真実の先に見えた笑顔

しまおか

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第五章~②

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 そんな彼の会社人生の中で最初に受けた大きな試練は、門脇支社島と出会い、苛められ苦しんだことだったのかもしれない。門脇は前任の支社長のような温情など、微塵みじんもかけなかったという。
 それどころか入社三年目ならもっと仕事ができるだろうと、代理店整理に加え数字においてもノルマを課し、毎月月初、二十日、最終と三回の打ち合わせをする度に、きりきりと締め上げていたようだ。時にはお前なんか辞めてしまえ、と罵倒ばとうしていたらしい。
 そんな状況の中、彼は会社を辞められないさらなる事情ができた。入社して四年目の時、母親が脳梗塞に加えて狭心症も併発し、手術したというのだ。入院費などもかかる為、会社を辞める選択肢はなくなり、我慢するしかなかったのだろう
 しかし母親の事もあって仕事に手がつかなくなった彼に、門脇の指導は厳しくなるばかりだった。その為一時ノイローゼになりかけ、医者にはストレスだろうとしか分からない、原因不明の体調不良を起こしていたらしい。
 そんな時にあの事故が起こった。久我埼の担当代理店でトラブルが起きたため門脇が同行し、謝罪しに行った帰りのことだ。行きの社有車の運転は、久我埼がしていた。しかし帰りは彼が体調不良を訴えた為に、門脇が運転していたという。
 代理店でのトラブルは一応落ち着いたものの、頭を下げなければならなかった支社長としては、怒りが収まらなかったのだろう。帰り道の車中で、久我埼を怒鳴りながら運転していたそうだ。
 そこで興奮しすぎたのか、スピードを出し過ぎてブレーキを踏み損ねた門脇は、ハンドル操作を誤り高速道路の壁に衝突した。助手席に座っていた久我埼も、その衝撃で車の外に放り出される寸前だったらしい。
 幸いシートベルトのおかげで命に別状はなかったものの、彼は重傷を負ったという。しかし運転していた門脇は頭部を激しく打ち、病院に運ばれた後間もなく死亡が確認された。
 余りにも詳細な説明に、英美は驚いて尋ねた。すると浦里は十月に長期休暇を取った際、久しぶりに京都へ行ったらしい。、そこで前の部署に顔を出したついでに色々と話を聞き、情報を集めたそうだ。
 彼の説明が一段落した時を見計らい、それまで黙っていた三箇は口を開いた。
「当時の仕事上の環境や背景について、そこまで詳細に聞いたのは初めてだ。今なら少し理解できるが、警察にいた頃に知ったとしても実感が沸かなかっただろう。しかし経済状況や亡くなった門脇に厳しく当たられていたことは、俺達も調べた。当時の社有車の中も、今回総務課長に注意を受けた時と同様で、ゴミが沢山溜まっていたことも、な」
「そうなのか。当時の事故状況を調べた警察は、運転していた門脇支社長がスピードを出し過ぎでコントロールを失った、と最終見解を出した。しかし車内にペットボトルなどが散乱していたことから、ブレーキペダルにそうしたものが挟まって事故になったのではないか、との見方もあったらしい」
「それも知っている。しかし車が大破していたことで、それを証明することは難しかったようだ。しかも助手席に乗っていた唯一の生存者である久我埼の証言が、それを否定した。叱責することで夢中になり興奮していた門脇が、スピードを出し過ぎてハンドル操作を誤ったから事故が起きた、とはっきり言っている」
「だから運転者の過失による事故として、処分されたのか」
「ああ。助手席にいた久我埼も、下手をすれば死んでいたかもしれない大事故だったからな。上司と不和だったとはいえ、嘘の証言をしているとまでは証明できなかったようだ」
