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連続殺人事件①ー2
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それまでずっと沈黙を保ち、話の成り行きを見守っていた徹は、止む得ず口を開いた。
「そうだな。後藤の父親は空き巣をしていた際に誤って人を殺してしまい、今は刑務所暮らしをしている。だがそれ以前は、家の集団にいたはずだ。四年前に病気で亡くなった千場の父親も、息子が生まれてから自動車盗に移った。スリ集団にいるよりも実入りが良いと考えての決断だと聞いている。稲川も同じ理由だったらしい。ただ奴の親父も一昨年、自動車事故で亡くなっている」
頭領の中では最も若い田口が、徹から視線を逸らしつつ遠慮がちに言った。
「今回の犯人は、樋口の旦那の集団と関わり合いが深い人物かもしれないと?」
「そこまでは判らない。だがもしそうだとしてもとっくの昔に集団から離れ、しかもその息子達を狙った動機が不明だ。恨みがあったとすれば、まず父親を狙うはずだろう」
徹の言葉を大畑が否定した。
「その親父達がもう死んでいるか、刑務所暮らしで手を出せないから、息子を狙ったのかもしれないぞ」
「だとしたら、何故今更そんな真似をし出したんだ。それこそ数年前なら、三人共生きて街にいたはずだろう」
「そう言われると、確かにそうだが」
徹の反論に彼は言い返す言葉を失い、顔を顰めた。どうやら座敷牢で行われていた悪行については、彼も聞かされていないようだ。
しかし先程から徹を除く樋口家の幹部達は皆、全く意見を述べていない。中には当時の幹部だった者の息子もいる。その様子から、昔の事件について父親から聞かされているのかもしれなかった。
だが彼らは結婚しているけれど子供がいないか、家庭内暴力や他の家の子供に手を出しているとの噂も無い。その為か、次に自分が狙われる心配まではしていないように見える。
ただ彼らも、徹と同様の疑いを抱いていると思えた。しかし他の集団がいる手前、樋口家に属する人物を疑う発言は出来なかったに違いない。よって静観すると決めたらしく、口を噤んだままだった。
気まずい雰囲気を変える為、徹は話題を逸らした。
「犯人探しについては大畑さんの言う通り、樋口家と関係無いとは言い切れない。だからこちらでも探ってみる。街全体に関わる事態については、基本的に当家で行う決まりだからな。ただ今回の事件で明らかになったが、近年各集団における住民達の秩序が乱れ始めているようだ。そちらの案件についてはどう思う」
これには大畑を始め、三根と田口が一斉に俯き唸った。構わず畳みかけた。
「食べ物と子供達への教育だけは欠かさない。その指針は守られているようだ。しかし他人を傷つけてはいけないとの原則が、近年疎かになっているんじゃないか。住民達同士での助け合いも、守られているとは言い難い。その結果が街の中で身内、または集団内で単なる虐待に留まらない行為の横行へと繋がったのではないのか。犯罪に関してもできる限り、同じような貧しい境遇の者からは盗まない。できるだけ余裕がありそうな家から奪うという暗黙の了解も、最近ではなし崩しになって来たとの噂も時折聞く。その点はどうだ」
年長者である大畑が、まず口を開いた。
「後藤に関しては申し訳ない。俺の管理不行き届きだ。しかし信じて貰えないかもしれないが、自分の娘に手を出しているなんて、今回の事件が起こるまで俺は知らなかった。詳細な事情を把握する為に後藤の嫁から話を聞いて、ようやく裏の事情が分かったんだ」
田口や三根もその後に続いた。
「私も稲川が娘に手を出していたなんて、全く気付きませんでした」
「恥ずかしながら、千場が手下の娘に虐待していたってことを、今回の件で初めて教えられた。申し訳ない」
