あなたに伝えたいこと

しまおか

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第五章

四日目~②

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 集合時間の三十分前に清達はバスターミナルに着いた。清達と同様にすでに集合しているツアーの参加者達が何組かいる。
 多くが清達と同様に元の老人姿で佇んでいたが、一部には若い服を着たままの参加者もいて、あのおかしな関西弁を使うおばちゃんバスガイドのゴンちゃんを囲んで何やら話をしていた。
 清達が近づくと、ゴンちゃんが気づいて声をかけてきた。丁寧な標準語だった。
「あら、キヨちゃんとカズちゃんは元の姿でお戻りになられたんですね。どうでしたか? ツアーは楽しんでいただけましたか?」
 言葉は優しかったが、初日にいきなりつけられたあだ名で呼ばれたのには抵抗があった。そんなことはさておいて、清は思わずゴンちゃんに問いかけた。
「楽しんだといいますか、実に不思議な体験をしましたが、このツアーは一体」
「ああ、皆さま不思議に思われていると思いますが、詳細はバスに乗ってから改めて説明しますので今はもうしばらく時間までお待ちください。申し訳ございません」
 と清の質問は一切受け付けないといわんばかりに、ゴンちゃんはばっさり言葉を切った。 
 他の人も説明をしてください、とか若い姿の人々は元に戻ることができるんですか、と色々聞いていたが、大丈夫ですから、詳細はバスに乗ってからお話し致しますから、と同じように質問には一切受け付けないようであった。
 もっと先に着いて同じようにあしらわれたグループは、すでに諦めて離れた所に固まって参加者同士で体験したことの報告なのか意見交換などをしているようだ。清達はそのグループからも少し離れた所で立っていると、一組の老夫婦が清達に向かって歩いてくる。どこかで会ったような、そんな気がしていると、
「田端さん、ツアーはいかがでしたか?」
 神田辰雄、幸子夫妻だった。ツアー二日目に銀座のお寿司屋で会い、清が若い頃飲み屋で知り合った、和子と同じ心臓に病気を抱えていた幸子と、そのご主人だ。清達と同じように二人は六十代の元の姿に戻って集合場所に来たようだ。
 今回、その幸子が末期のすい臓がんで余命半年といわれて最後の旅行としてこのツアーに参加したとあの時は言っていた。
「良いツアーでしたよ。神田さん達はいかがでしたか?」
 清が聞き返すと、二人は顔を見合わせて笑った。そして
「ええ。本当に思い出深い旅行になりました。いい冥土の土産ができたと喜んでいます」
 幸子が清に向かってそう答えた。二人の幸せそうな顔を見ていると、この不思議なツアーで清達同様いい体験ができたのだろうと推し量ることができる。
「そうですか。それは良かった。そうだ。あの時は事情があって言えなかったんですが、実は私も胃ガンでもって一年、おそらくあと半年の命だと言われているんです。でもこの旅行で何の心残りも無くなりました。本当にいいツアーに参加できたと私達も喜んでいたんですよ」
 そう言うと神田夫妻は絶句し、幸子は口に手を当てて驚いていた。
「そんな、そんなことが……」
 幸子が目に涙をためて絞り出すような声で呟くと
「何を言っているんです。あなたと同じですよ。泣くことはない」
 清は神田夫妻にかいつまんで、病気のことを隠されていたこと、実は自分は知っていたこと、このツアーでそのことがばれてしまったこと、それでも娘夫婦や孫達と話ができ、和子と一緒に若返って過ごしたこの旅行は素晴らしかったことなどを説明した。神社での話は恥ずかしいため、やめておいた。
 清の説明を受けて、神田夫妻もうん、うんと頷きながら安心したような表情を浮かべている。おそらく似たような体験を彼らもしたのだろう。
