思われる。そこで物件を探している客を装い、楓の祖父に近付いたようだ。
 そこから嘘と真実を混ぜた身の上話を聞かせ、彼の同情を誘ったらしい。それが上手く嵌まった。彼らが親を亡くし天涯孤独だと知り、自分の身の上と重ね合わせたからだろう。親身になって様々な相談に乗った結果、お金を騙し取られた上、彼らの借金まで背負う羽目になったのだ。
 しかし泊によれば、祖父は詐欺の可能性があると薄々気付いていたのではないか、と推測していた。そうでなければ、簡単に引っ掛かる人ではないとまで言い切ったのだ。つまりある程度の覚悟を持って、祖父は彼らに資金を提供する心づもりでいたのだろう。だからこそ、彼らの借金を真面目に返しているのではないか。泊はそう締めくくった。
 ちなみにこれらの情報は、実行犯である彼らの居場所を突き留め、そこから出店するまでの経緯やお金の出所等を探って得たという。つまり梨花からではなく、彼らが過去に使っていたログ等を辿り、また彼らのかつての知人達に聞き取りをして証拠を集めたようだ。
 それを聞き、楓は思い切って言った。
「それなら犯罪に手を染めたのは、止むにやまれぬ事情があったからでしょう。もし今でも詐欺を続けている人だったら、警察に突き出した方が世の中の為になると思います。でも今の話を伺う限り、今更警察に被害届を出すというのは、気が進みません」
「ではそのまま放置するというのですか」
 楓ははっきりと頷いた。祖父と暮らせるようになり落ち着いたならば、相談した上で一度店に顔を出せればいいと思ったからだ。当時祖父にとっては大事なお金だっただろうが、二人のわだかまりが解ければ、楓には祖母が残したあぶく銭がある。
 その中には本来祖父が受け取るべきお金も含まれていた。それで十分賄える金額だ。それで今幸せに暮らしている人がいるなら、お金の使い方として間違っていないのではないか、と彼らに告げた。
「山内様はこう言われていますが、お二人はどう思われますか」
「楓がそういうのなら、何もありません。私のお金じゃないし、口を出せる立場でもないから。それに楓らしくて、良いと思います」
「俺も同じ意見です。甘いとは思うけど、お祖父さんと一緒に相手と一度会ってから、判断しても遅くは無い。だから時効がくるより早く謎を解いて、二人が昔の関係に戻る方が先ではないですか」
 泊は軽く溜息をついて言った。
「分かりました。正直言えば、私も出来ればそうしてあげたいと考えていました。でもそれは調査に私情が入りますので、敢えて口にしなかったのです。私が見た限りでも、あの詐欺を働いた方達は今、懸命に生きています。かなり苦労されていたようですから」
「じゃあ泊さんの中では、結論が出ていたのですね」
「いえ、あくまで山内様がご判断される案件ですから」
「真面目だなあ」
 そう言って四人が笑った。しかしこれからが問題だ。謎はまだ残っている。その為これまで調べた調査内容を振り返り、改めて見落とした点はないか、考察してみようと話し合ったのだ。
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