三根はともかく、田口の言葉は信じられなかった。元はと言えば、彼の部下の稲川が性的虐待していると仲間内では噂になっていた為、殺された他の二人にも同じ性癖があったと判ったのだ。
しかしそこを今更責めても始まらない。その為徹は、彼らの属する集団達に目を向けた。
「他の幹部達はどうだ」
すると皆一斉に首を振った。そこで他の二集団に対し、同じ質問を投げかけた。
「お宅らの所で、そういう話は聞いていないか。ここで下手に隠すのは止めよう。ちなみにうちの集団でも、過去にそう言った事例があったのは否定しない。ただ今現在はなくなったと思われる。今回の件を受け、所属する仲間には改めて個別でヒアリングを行った。次の犠牲者が出たら困るからな。ただ嘘をつかれているとも限らないが」
「うちも次の的になっては溜まりませんからね。幹部達に声をかけて確認しました。ですが今の所、そうした話は聞いていません」
「うちもです。ただ殴ったりするような虐待は、数件ありました。もちろん頭領の私から厳しく指導しています。今度そういう事実が発覚すれば、街を出るよう伝えました。当然子供はこちらで保護する予定です」
すると他でも同様の事例があったらしい。事細かに説明を受け、既に親を追い出して子供は保護したとの報告も二件挙がった。今回の事件をきっかけに、改めて街の掟に従う必要があると、皆が実感し直したのだろう。
しかし性的虐待をしている者までは発見できなかったという。
「事が事だけに、言い出せなかったのかもしれない。だが誰も知らなかったで終わらせては、街の存続に関わる。秩序を維持する上でも、引き続きこのような問題が起きないよう、各集団で目を配るように。守るべきは子供達だ。山塚はそうした理念の下で創られた街だと、改めて肝に銘じてくれ。このままでは、単なる醜悪な犯罪者集団に過ぎない。もしそうなってしまったら、存続させる意義も無いので解体する他無くなる」
徹の厳しい言葉に、場が静まり返った。当り前だ。今や街の共同体を維持する費用は、全てと言っていいほど樋口家が捻出している。その頭領が手を引くと言えば街は間違いなく成り立たなくなり、たちまち崩壊するだろう。
というのも大学で経済学部を卒業した徹の父は、スリ師以上に商売人の才覚があったらしい。バブルにより急激な上昇を見せていた土地が一気に下落した時期に、仲間が住む為の土地を一気に買い占める計画を立てたのだ。
今振り返ってみれば平成九年頃からの数年間は、住宅地や商業地、農業用地がバブル期の半値、またはそれ以下まで下落した。経済状況が悪化した為に損失を埋めるべく、早期に土地を手放さなければならない人達が大勢いたからだろう。
けれど当時の街の住民達は、財テク等に走る余裕などなかった。急増した成金達から金を奪い取り、コツコツと蓄積する習慣が幸いした為に大損した者はいなかったのだ。その分儲けた者もいない。
だが樋口家だけは例外だった。それが他の幹部や頭領達とは違った点だろう。バブル期には、祖父の目が届かないところで株の売買も行っていたという。その上泡が弾ける前に、高値で売り抜けたそうだ。
そうして得た資金を元に確保したのは、住宅用地だけではない。格安になった農業用地や商業地も入手した。何故なら街全体で、自給自足できる体制を整えようとしたからだ。自分達で食べる物を作れば、食材の出費を抑えられる。
そう考えた父は、まず実働部隊に入れない高齢者や女性、障害者といった住民達に作物を栽培させた。出来た物は同じく手に入れた商業用地の店に卸し、販売させたのだ。
他にも万引き等で仕入れた生活用品を販売する店舗等も作った。そうして住民達に表向きの仕事を与え雇用を確保し、街の中でお金や物を循環させる制度を確立したのである。
もちろん商店で販売する品は、盗品だけだと賄いきれない。農薬や農具などもそうだ。そうした物を一括で仕入れ、各地に支給する仕組みも作った。
