その花は愛を囁く

こうはらみしろ

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実咲から貰った花束を持って病室を訪ねると、母は嬉しそうに顔をほころばせながら花束を受けとって、やさしい眼差しでそれを眺める。
その顔色は前に訪れたときよりも遥かによくなっていて、霞は心の中でほっと安堵の息を吐きながら母から花束を受けとってきれいに花瓶へ生けていく。
すると、花を扱いなれた霞の手つきに母はやさしく目尻を下げた。

「バイト、がんばってるのね」

そういう母の視線は霞の手に向けられていた。
カサついて少し荒れた手……その手を見れば、充分にわかる。

「うん。できることは少ないけど、自分なりに頑張ってるよ」
「そう、えらいわね。でも無理はしちゃだめよ?」

母はやわらかくそう言うと、枕元の台に花を置いた霞の頭をほめるようにやさしく撫でる。
幼い子供にするようなそれに霞は気恥ずかしくなるけれど、母が入院してからひとりで過ごす時間は自分で思うよりも寂しかったのか、文句をいう気も起きなかったのでその手を大人しく受けいれた。

そういえば、入院中の母と仲良くなった実咲が霞の存在を知って、バイトをしないかと勧誘してきたのはこの母の病室だ。
そんな経緯があるからこそ気になっていたんだろう、やさしい心配性の母に霞は少しくすぐったくなった。

「うん、でも大丈夫。実咲さんがいつも気にかけてくれるから。どっちがバイトなんだってくらいよくしてくれてるよ。このあいだなんて──」

次々と霞の口から実咲のことについてこぼれていく。
それはまったく、と困ったように言うわりには喜びがにじんでいて、困ったような顔がただの体裁であるということがわかる。

そんな様子の霞に母は笑いをこらえきれずに、小さく笑みをこぼした。

「ふふふっ、霞は実咲さんのことが大好きなのね」

その母の言葉に霞の心がドキリと跳ねる。
どうして心が跳ねるのか。
霞は不思議に思いながらもなんとか心を落ち着かせて母の言葉に答えた。

「そう、だね。不思議だけど、とてもやさしい人なんだ……」
「実咲さんがやさしい人でよかったわね。でも残念、実咲さんが女の人ならお嫁さんに来てもらうんだけどなぁ」
「もう、母さんったら」

霞はそういう母を笑って受けながしたけれど、なぜか不規則に脈うつ胸は抑えることができなかった。

それは、家に帰ってからも収まらなかった。
母に言われたことが頭から離れずに、霞に意味もなく実咲のことを思い出させた。
そんな自分に、霞は大きくため息を吐く。

たしかに実咲は男にしておくにはもったいないほどの美人で、内面も非の打ちどころがないやさしい人だ。
あんな人が恋人になってくれたら、と思ってしまうのはわかるが実咲は男で、考えるだけ無駄なことだ。

明日もバイトで嫌でも実咲に会わなきゃいけないのに……なんて爆弾を落としてくれたんだ。

戯れたわむれに言葉を発した母に恨みごとを吐きながら、明日に備えるために霞はやけに冴えている目をぎゅっと閉じた。





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