「しかし門脇支社長との仲が、相当こじれていたことは間違いないらしい。俺が当時東支社にいた事務職から聞いた所では、怪我が治り出社できるようになってしばらく経った後、久我埼は言ったそうだ。前の支社長の時は自殺したいと思ったほど辛かった。でも次に来た支社長が優しい人だったから、死ななくて本当に良かった、と」
 ここでこれまで聞き役に徹していた古瀬が、話に割って入った。
「意味深だね。でも結局は事故だった訳だし三箇さんが知りたいのは、十年前に一宮で亡くなった美島という人のことじゃないの? その件については、俺も代理店の情報網を使って調べてみた。家内の悠里が当時一宮支社にいたから、彼女にも少し聞いてみたよ。そこでもやはり上司と上手くいっていなかったらしいとは耳にした」
 英美は意外な名前が出たため、思わず尋ねた。
「十年前、悠里さんは一宮支社にいたの?」
「うん。入社して最初に配属されて五年いたんだって。だから美島支社長の件は、それなりに知っているようだった。でも余り良い思い出じゃないから、話したがらなかったけどね」
 そこで三箇が頭を下げた。
「古瀬さんも調べてくれていたんだ。有難う」
「いやいや、三箇さんには世話になっているから。それに昔の話を聞いて、俺も浦里さん達と同様に協力すると言ったからには、少しくらい動かないとね」
「他に何か情報はあった?」
「噂好きな人はどこにでもいるね。しかも社員と違って代理店は地元に根付いているからずっと長い間そこにいるし、一宮支社のテリトリーにある古い代理店のほとんどは、あの事件の事をよく覚えていたよ。でも三箇さんには悪いけど、亡くなった美島支社長はあまり評判の良い人では無かったみたいだね。仕事熱心なのは確かだけど、やはり数字数字と煩い人で、久我埼さんも相当絞られて可哀そうだった、と皆口を揃えて言っていたから」
「それは俺も、あの件を調べている時に知った。ショックだったよ。だからと言って、殺されて良いはずはない」
「でも病死だったんだろ。ウィルスが原因とはいえ、急性心不全だったらしいじゃないか。当時でも管理職はかなり過重労働を強いられていたと聞くし、あまり好かれてはいなかったけど、恨まれて殺されてもしょうがない程酷い人とまでは、誰も言っていない」
「ああ。だから疑わしい人物は、久我埼しかいなかったんだ」
 熱くなり出した三箇を、浦里が宥めた。
「まあまあ、落ち着いて。でもそういえば、さっき聞いた京都時代の話と似たようなことを耳にしたな。確かあの頃も久我埼さんの母親が大変だったらしいって。確か前に起こした心筋梗塞が影響して、心臓の再手術を受けたと言っていたな。幸い成功したらしいけど、助かるかどうかの確率は半々だったっていうから、母子家庭だった彼にとっては相当辛かったはずだよ」
「それは知っている。俺も母子家庭だったからな。あいつの立場で想像したら、辛いなんてものじゃなかっただろう。十五年前の時と同様、仕事に手が付かなくなるのも理解できる。だからこそ邪魔な上司が前のようにいなくなればいい、と考えてもおかしくないんだ」
 そこまで聞いていた英美は、再び尋ねた。
「もしかして三箇さんは、久我埼さんの連続殺人だと考えている?」
 浦里と古瀬も、そこまでは考えていなかったのだろう。ギョッとして彼を見た。しかし首を横に振って言った。
「分からないと言うのが、正直なところだ。可能性がゼロとは思わないけど、証拠が余りに少な過ぎて断定はできない。ただ彼には、動機がある。会社で辛い目に遭っていたけれど、母親の為に決して辞められない事情があった。それどころか奴の気に入らない上司が変わる度に、得をしているともいえる」
「どういう意味?」
「京都の時は重傷を負ったことで加入していた傷害保険や、会社からの労災なども含めた金銭的補償を相当受けた。一宮の時は美島さんが亡くなった後にうつ病と診断されて一年半ほど休職したが、その間の給料は全額近く貰っている。当時の奴の年収なら九百万ほどだっただろう。さらに六年前に大宮SC課の時任ときとう課長が変わった後も三年半という長い期間休職して、恐らく年収一千万近い給与を支給されているはずだ」