その管理を樋口家が行っていた。よって忠雄や徹の表の顔は、今や不動産管理を主とする多角経営会社の会長と社長だ。そこで住民が支払う家賃や店子の賃貸料、店の収益金の一部や流通経路の確保等にかかる費用を徴収し始めたのである。
それだけではない。電気や水道、ガス等に加え、ネット回線やプロバイダー、ケーブルテレビ等を管理会社でまとめて引いた。そうすれば値段をより安く抑えられたからだ。
蓄積されたお金の運用にも手を広げていた。そこで得た利益の一部を、託児所や闇医者達にかかる経費や給与等、街の住民達が使う公共的なものに提供したのだ。
そうしてこれまで集団の頭領や幹部達が支払ってきた分担金は、削減されるようになった。その代わりにこのシステムが機能し始めてから、各集団の支出は所属する住民達への直接的な補助に集中させたのである。
つまり刑務所等に入った家族の面倒や、病気や怪我等の理由で家庭が困窮している人達への支援に限定されたのだ。その為特に集団の頭領や幹部達の負担は、かつてと比較すれば格段に軽くなったはずだ。
そうなると、もちろん街の住民達の取り分が増える。そうして稼いだ分は、それぞれで蓄えられるようになった。徹自身も街で所有する物件とは別に、各地にマンションを所持できる身分となった。
今ではそこから入る不動産収入だけで、十分暮らしていけるほど豊かになった。もちろん銀行等にも稼いだ金を預け、運用も行っている。そうして着実に資産を形成したのだ。
外部から調達する金は、いくらあっても多すぎることなどない。その為財産を土地や建物として所有し、いざという時の為に準備しておけるよう備えた結果だった。
このような現状から、樋口家の多角経営する会社が街にとって不可欠となっていったのである。ただこうした体系を構築して起こった課題は、住民達の相互扶助の精神が希薄になった点だろう。これまで負担していた分を、樋口家の持つ運営会社が肩代わりするようになったからだ。よって徐々に他人事として、捉え始めたのかもしれない。
けれど徹が本気になれば、樋口家の管理物件を借りている住民達は、そこから出て行くしかない。また児童達を預かる施設が閉鎖すれば、たちまち多くの子供が放り出される。そうなれば、彼らの多くは行き場を失う。
その上実働部隊を除く住民達の多くは、働き口も無くなる。何故なら表向きの堅気の施設や商店等には、樋口家が支援または運営資金を出している所がほとんどだからだ。
もちろん全く関係のない企業に勤めている者もいたが、その数はごく限られている。しかも子供を預かる施設が無くなれば、共働きができなくなる家庭も少なくないだろう。
つまり樋口家が資金を断つだけで、街は簡単に瓦解する。今ではそれ程の力を持ち、それだけの役割を担うようになっていたのだ。それ故街を守る為、今回の事件に終止符を打つ責任も負わなければならないと言える。
よって徹は強引な手を使ってでも、あいつを警察へ突き出そうかと考えていた。だが今の所、明らかな証拠は揃っていない。それは未だ迷走している警察も同じだろう。そんな状態であいつを取り調べたとしても、逮捕にまで至らない可能性が高い。
といって徹が尋問したとしても、素直に口を割るとは思えなかった。証拠はあるのかと開き直られれば、それ以上何も言えない。強引に吐かそうと暴力を振るえば、こちらが逆に逮捕されてしまう恐れもある。
そこで考えた。もし四人目の犠牲者が出るなら、その現場を取り押さえれば言い逃れは出来ない。しかしその相手が誰だか、直ぐに見当はつかなかった。他にも虐待の噂がある人物はいただろうか。またはあの事件の時、あいつに手を出した者の関係者がまだいるだろうか、と考える。
当時複数人はいたはずだと記憶しているけれど、既に亡くなっている者や街を去った者ばかりが頭を過った。行方を捜すとしてもそう簡単ではないし、恐らくあいつもそこまでは考えていないだろう。つまり今も街に属している者のはずだから、数は限られる。
