秘められた遺志

しまおか

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第一章~① 真理亜(まりあ)の不運

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「本当に面倒な仕事を引き受けちゃったな」
 都内某所にある高級マンションの一室で、三郷みさと真理亜は思わずそう呟いていた。
 専有面積は二百平米を軽く超えているのに、間取りが三LDKと部屋数が極端に少ない。その為一つ一つの部屋が大きく、特にリビングは驚くほど広々としていた。そこに足の踏み場もない程びっしりと並び放り出された、おびただしい数の段ボール箱が視界に入る。そんなものを目の当たりにすれば、誰だって溜息もつきたくなるだろう。
 これでも各部屋の収納スペースから、外へ引っ張りだして箱詰めする厄介な力仕事は、遺品整理業者に全て依頼し終わっていた。当然だ。もう五十を超えたおばさんがそんな作業などできる訳がない。
 だが顧客の高岳たかおか弥之助やのすけから事前に渡されていた相続財産目録と照らし合わせるのは、担当者である真理亜の仕事だ。それを一人で済ませる為、今日ここへ来ていた。
 生前における彼の指示の元、目録を最終的に作成したのも真理亜だ。よって一度全体を把握し確認済みではある。とはいえ大資産家の彼の所持品は大量だ。その為一人だけでやった訳ではない。
 真理亜が勤める株式会社プレミアムアドバイザー、略してPA社の主な顧客は、世帯の純金融資産額が五億円以上の超富裕層や一億円以上の富裕層だ。特化した独立系コンサルティング会社で、東京本社を拠点に関東はS市とY市、他に北海道や宮城、愛知や大阪、福岡と全国八ヵ所に営業所を構え、大富豪達の金融資産運用への提案や管理をトータルで行っている。
 ちなみに独立系とは、自ら所属する系列の金融商品を主に利用しがちの大手銀行や証券会社の資産運用部門とは異なる。販売商品に縛られない分、より幅広く様々なアドバイスができ、かつ少数精鋭で顧客を絞っている為に小回りの効く点が大きな特長だろう。
 真理亜はS市の総勢百名ほど所属する営業所の中で、数少ないプライベートバンカー、略してPBの資格を持つ専属担当として、弥之助が所有する資産の金庫番の役割を果たしてきた。彼に指名されてから一年半の間で総額十億円超の資産管理とその一部運用をし、結果数千万円増に成功した実績を持つ。無論これも一人だけの成果ではない。
 真理亜の後ろには会社のお抱え、又は提携する弁護士や不動産鑑定士、司法書士、行政書士、税理士、調査会社等の選りすぐられた専門知識を持つ人材が控えている。そんな彼らの協力を得てこそ成立する仕事なのだ。
 その中の一つが相続対策サービスだ。十日前にすい臓がんで亡くなった弥之助の遺言通り、死後の後始末を行わなければならない。それらを全て終え、はじめて真理亜の任務は完了となる。
 しかしそれが一筋縄ではいかない仕事だった。
 法定相続人への遺産手続きを行い、膨大な資産を受け継いだ者を新たな顧客にすべく動くことが、担当者の求められる通常業務だ。けれど彼の場合は配偶者や子がおらず、両親ときょうだいも既に死亡している。よって彼は遺言書を作成し、ほぼ全財産をNPO団体や法人など複数の所へ遺贈寄付する意思を生前から示していた。
 本来遺贈とは、財産を渡す為に相続税がかかる。けれど相続税は、相続または遺贈により財産を取得した個人に課される税金だ。その為国や地方公共団体、法人には租税回避等の不当なもので無い限り課税されない。但し株式会社などには法人税が課せられる。 
 対して個人及び法人格を持たない任意団体へ遺贈寄付した場合、例外規定があるものの相続税を課される、といったやや複雑な対応が必要だった。
 そうした難題も含め、顧客の要望を可能な限り対応するのがPB資格保持者である真理亜の役割だ。つまり今回の遺産整理は、担当者にとって顧客に対する最後の奉仕と言える。
 相続人がおらず、かつ遺言書もあり遺贈だけなら相続争いも起きない。だから表面的には簡単だと思われた。だが実際は違った。厳密には相続人となり得るものが二人だけいたからだ。弥之助の亡くなった兄の子供、すなわち甥と姪である。
 もし遺言がなければ、代襲相続権のある彼らは莫大な遺産を、それぞれ半分ずつ受け取れただろう。しかしそれは叶わない。何故なら弥之助はそれを良しとせず、遺産のほぼ全てを第三者への寄贈に充てた為である。要するに一円も得られないのだ。
 例え遺言書があっても、相続人に一定割合の取得を保証する遺留分があれば請求はできる。だが配偶者や子、または親にはあるけれど、兄弟姉妹にはその権利がない。よって甥や姪は、弥之助の遺言に従うしかなかった。
 そうした経緯により葬儀が終わった後、残された遺言書と真理亜が受け取った遺産整理に関する委任契約書を彼らに見せ、説明を行うという厄介な役割を担っていた。
 しかし思った程、二人に抵抗されなかったのが幸いだった。それは当然と言えるほど相続人との関係が希薄だったからだろう。というのも弥之助が余命僅かな病状だと彼らは全く知らされておらず、よって見舞いにすら来ていなかったからだ。
 それどころか五年前に事故に遭い死亡した彼らの父であり、唯一の兄の葬儀に弥之助は出席しなかったという。よって少なくとも甥達とは二十年以上会っておらず、記憶も定かでないと聞いていた。真理亜はそうした数々の職務をクリアし、残るは膨大な遺品の処分と決して少なくない遺贈先へ資産を分配する作業だけとなった。けれどそれが最も手間のかかる仕事だったのだ。