「確かにそうだけど、必ずしも得をしているとは言えないでしょ。だって長く会社を休んでいたら、昇給や昇格もしないじゃない。実際入社十九年目でまだ主任でしょ。普通なら課長クラスになって、年収も一千五百万を超えていてもおかしくない年次だと思うけど」
 英美は反論したが、三箇はそれを否定した。
「昇進すれば、その分激しい競争とストレスにさらされるじゃないか。それに浦里が言った通り、久我埼が入社した当時は高林火災海上保険だったけど、それからいくつもの保険会社と合併を繰り返している。そうして今はツムギ損害保険になったが、社内でのポスト争いは相当厳しい時代だったんじゃないか。途中で会社を辞めていった社員もかなりいるだろ。俺は入社して九年目だがその間にも合併しているし、それを機会に退職した社員を見て来たからな」
 浦里が首を傾げながら言った。
「そうした競争から逃れながらも、世間的には高給取りと呼ばれる水準の給与を貰えるなら、それで十分ってことか。確かに久我埼さんは独身だから、母親の為以外にお金の使い道がなかったのかもしれない。だからといって、人を殺そうとするだろうか」
「金の為、母親の為、さらに自分の身を守る為ならやるかもしれないだろう。それに彼の母親も今では痴呆を患い、息子の名前と顔さえ忘れてしまっていると聞く。門脇支社長が上にいた頃は、余りにも辛くて自殺を考えていた、とさっき言っていたじゃないか。しかも母親が痴呆症を発生したのがちょうど六年前、時任課長が増水した用水路に落ちる少し前の事だ。そこから彼は、三年半の長期休職をしている。二度目でしかもそれだけ長くなれば、普通だと復職は難しいと思わないか。しかし彼は会社の規則が認められるぎりぎりまで休み、会社へと戻って来た。それだけ会社を辞められない理由があるとしか思えない。どんなに辛くても、会社にしがみつくしかなかったのだろう」
 それでも英美は異論を唱えた。
「でも久我埼さんは、今でも精神内科への通院を続けているって話じゃない。京都の時は大怪我をしたけど、二人目や三人目の時の休職理由はうつ病でしょう。社内では陰で疫病神や死に神と呼ばれ続けて、自分と反りの合わない上司が次々と事故死したり病死したりしたら、母親の事と重なって精神的にダメージを受けていたとしても不思議ではないよね」
だが三箇は主張を変えなかった。
「廻間さんの言う通り、表向きは皆そう理解をしている。しかしそれが本当なのかが知りたい。俺は疑わしいと思っている。それは何故かと聞かれたら、以前言ったように刑事の勘としか言いようがない。これも同じことの繰り返しになるが、あの時久我埼に事情を聞いた俺の感触だと、あいつは一線を超えた人間の目をしていた。その勘を信じてこの件を調べて見たいんだ」
 浦里が間に入った。
「それは判っている。実は三箇さんが県警にいた頃の噂を、他の警察出身の賠償主事さん達から聞いた。かなり優秀な警察官だったみたいだな。三年間の交番勤務時代に職質などで相当な数の犯罪者を逮捕してきた実績を買われ、異例の速さで刑事課に引き上げられたらしいね。この間は五年目の警察官の勘など、信用できるのか疑わしいなんて言って申し訳ない」
「そうなの?」
 英美と古瀬が驚いていたが、当の三箇は謙遜する事もなく頷いた。
「自分でいうのも何だが、怪しい人物を察知する能力には自信も実績もあった。だから俺は自分の判断に、自信を持っているんだ」
「そのようだな。だから俺も、京都の件について情報を集める気になった。しかしこれからは片手間ではなく、もっと本格的に調べたいと三箇さんは考えているんだな」