徹には一人だけ思い当たる人物がいた。しかしその人間を殺そうとすれば、かなり難しい壁を越える必要がある。少なくとも、これまでと同じ手はまず使えない。例え万が一成功したとしても、さすがに警察も疑わしい人物として絞りこみを行うはずだ。
そうなれば、あいつも今度こそ怪しまれるに違いない。また四人目が別の人物だったとしても同じだろう。これまでの三件は、証拠を残さないように気を付けていたと思われる。だが今の科学捜査は馬鹿にできない。これまでマスコミに発表していないものを、警察は少なからず隠し持っているはずだ。
よって次に事件を起こせば確実な証拠を掴み、逮捕される確率は高い。それだけは避けたかった。街の仲間や集団を守る為にもこれ以上罪を重ねないよう、犯人の行動を食い止めなければならない。
最悪の場合は、自分の手を汚す覚悟も必要だ。街の存続の為に犯人をこの世から抹消し、未解決事件として闇へ葬るケースも想定しておかなければならない。
しかし自白すれば別だが、何も証拠がない内に殺すのも躊躇われる。その為しばらくあいつの行動と、他に第四の被害者となり得る人物を探して見張り、様子を伺う策を練ろうと決断した。
この街に関わる人物なら、頭領の徹の手にかかればかなりの範囲に目が届く。ひょっとして、そろそろ自分が疑われ始めたと悟っているかもしれない。
そうなれば犯人にとっても、徹の動きは見逃せないはずだ。互いに相手を観察し合い、気配を伺う睨み合いが続くだろう。
もちろん四人目の犠牲者となり得る人物が、他にいる場合の対策も早急に立てなければならない。ただどちらにしたってあいつの動向さえ探り先手を打っておけば、犯行を阻止できる可能性は高いはずだ。
そう考えた徹は集団の中で最も信頼が置ける人物を選び出し、あいつの行動を探るよう指示を出した。ただそいつには本当の事情を隠し、もっともらしい理由をつけ依頼している。
その結果、街はこれまでにない窮地を迎えたのだ。しかし振り返ってみると、徹はこの頃から既にそうなると予想していた。それどころか、心の奥底では望んでいたのかもしれない。
「そうだな。後藤の父親は空き巣をしていた際に誤って人を殺してしまい、今は刑務所暮らしをしている。だがそれ以前は、家の集団にいたはずだ。四年前に病気で亡くなった千場の父親も、息子が生まれてから自動車盗に移った。スリ集団にいるよりも実入りが良いと考えての決断だと聞いている。稲川も同じ理由だったらしい。ただ奴の親父も一昨年、自動車事故で亡くなっている」
頭領の中では最も若い田口が、徹から視線を逸らしつつ遠慮がちに言った。
「今回の犯人は、樋口の旦那の集団と関わり合いが深い人物かもしれないと?」
「そこまでは判らない。だがもしそうだとしてもとっくの昔に集団から離れ、しかもその息子達を狙った動機が不明だ。恨みがあったとすれば、まず父親を狙うはずだろう」
徹の言葉を大畑が否定した。
「その親父達がもう死んでいるか、刑務所暮らしで手を出せないから、息子を狙ったのかもしれないぞ」
「だとしたら、何故今更そんな真似をし出したんだ。それこそ数年前なら、三人共生きて街にいたはずだろう」
「そう言われると、確かにそうだが」
徹の反論に彼は言い返す言葉を失い、顔を顰めた。どうやら座敷牢で行われていた悪行については、彼も聞かされていないようだ。
しかし先程から徹を除く樋口家の幹部達は皆、全く意見を述べていない。中には当時の幹部だった者の息子もいる。その様子から、昔の事件について父親から聞かされているのかもしれなかった。
だが彼らは結婚しているけれど子供がいないか、家庭内暴力や他の家の子供に手を出しているとの噂も無い。その為か、次に自分が狙われる心配まではしていないように見える。
ただ彼らも、徹と同様の疑いを抱いていると思えた。しかし他の集団がいる手前、樋口家に属する人物を疑う発言は出来なかったに違いない。よって静観すると決めたらしく、口を噤んだままだった。
