音が光に変わるとき

しまおか

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巧の挑戦~⑧

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 視覚障害者といっても様々なケースがあり、ぼんやりと見える方や、視力はしっかりしているが見える視野が狭いだけという方もいる。
 また病の関係で徐々に視力を失い始めているような、障害者としては初期段階の人に多いらしいが、自分が障害者だと思われるのが嫌であえて他人から見て判るような白杖を持たない、持ちたがらない方も少なくないという。
 だからもしかして巧の無意識にとっていた行動が、実はこちらが気付かない視覚障害者にとって迷惑をかけていたかもしれない、という可能性が今までにも十分あったということだ。 
 例えば道を歩いている時や電車のホーム、お店などで大きな声で喋ることもそれに当たる。耳から得られる音だけを頼りにする視覚障害者にとって、その唯一の情報の取得を邪魔していることになるからだ。
 もしかすると駅のホームで友人達と楽しく喋っている話し声の為に、次に来る電車に乗っていいのか判らなくなってしまった障害者がいたかもしれない。
 話し声だけではない。駅や乗務員のアナウンスでさえあちこちで色んな声が混ざり、健常者の巧達でさえ聞き取りづらいと思うことがある。多くの路線が入り乱れ、乗り入れしている駅などは特にそうだ。
 そんな状態では電車の中にいても、次で降りていいのか聞きそびれてしまうことだって障害者にとっては十分にあり得るだろう。
 後はニュースでも良く聞くが、駅のホームに転落する事故も多いと聞く。転落防止の柵を設置していればいいが、全ての駅にある訳では無い。これも混雑した中で健常者でも多くの人が落ちて、死亡したり怪我をしたりする程だ。
 その為視覚障害者にとっては、最も危険な場所の一つと言える。しかも視覚障害者の転落事故の七割が、普段よく使っている最寄り駅で起こっているというデータもあるそうだ。
 使用する頻度も高いから確率も上がるとも言えるが、やはり慣れから来る油断やうっかりと言ったケースが多いらしい。
 巧もそうだが千夏という障害者の近くにいても、日頃から相当意識していないと健常者には判らず、見落としてしまう注意点が多々あることを思い知らされた。
 障害者と接していない限り、健常者である巧達は一生知らずにいることがどれだけ多いことか。無知の恐ろしさは色んなところに潜んでいるのだと巧は実感し、怖くなった。
 正男さんはかなり慣れた様子で数々の障害を上手く取り除き、時には歩いている前の人などに声をかけていた。慣れない巧は後ろに気を配りながらも、それ以上に前方での障害物の多さに気を揉みながら歩いていた。
 そのおかげで知らない間に気疲れしてしまったらしい。そうこうしている間に、巧達は施設の最寄り駅の集合場所に着くと、選手やアテンドをする関係者が乗り込み、施設まで移動する一台の大型バスがそこに待っていた。
 駅に着いて少し安心したことは、バスの近くにマスコミらしき人達の姿が見当たらなかったことだ。乗り込んでしまえば、しばらくは安心できる。それならば次はバスの目的地である施設周辺で降りる時に注意すればいい。
 マスコミが施設入口近くに陣取り、バスから降りてくる千夏を取り囲むようなら、その人達を遠ざけて無事施設の入口へと導かなければならない。その時こそ自分の出番だと、巧は気合を入れ直した。
 代表関係者達が乗るバスの乗車口の前を見ると、女性スタッフが三人、男性の関係者らしき人が四人並んでいて、集まった選手やアテンドの人達と挨拶を交わしていた。
 巧はバスに乗り込む際、ブラサカ協会のスタッフらしき男性の一人に思い切って、初めまして、里山千夏のアテンド役で飯岡と言います、という挨拶をすませ、早速心配事を尋ねた。
「あの、今回マスコミの取材陣は施設の方で集まっているんですか? どれくらい来ているか判りますか?」