「皆さまお待たせしました。バスが到着しましたので、並んで順番にお乗りください。皆様が全員揃っているか確認しますので入り口でご自分のお名前を言ってくださいね」
 バスガイドのゴンちゃんが大きな声で集まっている参加者に呼び掛けた。知らない間にバスがすでに到着している。清が時計を見ると、集合時間の十分前だった。
 ツアー参加者はバスの乗り口の前に並び、順番に名前を名乗りながらバスに乗り込んでいく。清達も自分の名前を言ってバスに乗り込み、席に座った。どんどん人が乗り込んでいく。見ると全員がすぐに揃ったようだ。五組ほど若い人のままで乗り込んでいる参加者がいる。
「皆さま無事全員お揃いになりました。お疲れ様でした。それではバスが出発します」
 マイクでゴンちゃんがそう言うと、バスが走り出した。行きと全く同じ状況だ。窓はカーテンで閉められている。しばらくバスが走り前の席からアイマスクが回ってきた。行きのバスの中でつけたものと同じものだ。
 このアイマスクを取ると知らない間に意識を失い、目を覚ますと代々木公園で十代の若い格好をしていたことが遠い昔のことのように感じられたが、それもたった三日前のことなのだ。
「それでは、皆さま、アイマスクをはめてください。元の姿に戻っている方もそうでない方もお願いいたします」
 ゴンちゃんの言う通りに乗客が全員アイマスクをつけると、また静かなクラシック音楽がバスの中に流れはじめた。外からゴーッと大きな音が聞こえる。行きと同じように、おそらくバスがまたどこかのトンネルに入ったようだ。
 すると再びアイマスクの中で瞑ったまぶたの奥がチカチカと瞬き、清は意識が遠くなる感覚に陥った。頭がくらくらとする。耳から聞こえていたオーケストラの奏でる音が少しずつ遠くなっていくのが判る。清はいつの間にか眠りに落ちていった。
 
「皆様お疲れさんでした。無事、到着しましたんでもうええですよ。アイマスクを外してええで~」
 またおかしな関西弁で喋るゴンちゃんの声が聞こえた。ぼんやりとした頭で清はアイマスクを外す。バスはすでに止まっていた。あの集合場所だったバスターミナルだ。
 バスの中を見渡すと、全員が元の姿に戻っている。あの儀式は元の姿に戻る為のものだったようだ。時計を見ると、午後の三時だ。バスに乗ってからもう一時間が過ぎていたようだ。
「それではこれで解散と致します。その前にこのツアーの不思議体験についてご説明いたします。皆様は、このツアーは『あの頃君も若かった』という名の通り、皆様の若かりし頃に戻り、皆様の人生で重要な意味を持つ頃の姿で、皆様の人生の状況に合わせた場面を経験されたかと思います。このツアーで体験されたことはとても不思議で、かつミステリーなものですがとても大切な意味を持っていたかと思います。ですからこの四日間の出来事はなるだけ皆様の心の中にしまっておいてください。あっ、念の為にお伝えしておきますが、皆様が若かった頃の姿で撮った写真、デジカメなどの類はすべて写っておりません。そういうものは元の姿に戻った時点で消去されておりますのでご了承ください」
 ゴンちゃんの説明で、若干バスの中が騒がしくなる。写真か。全く考えてなかった。確かにいつもの旅行のように清達もデジカメをカバンの中に入れておいたが、写真を取ることなどすっかり忘れていた。清は和子を見ると、彼女もそう思っていたのか、
「そういえば写真、一枚も撮って無かったわね」
 と笑っていた。ただそんなことはどうでもよかった。この旅行であったことは和子との間だけの大切な秘密とするつもりだった。おそらく他の参加者も同じ気持ちだったのだろう。それほど大きく騒ぐ人はいなかった。
「それでは皆様、この度はこのミステリーツアーにご参加いただき、誠にありがとうございました。このツアーに参加されたことで今後の皆さまの人生におかれまして充実した時が過ごすことができるよう心からお祈り申し上げます」