気まずい雰囲気を変える為、徹は話題を逸らした。
「犯人探しについては大畑さんの言う通り、樋口家と関係無いとは言い切れない。だからこちらでも探ってみる。街全体に関わる事態については、基本的に当家で行う決まりだからな。ただ今回の事件で明らかになったが、近年各集団における住民達の秩序が乱れ始めているようだ。そちらの案件についてはどう思う」
これには大畑を始め、三根と田口が一斉に俯き唸った。構わず畳みかけた。
「食べ物と子供達への教育だけは欠かさない。その指針は守られているようだ。しかし他人を傷つけてはいけないとの原則が、近年疎かになっているんじゃないか。住民達同士での助け合いも、守られているとは言い難い。その結果が街の中で身内、または集団内で単なる虐待に留まらない行為の横行へと繋がったのではないのか。犯罪に関してもできる限り、同じような貧しい境遇の者からは盗まない。できるだけ余裕がありそうな家から奪うという暗黙の了解も、最近ではなし崩しになって来たとの噂も時折聞く。その点はどうだ」
年長者である大畑が、まず口を開いた。
「後藤に関しては申し訳ない。俺の管理不行き届きだ。しかし信じて貰えないかもしれないが、自分の娘に手を出しているなんて、今回の事件が起こるまで俺は知らなかった。詳細な事情を把握する為に後藤の嫁から話を聞いて、ようやく裏の事情が分かったんだ」
田口や三根もその後に続いた。
「私も稲川が娘に手を出していたなんて、全く気付きませんでした」
「恥ずかしながら、千場が手下の娘に虐待していたってことを、今回の件で初めて教えられた。申し訳ない」
三根はともかく、田口の言葉は信じられなかった。元はと言えば、彼の部下の稲川が性的虐待していると仲間内では噂になっていた為、殺された他の二人にも同じ性癖があったと判ったのだ。
しかしそこを今更責めても始まらない。その為徹は、彼らの属する集団達に目を向けた。
「他の幹部達はどうだ」
すると皆一斉に首を振った。そこで他の二集団に対し、同じ質問を投げかけた。
「お宅らの所で、そういう話は聞いていないか。ここで下手に隠すのは止めよう。ちなみにうちの集団でも、過去にそう言った事例があったのは否定しない。ただ今現在はなくなったと思われる。今回の件を受け、所属する仲間には改めて個別でヒアリングを行った。次の犠牲者が出たら困るからな。ただ嘘をつかれているとも限らないが」
「うちも次の的になっては溜まりませんからね。幹部達に声をかけて確認しました。ですが今の所、そうした話は聞いていません」
「うちもです。ただ殴ったりするような虐待は、数件ありました。もちろん頭領の私から厳しく指導しています。今度そういう事実が発覚すれば、街を出るよう伝えました。当然子供はこちらで保護する予定です」
すると他でも同様の事例があったらしい。事細かに説明を受け、既に親を追い出して子供は保護したとの報告も二件挙がった。今回の事件をきっかけに、改めて街の掟に従う必要があると、皆が実感し直したのだろう。
しかし性的虐待をしている者までは発見できなかったという。
「事が事だけに、言い出せなかったのかもしれない。だが誰も知らなかったで終わらせては、街の存続に関わる。秩序を維持する上でも、引き続きこのような問題が起きないよう、各集団で目を配るように。守るべきは子供達だ。山塚はそうした理念の下で創られた街だと、改めて肝に銘じてくれ。このままでは、単なる醜悪な犯罪者集団に過ぎない。もしそうなってしまったら、存続させる意義も無いので解体する他無くなる」
徹の厳しい言葉に、場が静まり返った。当り前だ。今や街の共同体を維持する費用は、全てと言っていいほど樋口家が捻出している。その頭領が手を引くと言えば街は間違いなく成り立たなくなり、たちまち崩壊するだろう。
