音が光に変わるとき

しまおか

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裏切り(望の視点)~②

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 ネットで検索をしたが、巧と一緒のチームに所属して同じマネジメント契約を結んだ里山千夏のことはもちろん望も知っている。
 学年は望や巧よりも一つ上だ。将来有望なサッカーの女子選手が母親の再婚相手による暴力で目を失明し、悲劇のヒロインとして大々的なニュースとなっていたまさしくその人である。
 その後東京からこの八千草に移り住み、視力障害者が行うサッカー選手として活躍しだして悲劇の美人アスリートと一時期ちやほやされていた。しかしその後はネットで、彼女がただの客寄せパンダとして利用されているとの批判的なものが多くなり、そのまま騒ぎは収束していたはずだ。
 母親とは別に暮らしているようだが、お金には不自由していないと聞く。目は見えないことは気の毒に思うが、美人の彼女は働かずに好きなことをやっているという。
 望には仲のいい家族がいて五体満足の体ではあるが、人に羨ましがられる容姿でもなく決して高くない賃金で、一生懸命働いても経済的な余裕などない。
 そんな女がいるチームに巧がフットサルを辞めてまで入り、また彼のいた会社がバックアップまでするのか意味が判らなかった。だがネットで記者発表を詳しく読んでみると、その背景が書かれていた。
 彼女と巧は幼い頃からの友人で、近所に住んでいることから彼女が障害を負ってからも献身的にサポートしてきたらしい。
 そんな中、健常者である彼とともに障害者である彼女とが同じフィールドに立てるブラサカというスポーツに魅了され、共に日本代表を目指すという目標を持ったという。
 許せなかった。巧はこれまで付き合っている女性などいないと公言しており、そんな気配をファンやサポーターにも全く見せてこなかった。そんな彼が、目の見えない女性と親しくしていただけでなく、その後のスポーツ人生をも変える決定を下したことにショックを受けた。  
 しかも彼は今年こそ逃したものの、近い将来のフットサル日本代表として有望視されている選手だ。そんな彼がその未来を捨て、健常者なのに障害者のスポーツで日本代表になることを目指し、東京パラリンピックに出場することを目標と掲げているという。
 こんなことがあっていいのか。望は怒りを覚えた。望の食事の誘いに反応しなかったのは、選手として一ファンを特別扱いしなかったとも取れる。だからしょうが無いことだと諦めていたのに。
 それでも心の底では、一時期共に同じ時を過ごした仲間であり全く知らない関係ではないのだから、断るにせよ彼からなんらかの反応があってもいいのではないかと思っていたのだ。
 しかし時期的には望が心悩ませていた頃、巧はクラブを辞めることを決心しており、活動の場所を他に移すことを考えていたことになる。
 しかもその理由があの千夏という女と、ブラサカを盛り上げるという共通の目標を持っていることが特に許せなかった。
 ずっと遠くから見守っているだけでもいいとさえ思っていた望の気持ちなど、全く知ることなく、彼は見事に期待を裏切り、望の前から姿を消そうとしているのだ。
「でも千夏って子と巧君が、付き合っている訳じゃないのよね。テレビでは流れなかったみたいだけど、会見で記者から二人はお付き合いをしているのかと質問が出たみたい。その時会社の人達は、そう言う関係ではありませんと否定したって、ネットニュースでは流れていたけど」
 望も社会人になって自分でお金を稼ぐようになってから、携帯はガラケーのままだが家には購入したパソコンを置いてネット回線を繋げていた。それでようやくネットから、様々な情報を見られるようになった。
 絵里も同様だが、ジュンとの連絡を密にしたいからと携帯はスマホを使っていて、ネットを駆使しての情報収集の早さは望よりも進んでいる。
「だからって、ずっと応援してきたフットサルのファンを裏切る行為だと思わない?」
 六月の式が間近に迫り、その相談という名目で絵里とはいつものファミレスで頻繁に会って話すようになっていた。
 だがどうしても、話題は別の方向へと逸れていく。ざわざわとしている休日の店内で、式の話を途中で切り上げ、今日もまた巧の話ばかりをしていた。絵里はややうんざりとした顔をしている。
 彼女の言いたいことは判った。今まで散々巧に告白するよう促していたのを、頑なに拒んできたのは望の方だ。それが今さら何を言い出しているのか、だから言ったでしょと心の中では呆れているに違いない。
「まだフットサルのファンの一員としてとか言っている訳? 正直にいいなよ。個人的にずっと思い続けてきた巧君に女の影なんてなかったのが、突然現れて驚いているって」
 絵里はフリードリンクで今日三杯目のリンゴジュースに口をつけ、望の顔を睨めつけるようにして言った。望がすぐには本音を出さず、表向きの発言しかしないことにいい加減腹を立てているようだ。
 何も言い返せずに黙っていると、彼女は話を続けた。
「だったら今度は巧君が参加している、そのブラサカとかいうチームの練習を見に行けばいいんじゃない? サポーターとしてさ。ついでにその女とどんな関係なのか、じっくり観察してくればいいじゃない。そこで本当に二人が恋人関係じゃないって判ったら、今度こそ面と向かって告白しなよ。クリスマス前にした、中途半端な行動じゃなくてさ。喜多川望という一人の女として勝負しないと、ずっとグチグチ言っていることになるよ」
 望も巧達が行っている練習を一度見に行かなければ、とは考えていた。彼の所属するチームが作っているブログを見て、毎週土曜か日曜日のどちらかの昼間に練習をしていることは知っていて場所も判っている。
 それにフットサルよりずっと知名度の低いスポーツだから、または八千草のチームが創設から間もないこともあるのか、練習に参加する人やサポーターを随時募集していた。
 健常者でも男女問わず参加できるようだが、サポーターの方はサッカーやフットサルのように応援する人達という意味とは少し違う。ブログを遡って読む限り、まさしく障害者達のサポートやボール拾いなど、練習を助ける仕事などが含まれているようだ。
 もちろんただ見学するということも可能らしい。そのことを絵里に説明すると、彼女はにたりと笑った。
「なんだ、ちゃんと調べているんじゃない。実は私もそのブログ、読んだわよ。ジュンも巧君のことがあれだけ大きくニュースになったものだから興味を持ったらしくて、こんな活動をしていたのかと、驚いていたけど実は他にも色々聞いたの」
 そこでジュンと昔出会った時にもいた、サジという巧の同級生から仕入れた情報を耳にした。
 千夏という女性と巧とは小学校の頃、彼が所属していた八千草のクラブに彼女が入部してからの付き合いらしい。家も近所だったことから、二人でよく練習していたという。
 その後の二人の関係を断続的ながら聞いた望は、やはり自分の目で確かめる決心をして、絵里にお願いした。
「今度の土曜日、一緒に巧君の練習を見に行ってくれない?」
 そこで次回の絵里との打ち合わせの場所は、ファミレスではなく巧達が練習をしているグラウンドで行うことが決まった。
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