「ああ。彼が復職してまだ一年余りしか経っていない。この会社の規定を調べて見た所、彼が今度休職するには同じ病気の場合、二年経たないと休職扱いにならないことが分かった。つまり今はどんなに辛くても会社に居続けるはずだ」
「長期休職ができるようになるまで、後一年弱あるな。要するに我慢できず上司を排除しようとするなら、直ぐにでも動く可能性があるということか」
「そうだ。木戸総務課長が社有車の件で注意したら、彼は三日会社を休んだだろ。それなりにこたえていると思って間違いない。うつ病が詐病さびょうだったら話は変わるが、彼は本当に精神を病んでいると思う。しかし病気の大きな要因の一つは、間違いなく会社生活だ。通常なら、辞める選択をしてもおかしくない。しかし彼には、それができない経済的理由がある。だったらどうするか」
「ストレスの元となる相手を、取り除こうとするかもしれないってことか」
「ああ。幸いこれまで亡くなったりした上司の後に赴任した人は、それまでの経緯もあってか、彼をいたわっていたらしい。それで何とか乗り切れたと、周囲に漏らしている事は確認している」
「まあ噂とはいえ、反りが合わないと大きな災難に巻き込まれるかもしれないと思えば、慎重になるのが普通だ。しかしそんな上司ばかりは続かないだろう。美島支社長や時任課長がそうだった。だけどさすがに木戸課長は気にしているらしいし、それほど厳しく当たっているとは聞いていない。だから今回の件だけで、いきなり行動に移すとは考え難いな」
「ああ。このままなら少なくとも後一年は、大人しくしているだろう。それでもストレスは溜まるだろうから、休職できるとなれば彼は必ずその権利を行使するはずだ。これまで二回経験して、その旨味を知ってしまったからな」
「何故そう断言できる?」
「人間は基本的に弱いものだ。普通にしていても、安きに流れる人はいる。少しでも楽をしようと考えること自体、不自然な事ではない。ましてやうつ病に罹って治療中の患者なら、尚更だろう。しかも彼の場合、母親がいる限り悩みや苦しみは無くならない。そこに来て会社のストレスが加わるんだ。耐えろと言う方が無理だろう」
「だからと言って、木戸課長にわざと厳しく指導するよう仕向けたりはできないぞ。下手をすると、本当に殺されるかもしれないからな。それ以前に、パワハラで訴えられたら終わりだ。十五年前や十年前は難しかっただろうけど、今の時代なら上司が気に入らなければ殺すよりその方が楽だ」
「俺もそう思う。だから六年前にゲリラ豪雨で増水した用水路と道路の境が分からなくなり誤って落ちた時任課長の件は、本当の事故だった可能性が高いと思う。彼はワールド火災出身の管理職だった。だからかその頃は、パワハラされているとの相談を久我埼が人事部にしていたらしい、との噂もあったくらいだ。確かではないけどな。そうした個人情報は、入手することが難しいから」
 ここ数年で、社内におけるハラスメント対策はかなり進んだ。十年近く前から、人事部が相談窓口を設けている。しかし本格的に機能し始めたのはそれから二、三年経ってからだ。それまでは形式上、体制が整えられている程度だったという。
 しかし世間で騒がれるようになり相談者が一気に増加した事などから、会社側も本腰を入れずにはいられなかったのだろう。六年前なら人事部も、親身になって話を聞いていたかもしれない。しかも彼は一度、休職を経験している。さらに二人の上司が亡くなっていることから、軽く扱う訳にはいかなかったはずだ。
 そう考えれば三箇の言う通り、少なくとも三人目の件は事故である確率が高い。わざわざ大きなリスクを冒さなくてもいいからだ。人事による上司への指導が入るか、または配置転換により、厳しい仕事環境から抜け出せることができただろう。
「アリバイはどうなんだ? 前の二人は事故死と自宅での病死だから関係ないだろう。しかし増水した用水路への転落が事故でなければ、誰かが突き落としたことになる。その時、久我埼さんは何をしていたんだ? それも調べたんだろ?」