というのも大学で経済学部を卒業した徹の父は、スリ師以上に商売人の才覚があったらしい。バブルにより急激な上昇を見せていた土地が一気に下落した時期に、仲間が住む為の土地を一気に買い占める計画を立てたのだ。
今振り返ってみれば平成九年頃からの数年間は、住宅地や商業地、農業用地がバブル期の半値、またはそれ以下まで下落した。経済状況が悪化した為に損失を埋めるべく、早期に土地を手放さなければならない人達が大勢いたからだろう。
けれど当時の街の住民達は、財テク等に走る余裕などなかった。急増した成金達から金を奪い取り、コツコツと蓄積する習慣が幸いした為に大損した者はいなかったのだ。その分儲けた者もいない。
だが樋口家だけは例外だった。それが他の幹部や頭領達とは違った点だろう。バブル期には、祖父の目が届かないところで株の売買も行っていたという。その上泡が弾ける前に、高値で売り抜けたそうだ。
そうして得た資金を元に確保したのは、住宅用地だけではない。格安になった農業用地や商業地も入手した。何故なら街全体で、自給自足できる体制を整えようとしたからだ。自分達で食べる物を作れば、食材の出費を抑えられる。
そう考えた父は、まず実働部隊に入れない高齢者や女性、障害者といった住民達に作物を栽培させた。出来た物は同じく手に入れた商業用地の店に卸し、販売させたのだ。
他にも万引き等で仕入れた生活用品を販売する店舗等も作った。そうして住民達に表向きの仕事を与え雇用を確保し、街の中でお金や物を循環させる制度を確立したのである。
もちろん商店で販売する品は、盗品だけだと賄いきれない。農薬や農具などもそうだ。そうした物を一括で仕入れ、各地に支給する仕組みも作った。
その管理を樋口家が行っていた。よって忠雄や徹の表の顔は、今や不動産管理を主とする多角経営会社の会長と社長だ。そこで住民が支払う家賃や店子の賃貸料、店の収益金の一部や流通経路の確保等にかかる費用を徴収し始めたのである。
それだけではない。電気や水道、ガス等に加え、ネット回線やプロバイダー、ケーブルテレビ等を管理会社でまとめて引いた。そうすれば値段をより安く抑えられたからだ。
蓄積されたお金の運用にも手を広げていた。そこで得た利益の一部を、託児所や闇医者達にかかる経費や給与等、街の住民達が使う公共的なものに提供したのだ。
そうしてこれまで集団の頭領や幹部達が支払ってきた分担金は、削減されるようになった。その代わりにこのシステムが機能し始めてから、各集団の支出は所属する住民達への直接的な補助に集中させたのである。
つまり刑務所等に入った家族の面倒や、病気や怪我等の理由で家庭が困窮している人達への支援に限定されたのだ。その為特に集団の頭領や幹部達の負担は、かつてと比較すれば格段に軽くなったはずだ。
そうなると、もちろん街の住民達の取り分が増える。そうして稼いだ分は、それぞれで蓄えられるようになった。徹自身も街で所有する物件とは別に、各地にマンションを所持できる身分となった。
今ではそこから入る不動産収入だけで、十分暮らしていけるほど豊かになった。もちろん銀行等にも稼いだ金を預け、運用も行っている。そうして着実に資産を形成したのだ。
外部から調達する金は、いくらあっても多すぎることなどない。その為財産を土地や建物として所有し、いざという時の為に準備しておけるよう備えた結果だった。
このような現状から、樋口家の多角経営する会社が街にとって不可欠となっていったのである。ただこうした体系を構築して起こった課題は、住民達の相互扶助の精神が希薄になった点だろう。これまで負担していた分を、樋口家の持つ運営会社が肩代わりするようになったからだ。よって徐々に他人事として、捉え始めたのかもしれない。
けれど徹が本気になれば、樋口家の管理物件を借りている住民達は、そこから出て行くしかない。また児童達を預かる施設が閉鎖すれば、たちまち多くの子供が放り出される。そうなれば、彼らの多くは行き場を失う。