 ゴンちゃんは深々と頭を下げて礼をしていた。イケ面バスガイドのナカムラトオルまでが頭を下げている。思わず清は手を叩いていた。
 するとバスの中はあちらこちらから拍手が湧きあがり、しまいには皆席を立って、スタンディングオベーションとなった。手を叩いている参加者達の顔は皆満足げで涙を浮かべている人もいる。ありがとう、とゴンちゃんに声をかけている人もいた。
 おそらくここにいるツアー参加者は、清や幸子の様に何らかの事情を持って参加している人ばかりだったのかもしれない。そしてその全員が、清達のようにこの不思議な三泊四日の旅行でかけがえのない、人生最後の思い出をつくることが出来たのであろう。
 なかなか鳴りやまない拍手の中で清が横を見ると、そこには涙を浮かべて幸せそうな顔で清を見つめる和子の姿があった。
 
 帰りの電車の中で、清達は心地よい疲れの中、放心状態だった。その時
「あっ! お土産買ってくるのを忘れたわ」
 和子がはっとして思い出したかのように叫ぶ。そう言えばそんなお土産がどうのなんていうようないつもの旅行ではなかったため、すっかり忘れていた。
 いつもなら恵子達や翔太達に何かしら買ってくるのが通例だったし、いいものを見つけた時はご近所の方々にも和子が配っていたものだ。
「翔太と美咲には靴とハンカチをあげればいいが、お土産ってものじゃないしな」
 清は旅行の初日に原宿で買った、タオル地のハンカチと靴のことを思い出してそういった。
「まっ、しょうがないか。今回はツアー日程が忙しくて忘れたことにしましょう」
 そう結論づけて清にもそう言い聞かせるように言う。それをただ黙って頷いておいた。土産を配ったり、恵子達に土産話などをしたりすることなどいつも和子に任せっきりだ。それで間違いなかった。家族や近所の人達にお土産を忘れたことをまた適当な話を作ってうまく言いくるめるのだろう。今回の旅行で清はその事を確信した。
 和子は作り話が相当にうまい。和子に言わせれば病弱だった頃、家の中で横になったまま一人で色んな想像を膨らませて物語を作っていたからだと言うが、それだけではないだろう、と思っていた。
 家に向かう途中、心地よく揺れる電車の中で清はうとうととしていた。横に座っていた和子も船を漕ぎだした。そして和子は清の肩に頭を乗せ、その和子の頭の上に清もまた寄りかかる。二人は自然と手をつなぎ、目を閉じていた。
 すると、近くに立っていた若者の男女が、こそこそと話す声が聞こえる。声からして二十代前半ぐらいの子達だろうか。
「あの席のお爺ちゃんとお婆ちゃん、何か素敵じゃない?」
「ああ、気持ち良さそうに寄り添って寝てるな。手なんか握っちゃっているよ」
「年を取ってもああいう老夫婦って憧れる。私達もああいうふうになれるかな」
「ああ、なれるさ」
「ヤダ~。ホント?」
 若い二人はすでに自分達の世界に入ってしまったようだ。目をつむったまま、そんな話を聞いた清は、つい顔がほころんでしまう。薄目を開けて和子を見ると和子もうっすらと笑っていた。同じように聞いていたのだろう。
 どうだ、若者達。羨ましいだろう。こういう二人になるには長い時間と大きな苦労を味わった私達だから出来るんだぞ、と清は胸を張って言ってみたい衝動に駆られた。それほど清の心は幸せな気持ちで充ち溢れている。この大切な時間が後残り僅かであるからこそ清はとても充実しているのだと感じていた。大きな幸せと悲しみは紙一重のところにこそあるのかもしれない。
 
 清達が家の前までくると、誠と恵子、翔太と美咲までいた。二人が帰ってくるのを待ち構えていたようだ。今日は土曜日で恵子も仕事は休みだ。翔太は少し二日酔いが残っているせいかぼんやりとした顔をしている。
「お帰りなさい、お父さん。旅行はどうだった?」
「ジィジお帰り!」