「もちろん確認した。その時間は既に帰宅していたようだ。関係者達にも聞いてみたが、彼も含めてほとんどは豪雨によって早期退社を指示されていた。最後に会社を出たのが、時任課長だったらしい。最寄り駅などの防犯カメラを確認すれば、それより前の時間に久我埼が改札を通ったかどうか判っただろう。だが警察でもないから、そこまでは調べられていない。だから確実なアリバイがあるかどうかは不明だ」
「じゃあどうする? 三箇さんの勘によれば、十年前の時点で既に人を殺している可能性があるんだよな。だったら一宮の件を再度調べるしかないか。後は十五年前の事も調査の中に入れるかどうかだが、どう思う?」
「念の為二件とも調べ直そうと思う。三件目は場所が大宮と離れているし、ある程度の事は俺も調べたから外そう。他の二件は事故や病死と判断されたことで、捜査が途切れている。だから社員などへの聞き取りが不十分のままだ。しかし一宮はここから近い。それに当時より少なくはなったが、昔の事件の事を知っている社員や代理店はまだいる。それに十五年前の事件も京都だから、先程聞いたように浦里さんの伝手が使えるだろう。だから以前は出来なかった社内からの情報収取ができるかもしれない。あくまで無理はしなくていいけど、もし皆が協力してくれると言うなら是非手伝って欲しい」
 三箇の言葉を受けた浦里が英美と古瀬の顔を見た。二人共頷いたところで、彼が代表して答えた。
「前にも言ったけど、どこまでできるか分からないが協力するよ」
 三箇はそこで頭を下げた。しかし驚くべきことを言い出したのだ。
「有難う。恩に着る。そしてここからが肝なんだが、過去を探っていることを久我埼へリークして貰いたいんだ。もちろん首謀者は俺だといってな。美島支社長の身内だとも言っていい」
 三人とも驚き、浦里が尋ねた。
「どうしてだ? わざわざ知らせる意図は何だ?」
「それは俺が調査していることで、彼に精神的プレッシャーを与える為だ。調べている事を知られても、今更証拠隠滅もないだろう。だが本当に彼が犯人なら、不安に思うはずだ。そうすれば排除するターゲットは俺になる」
「おい、おい、自らおとりになるつもりか」
「そうでもしなければ、尻尾を出さないだろう。殺人だとすれば、これまでの事件の時効は成立していない。だがもう十年や十五年前のことで、しかも警察が事故死や病死として処理済みの案件だ。余程のことがない限り、再捜査なんてされることはない。いや警察の面子にかけて、そんなことはしないだろう」
「それは余りにも危険よ。もし犯人じゃなかったとしても、彼は精神を患っている事には変わりないでしょ。そんな人を刺激して何かあったら、取り返しがつかない。誰も責任なんか取れないわ」
 英美が反対すると、三箇は首を振った。
「いや、責任は全て俺が取る。あいつが犯人でないことが分かったら、俺はここにいる意味が無い。だから会社を辞めるつもりだ。それに間違って殺されたとしても、それは疑った人間が悪い。自業自得さ。それくらいの覚悟はしている。でも安心してくれ。そう簡単に殺されるつもりはない。それに俺は久我埼が人を殺したことのある目をしていたと、確信を持っている。だからこそ考えがあるんだ。作戦通りいけば、必ず俺を殺そうとすると思う」
「そう仕向けて、彼を逮捕させるつもりか」
 浦里の問いに三箇が答えた。
「ああ、そうだ。そして過去の件についても白状するよう、取り調べをすれば奴は自白するだろう。これまでは任意の事情聴取だったし、証拠もないため厳しく問い詰めることが出来なかった。しかし逮捕されて本格的に刑事の取り調べを受ければ、彼の性格なら黙っていられるほどの精神力は無いと思っている」
「それにしても危険すぎないか」