 それでもPA社は顧客から事前に十分すぎる委託料を受領済みなのでやるしかない。その内の一定割合が歩合として真理亜の給与に反映される。その額だけでも一千万円は軽く超えていた為、いい加減な対応は出来ない。
 もしそんな事が後で他の顧客の耳に入れば、会社の信頼は大きく失われるからだ。また成果により上下動が激しいが、現在平均三千万円超えの年収を得ている真理亜は、即座に職を失うだろう。そうなる訳には絶対いかない。それにたった一年半という短い付き合いで、相当な手数料を獲得できた。よってこの程度で面倒などと言っては罰が当たる。
 そう思っていたが、後に大きな過ちだったと気付かされるとはこの時、想像すらしていなかった。
 気を取り直した真理亜は大量の段ボールの中から、事前に取り置いていた箱を覗き、まずは財産目録に記載された高価な品々が間違いなくあるかを点検し始めた。
これらは後で顧客から事前に渡されていた指示書に従い、専門の業者に売却し換金しなければならないからだ。
 それが済めば目録に無いその他の品々も同じく一括で売却、または廃棄を依頼する。
 そうしてこの部屋にある物の処分が全て終わったらマンションは業者に渡り、既に決定済みの販売価格が入金される予定だ。
 その結果得た金を、これも指示書通り一千万円や五百万円といった定額、あるいは比率で寄付先に振り込めば終了となる。数は多いが、全て換金しさえすれば後処理は比較的楽と言えた。
 リビングダイニングと書斎、また倉庫に使っていたという部屋を周り、記載されていた目録の物の存在を全て確認した。その上で、他の箱に目録から漏れた高価な品がないか見直し終えた真理亜はホッと一息ついた。
 ここまできたら、残り全部をその他の物として業者に渡せば、値付けや廃棄などもしてくれる。それで一段落がつくからだ。
 けれど事前に相当な時間をかけ確認したとはいえ、間違って目録に載せるべき高価な物が残っていたらまずい。その為、再度チェックしようと動き始めた。
 特に弥之助が寝室として使っていたらしい部屋と書斎は、目録作成の際にほとんど立ち入っていない。その他はほぼ目を通したので、見落としはないはずだし、現になかった。
 書斎は整理業者が入った時にも確認した通り、仕事などで必要だったという書籍や資料ばかりで、高価なものは何もなかった。
 それでも以前ほんの少し覗いた時にはもっと大量にあったはずなのに、かなり少なくなっていた。弥之助自身が入院するまでに処分したと思われる。
 個人情報などが含まれているからと真理亜達に任せなかった理由は、残っているものをざっと目を通したので理解はできた。というのも中にはPA社や真理亜の身辺を探った調査書まであったからだ。
 これ位は死亡した後なら見られてもいいだろうと判断したのか、間に合わなかったのかは分からない。けれどそれらにより、彼が顧客の紹介で突然訪問してきたと言ったのは嘘だったと判明した。
 事前に相当調べていたのかと呆れたが、ただ責めるにしても当の本人がいないのでどうしようもない。
 恐らく多くの会社を経営していく上で、いろんなトラブルに巻き込まれた経験があるのだろう。だから調査会社を頻繁に利用していたと思われる。その他にも取引先だろう会社名だけでなく、個人名でも多くの調査をしていた形跡が残されていた。
 それでも真理亜は、最終的には弥之助から全面的な信頼を得ていたと思う。遺言書や財産目録の作成を全て指示通りこなし終わった後も、病床にお見舞いで訪れた際には何度も俺の遺志を汲んでくれ、あなただけが頼りだと、しつこいほど念押しされた記憶がある。
 あの時の、頬がこけていながらも光を失っていない強い意志を発していた彼の目は忘れられない。だから文句など全くなかった。短かったが、他の顧客とは違う大変濃い時間を過ごした気がする。
 そこで真理亜は奥へと進み、目的の部屋に足を踏み入れた。ここも業者の手で、ウォークインクローゼット等にあっただろう衣服を含めた物が段ボール等に収納されていた。
 大きなベッドの上にあったであろう羽毛布団など、圧縮されて透明ビニールの収納ケースに入っている。段ボール箱の数は他の部屋に比べてかなり少ない。
 やはり弥之助から聞いていた通り、ここには貴重品や物自体を置かないようにしていたからだろう。
 そう思いながら手前より一つ一つ確認していると、最後に一番奥に置かれ、蓋を閉じた二つの箱の存在に気付いた。
 これは奇妙だ。業者には後で中身を確認しやすくする為、開けておくよう指示していたはず。実際その他の箱は全てそうなっていた。
「おかしいな。いい加減な仕事をする会社じゃないはずだけど」
 そう呟き首を傾げながらまず二つの箱の内、手前の中身を見て真理亜は驚いた。
 なんとそこにはこの部屋にそぐわない、恐らく弥之助の所持品とは考え難い、赤い高級ブランドバッグが入っていたからだ。
 しかもそれだけではなかった。念の為に用意していた手袋を嵌め取り出し外に出すと、箱の中から小さな青いケースまで出てきたのだ。その形状から嫌な気配を感じながら恐る恐る開けたところ、中身が緑色の宝石の付いた指輪と分かり眩暈めまいがした。
 その上真理亜の把握していなかった預金通帳とキャッシュカードが輪ゴムで括られ、さらには印鑑までも発見して思わずけ反った。
「こんなはずない。高岳様から何も聞いていないし、目録を作成した時にはこんなもの、絶対無かった。なのに何故、今頃出てくるの」
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