その上実働部隊を除く住民達の多くは、働き口も無くなる。何故なら表向きの堅気の施設や商店等には、樋口家が支援または運営資金を出している所がほとんどだからだ。
もちろん全く関係のない企業に勤めている者もいたが、その数はごく限られている。しかも子供を預かる施設が無くなれば、共働きができなくなる家庭も少なくないだろう。
つまり樋口家が資金を断つだけで、街は簡単に瓦解する。今ではそれ程の力を持ち、それだけの役割を担うようになっていたのだ。それ故街を守る為、今回の事件に終止符を打つ責任も負わなければならないと言える。
よって徹は強引な手を使ってでも、あいつを警察へ突き出そうかと考えていた。だが今の所、明らかな証拠は揃っていない。それは未だ迷走している警察も同じだろう。そんな状態であいつを取り調べたとしても、逮捕にまで至らない可能性が高い。
といって徹が尋問したとしても、素直に口を割るとは思えなかった。証拠はあるのかと開き直られれば、それ以上何も言えない。強引に吐かそうと暴力を振るえば、こちらが逆に逮捕されてしまう恐れもある。
そこで考えた。もし四人目の犠牲者が出るなら、その現場を取り押さえれば言い逃れは出来ない。しかしその相手が誰だか、直ぐに見当はつかなかった。他にも虐待の噂がある人物はいただろうか。またはあの事件の時、あいつに手を出した者の関係者がまだいるだろうか、と考える。
当時複数人はいたはずだと記憶しているけれど、既に亡くなっている者や街を去った者ばかりが頭を過った。行方を捜すとしてもそう簡単ではないし、恐らくあいつもそこまでは考えていないだろう。つまり今も街に属している者のはずだから、数は限られる。
徹には一人だけ思い当たる人物がいた。しかしその人間を殺そうとすれば、かなり難しい壁を越える必要がある。少なくとも、これまでと同じ手はまず使えない。例え万が一成功したとしても、さすがに警察も疑わしい人物として絞りこみを行うはずだ。
そうなれば、あいつも今度こそ怪しまれるに違いない。また四人目が別の人物だったとしても同じだろう。これまでの三件は、証拠を残さないように気を付けていたと思われる。だが今の科学捜査は馬鹿にできない。これまでマスコミに発表していないものを、警察は少なからず隠し持っているはずだ。
よって次に事件を起こせば確実な証拠を掴み、逮捕される確率は高い。それだけは避けたかった。街の仲間や集団を守る為にもこれ以上罪を重ねないよう、犯人の行動を食い止めなければならない。
最悪の場合は、自分の手を汚す覚悟も必要だ。街の存続の為に犯人をこの世から抹消し、未解決事件として闇へ葬るケースも想定しておかなければならない。
しかし自白すれば別だが、何も証拠がない内に殺すのも躊躇われる。その為しばらくあいつの行動と、他に第四の被害者となり得る人物を探して見張り、様子を伺う策を練ろうと決断した。
この街に関わる人物なら、頭領の徹の手にかかればかなりの範囲に目が届く。ひょっとして、そろそろ自分が疑われ始めたと悟っているかもしれない。
そうなれば犯人にとっても、徹の動きは見逃せないはずだ。互いに相手を観察し合い、気配を伺う睨み合いが続くだろう。
もちろん四人目の犠牲者となり得る人物が、他にいる場合の対策も早急に立てなければならない。ただどちらにしたってあいつの動向さえ探り先手を打っておけば、犯行を阻止できる可能性は高いはずだ。
そう考えた徹は集団の中で最も信頼が置ける人物を選び出し、あいつの行動を探るよう指示を出した。ただそいつには本当の事情を隠し、もっともらしい理由をつけ依頼している。
その結果、街はこれまでにない窮地を迎えたのだ。しかし振り返ってみると、徹はこの頃から既にそうなると予想していた。それどころか、心の奥底では望んでいたのかもしれない。
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