「だがやるしかない。それ以外には、過去の事件のうち一件でも奴が犯人だと決定づけられる証拠を見つけるしかないんだ。しかしそれは難しいと思っている。三人が協力して聞き取り調査をしたとしても、ある程度の状況証拠しか出て来ないだろう」
「だったら調べる意味が無いじゃない」
 英美の言葉に、三箇は反論した。
「いいや。調べている動き自体が大切なんだ。それに重要な情報を得られる見込みはあると思う。だから決して無駄では無いんだ。ただ彼が疑わしいと思われる話を聞けたとしても、それが決定的に殺人を裏付けるものに繋がることは期待しづらい。それが正直なところだ。もしそんなものがあれば、十年前や十五年前の時点で警察が掴んでいただろう」
「なるほど。調べ上げて疑わしいと思われる状況証拠を積み上げることで、彼を焦らすことが目的か。そうやって彼を追い詰めて罠を仕掛け、三箇の存在が邪魔だと思わせ殺人を実行させようと言う狙いなんだな」
 浦里がそう言うと、彼は頷いた。
「ああ。そういうことだ。これは時任課長と同じワールド火災出身である、木戸総務課長の命を守ることにも繋がる。もちろん三人の調査で、思わぬ決定的な証拠や証言が掴めるかもしれない。そうなれば、俺が身を張る必要はなくなるだろう」
「嫌なプレシャーをかけるな。俺達がしっかり調べないと、木戸課長か三箇さんの命が危なくなると脅しているように聞こえるぞ」
「いや、そんなつもりはない」
 激しく否定する覚悟を持った表情を見た英美は、諦めて言った。
「分かった。私達もしっかり情報を集めてみる。でも三箇さんの作戦は決定的な証拠が見つからない場合に限り、最後の手段で使うと約束して。それと勝手に行動する事だけは止めてね。その時は必ず、私達に相談すること。それが守られないのなら、協力は出来ない」
「それは約束する。だから頼む。俺は久我埼が憎い訳じゃない。ただ美島さんの死の真相を、明らかにしたいだけだ。そして久我埼の持つ闇の正体を知りたい。それは信じてくれ」
「信じるよ。だったらまずは、具体的にどうやって情報収集するかを打ち合わせしよう。役割分担を決めた方が良い。京都の件は伝手のある俺が調べる。これまでも聞いたが、もっと掘り下げてみるよ」
「浦里さんが京都の件なら、私達は一宮の件ね。当時の事を知っている社員から、事情を聞くのは私がやる。代理店さんや顧客関係からの情報収集は、古瀬さんにお願いするわ」
「了解。もう少し詳しく聞き込んでみるよ」
「そうしてくれると助かる。二件とも彼が営業職時代に起きた事件だから、SC課にいる俺には繋がりが薄い。それでも俺は俺で昔の事を知っている、SC課と繋がりがある社員を再度探し、確認してみるよ」
「少しでも何か情報が得られた場合は、逐一互いにメールで連絡しよう。情報を共有し合った方が、そこから何かへの繋がりが得られるかもしれない。調査が重なるようなこともなくなるだろう」
「浦里さんの言う通りね。だったらメールじゃなく、SNS上で四人だけのグループを作った方がいいんじゃない。そこに一人が書き込めば他の三人が閲覧できるし、他へ情報が漏れることもないよね。それに一か所に情報をまとめた方が、後で検証しやすいでしょう」
「それはいい案だ」
 そこで新しいアカウントを取得し、四人だけが読めて書き込めるように設定した。そこに聞き込みをした結果や得た話を打ち込み、ある程度の期間の情報を三箇がまとめることに決まったのだ。
 これが後にあのような結末を迎えるきっかけとなり、大きな後悔を産むと分かっていれば、英美は余計な事などしなかっただろう。
 しかしこれまで数々の問題を解決して来たとの自信が、知らぬ間に調子づかせていたのかもしれない。また三箇や浦里に対しての想いが仇となっていたのだろう。
 それが全ての過ちの始まりだったと知った時には、既に手遅れだった。
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