 相手は一瞬、巧が何を言っているのか判らなかったようで、ポカンとした顔をしていたが、しばらくして意味が通じたらしく、うんと頷いた後で首を横に振った。
「今回はほとんど来ていませんよ。ニュースリリースした時に少し反応はあったんですが、前回の騒ぎでもう飽きられちゃたんですかね。本当はもっと関心を持ってもらいたいところなんですけど、騒がれ過ぎても困りますし、こちらとしてもなかなか悩ましいところです。でも今のところはご安心ください。こちらの協会でも、前回の教訓を生かして過度な取材には気をつけるように、とスタッフ達には伝えてありますから」
 そう聞いて今度は巧がポカンとしてしまった。いや心配事が減ったことは喜ぶべきことなのだろう。だが肩透かしにあったようで、気合いを入れ過ぎていた自分が恥ずかしい。 
 しかも協会の人の口ぶりから、今回の募集で千夏が選ばれたのはマスコミ宣伝用の客寄せでは無く、しっかり取材対応のことも考えてくれていると知って心強く感じた。
「大丈夫ですよ。里山さんを気遣って、今回は飯岡さんがアテンドに加わったという話は伺っております。それより飯岡さんって八千草のフットサルチームのキーパーをやられているあの飯岡巧選手、ご本人ですよね? 棚田さんからは飯岡選手と里山さんはご近所で、幼馴染だと伺っておりますが」
 予想していなかった逆質問に、今度は巧が戸惑ってしまった。しかも事前に正男さんから、そのような情報まで先方に伝えていたとは聞いていなかったので驚いた。
「は、はい、そうです」
 なんとかそう答えて頭を下げると、相手もまた頭を下げ握手を求めてきた。
「申し遅れました。私、ブラインドサッカー協会の代表コーチをしております村沢むらさわ、と申します。嬉しいです。今回は参加していただき、ありがとうございます。もしよければですけど、飯岡選手には是非合宿でキーパーとして、練習に参加していただければありがたいと思っているんですけど、いかがでしょうか?」
「え? 練習にですか? いえ、僕が参加なんてしたらかえって御迷惑でしょう」
 千夏のアテンドを決めた時に冗談でそんな話をしていたが、あの時彼女が言っていたように、部外者がいきなり参加するなんて失礼だろうと巧も考えていた。だから今回、協会側からそんな話をされても社交辞令程度だと思い断ったのだ。しかし違っていたようだ。 
 村沢と名乗ったコーチは、真剣な顔で巧の言葉を否定した。
「迷惑なんてとんでもない。飯岡選手のような、強豪フットサルチームのキーパーをやられている方から指導を受ける機会はそうそうありません。是非お願いしたいです。いや、今飯岡選手は、シーズンを終えてオフに入ったばかりなのは承知しております。ですから無理の無いほんの軽く、で結構です。聞くところによると、普段から里山さんの練習相手にもなっていらっしゃるそうじゃないですか。それならブラサカのことは、よくご存じでしょう」
 かなり真面目な説得に、巧は思わず了解してしまっていた。
「いいですよ。僕がお役に立てるのなら喜んで。最初から千夏のアテンドだけだと迷惑だろうから、ボランティアの方と一緒に何かできることがあれば、とは思っていたんです」
 マスコミと距離をおくことができる練習の間は、巧は本気で他のスタッフに交じってお手伝いするつもりだった。
「ありがとうございます! 外でお手伝いしていただくのもありがたいことですが、やはり飯岡選手のような現役のフットサルキーパーがいらっしゃるんです。中に入っていただいた方が助かります。なんて言っても今回は育成強化合宿ですから、少しでも選手達に力が付くよう努めるのが一番の目的です。これは棚田さんから飯岡選手が同行されると聞いた時、うちの協会のスタッフ内でも事前に話し合っていたんですよ。いえ、無理強いする訳ではないんです。棚田さんにも事前に相談した時に言われましたが、そういうことは本人から直接了承を取って下さい、と言われていたものですから。いやあ、助かります」
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