 恵子と美咲が真っ先に声をかけてくれる。その次にケンがワン! ワン! とまた元気に吠えている。誠と翔太はやや硬い表情で笑顔を作っていた。
「ただいま! ちょっとごめんなさいね。いろいろ忙しくてお土産も買ってくる暇もなかったのよ」
 和子がそこから怒涛のように、出鱈目な旅行の内容を説明しだす。北陸の方に連れていかれて、良く判らない昔の古い学校や歴史博物館の様な所をまわって忙しいわりにはたいした旅行ではなかったと愚痴を漏らす。
 清は横でただ、そうよね、と和子に振られると、うん、と頷くばかりだ。よくこれだけ嘘がつけるものだとあきれるのを通り越し、感心してしまう。
「それはお義父さんも大変でしたね、疲れたでしょう」
 誠が清の体を心配してくれる。
「大丈夫、大丈夫。夜はしっかり休めたし、二人で色々ゆっくり話もできたからその点は良かったわ」
 和子がそうフォローして、とにかく家に入ってしばらくゆっくり休んで、夕食は恵子達の家の方で用意してあるから食べに来てください、と誠と恵子が誘ってくれた。
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ。後で行くから」
 そう告げて和子と清は自分達の家の中に入り、荷物を置いてリビングのソファに腰を下ろした。
 やっと帰ってきた、という気がする。やはり自分の家が一番落ち着く。昨日の夜翔太達と泊まった時には帰ってきたと思えなかった。それはやはり姿も違ったし、お客様として家に上がったという違和感もあったからだろう。
「今、お茶でも入れますからね」
 和子はソファァから立ち上がり台所に向かった。
「良いよ、お前ももう少しゆっくりしたらどうだ。疲れたろ」
 清が台所にそう声をかけたが、
「いいのよ、私ものどが渇いたんだから、お茶ぐらい飲ませてよ」
 と和子が言うものだから清は好きなようにさせておいた。手持無沙汰で清は何気なくテレビをつける。夕方のニュースが流れていた。久し振りに見るテレビだ。二日目の朝にラブホテルで少し見たきりでニュースなども新聞なども全く見ていなかった。この四日間に起こった出来事が流れていることを、そうかそうか、と清はいつの間にか真剣に見入っていた。横には和子がお茶を持って座っている。
「ありがとう」
 清はそう声をかけて、お茶を手にして一口含みテレビを見ていた。和子も黙って見ている。いつもの我が家の時間に戻っていた。それがなんとも心地よい時間だった。
 
 夜も七時近くなって、美咲がやってきた。
「ジィジ、バァバ、夕飯の準備ができたからそろそろこっちに来てってお母さんが呼んでるよ」
 テレビをつけたまま、ソファでうつらうつらとしていた清と和子は、美咲の声で目を覚ました。心地よい気分のまま寝てしまったようだ。
「なに、二人とも寝てたの? 大丈夫、疲れてない?」
 美咲は心配していたが、清と和子は、ソファから起き上がり、大丈夫、といいながら、ゆっくりと美咲の後について隣の恵子達の家に入った。
「いただきます!」
 翔太が大きな声で手を合わせた。夕食は手巻き寿司だ。時々田端家では正月など家族全員が集まった時にやるのだが、タマゴやイカ、エビ、サーモン、マグロの赤身、ウニ、イクラ、キュウリに大根、ニンジン、カイワレ、シソ、揚げ、シイタケ、タクワン、カニマヨなどの具材にすし飯と海苔を用意して、各自で巻いて食べる。
 人数が多いとそれだけ具材の種類も豊富にそろえられるから少しずつ好きなものを食べられるため、翔太も美咲にも評判がいい。
 いつもの通り、和子が恵子や翔太達と話の花を咲かせ、清と誠は黙々と食事をしながら、時々相槌を打つ。今日の話題は和子の旅行嘘話に加えて、
「そうだ、三日前と昨日、バァバが私達から借りてった服と同じ服を着た子達がいてね。昨日はその子達、家に泊まってったんだけど、朝起きたらもう帰っちゃったんだ。北海道の子達で修学旅行の自由行動で東京に遊びに来てたんだって」
「そう言えば一昨日、昔私と誠が着ていたような服で三十代くらいの若い夫婦がね、居酒屋で酔っ払った誠を夜遅く家まで送ってくれたから、家に泊まってもらったんだけど、朝置き手紙置いていなくなっちゃって。ああ大丈夫。何か盗まれたとかはないから。すごくいい人達でね」
「そうだ、私、バァバにお母さん達の昔の服も貸したよね」
「美咲、あんた何を勝手に人の服を持ち出してるの!」
「いいじゃん、バァバ達が旅行で若い服が必要だって言うから貸してあげただけじゃない」
 美咲と恵子がそんな話をし出した時には、清はその場から立ち去ってしまいたい衝動に駆られた。和子も気まずそうに、うん、あ、そうなの、と適当に話を合わせている。和子の額には滅多にかかない汗が光っていた。清もハンカチで冷や汗をこっそり拭う。
 話題を変えたかった清は、和子に目配せをしてから、持っていた箸を置き、
「ちょっといいか。俺の病気のことで言っておきたいことがある」
 と切り出した。
 和子は一瞬、何も今ここで、という表情をしたが、翔太達の顔を見て思い直したようだ。少しでも清に気を使う時間を短くしてあげたい、と和子も思ったのだろう。
 清が病気のこと、と言い出したため食卓はピリッと緊張感が漂った。清の次に発する言葉を皆が息を飲んで待っている。全員が箸を置き、背筋を伸ばして聞き耳を立てた。
 清も姿勢を正して喋りはじめる。
「今回の旅行中に、和子から俺の病気のことは聞いた。最初は俺に黙っているつもりだったみたいだけど、和子は俺の様子を見て話しても大丈夫だと思ったんだろう。実は俺もうすうすは病気のことは知っていた。だから覚悟はできている。お前らには心配かけてすまんな。それに病気のことを俺に隠すなんて辛い思いをさせて申し訳ない」
 清は頭を下げた。恵子が俯いている。すすり泣く声が聞こえた。翔太は目が真っ赤になっている。誠と美咲は真剣な眼で清の表情を見つめている。
「俺は和子とこの旅行中に色々話をした。いい旅行だったよ。俺の気持ちは十分伝えた。和子の気持ちも良く判った。後は残り少ない時間をゆっくりと過ごしたい。俺はできる限り病院に入ることはせず家で過ごしたい。どうしても、という時は病院に入る。そうなればもう俺の最後だろうと思う。その時は恵子達にも迷惑をかけるが、すまない。あ、あと葬式はなるだけ身内だけでやってくれ。面倒はかけたくない。簡単でいい。墓も必要ない。田端家の墓は俺の兄貴の子供達が面倒みているからそれは向こうに任せておけばいい。墓があるとお前達に余計な出費と余計な気を遣わせる。俺自身も田端家の墓参りなんて滅多にしてこなかった。だからお前達にもそんなことをさせるつもりはない。ただお願いがある。府中に俺と和子の思い出の神社がある。お寺さんじゃなく神社だけどそこでは特別に永代供養もしてくれるそうだ。俺が死んだらそこで手続きをして欲しい。これは和子も同じ考えだ。もうそこの神主さんには今日話をしてきてある。二人はそこで一緒に眠りたい。俺は先に行くことになるが、あとはよろしく頼む。和子のことをよろしく頼む」
 もう一度清は恵子達に頭を下げた。横で和子も泣いている。誠も美咲も涙を流して真面目に聞いてくれていた。
 これで清は自分の遺言をしっかり伝えられたと思う。また数少ない清のやり残したことが一つまたこれで消すことができた。この四日間を本当に充実した日々を過ごすことができたことに清は感謝している。
 清はテーブルの下で横にいる和子の手を強く握りしめた。震える和子の手はひんやりと冷たい。清は自分の手で和子の手を温めていた。
 この時に清は和子の異変に気づくことができたら、と後になって後悔することになる。
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