神様の約束 双頭の魂の懇願

オニヒメ

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こことは違う世界

エゴの邂逅

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 登校してくる生徒に冷たい目で見られながらも帰宅すると、柴犬のモーリスという貴哉が中学生の時に駄菓子屋のおばさんから貰い受けた犬、昔からモーリスを可愛がっていた経歴があり、懐くのに時間が掛からなかった。

 そんなモーリス、普段はおとなしく四六時中元気がない柴犬のイメージなのだが今日に限って何かに興奮して二階の廊下をドタドタと騒がしく音を立てる。

「ただい……そうだ姉さんいねぇのか、おーいモーリスうるさいぞぉ」

 私服に変えようと二階に上がるついでにモーリスをなだめようとすると強く吠える。

「ワンッ、ワンッ!!」

 力強いその鳴き声は貴哉に発している訳でなく、貴哉の部屋の扉に向かって放っている。

「入りたいのか? ほいっ」

 開けると突き破る勢いで入って、鼻をひくひくと動かして部屋を周りを嗅ぎ分けるとワンッと吠えて、ぐちゃぐちゃに物が散乱した押入れに突っ込む。

 そんなことを気にせず急いで私服に着替えて、ケータイとバックを持ち、キッチンに行って日持ちのいい食糧と水筒を詰め込んで時間が掛かってもいいように準備を整えた。

 とは言え、存在がまるで消えた女の子を探すというのは、近所を総当たりで捜索する必要がある。

 彼女の住所も行きそうな場所もまるで知らない貴哉は、玄関で止まってどこを探すべきか迷ったとき、二階からモーリスが一枚の紙を咥えて降りて貴哉の前にそれを差し出した。

 「なんだモーリス……?」

 その涎で少しべたつく紙を広げると、そこには夕焼けと駄菓子屋を背景に一人の少女と犬の絵が描かれていた。

 勿論その絵に記憶がない、貴哉は記憶障害で絵を描いたという事実を覚えていないが、その絵を眺めているとある事に気づく。

「駄菓子屋、あそこにあるあの店かこれは」

 その絵に描かれた駄菓子屋は、記憶障害の後によく友人や義理姉に連れられたことのある思い出深い場所、モーリスは何かしていると確信した貴哉は、モーリスに言葉を投げる。

「お前、松崎さんの事……分かるのか」

 その言葉が通じたのかワンッと吠えると、玄関を叩いて急ぐぞ催促をかける。

 思わぬ助っ人に貴哉は希望の躍動感に満ち溢れた、その期待を胸に玄関を開けて、モーリスが先行し貴哉はそれを追いかける。

 そしてたどり着いたのは住宅街から外れ駄菓子屋を通り過ぎ、畑しかない田舎の山の麓にある小さい古めかしい神社だった。

 よほど人気がない神社なのか、拝殿はあちこちに腐敗してる部分が目立ち鳥居も石畳も損傷が激しく、もはや神社というにはほど遠い存在の場所だ。

 だけど無性に懐かしいと感じる、記憶が無くなる前はここで幾分か遊んでいたかもしれないと記憶にない思い出に浸っていると、モーリスが何かを見つけたか何回か吠えて森の奥へ走っていく。

「あ、おいモーリス! 待てよ!」

 突発的なモーリスを追いかけようとしたとき、不意に背後から聞こえた凛とした声に意識が持って行かれた。

「お待ちになってください」

 その声の主の方へ顔を向けると姿は見えないが、コツコツ悠々と階段を上がる音が近づいてくる。

 姿を現したのは、とにかく黒く夜よりも深い漆黒のローブを顔まで身に纏い、昼間だというのに日の光がを拒絶するその衣服が顔を見ることを拒む。

 明らかに怪しいその人物に眉唾を呑み、すり足差し足とゆっくり後退する。

「ど、どちら様ですか?」

 そしてポケットに手を突っ込み、語りながら貴哉の元へ歩み寄る。

「私はアンノウン、緊張しなくていい警戒しなくていい、私はただ君とお話したいだけなんだ。 君にとって有益な話をね」

「それ以上近づかないで下さい! 警察呼びますよ!」

 携帯を取り出して110を打ち込んでダイヤルするが、目の前の人物は臆することなく貴哉の目の前まで迫り、心拍数が極限まで来た貴哉は我慢できず逃げようとした時、床に座り込んでポンポンと床を軽く叩く。

「まぁ座って話を聞いてくれ、お願いだ」

 その懇願の声に拒否できず、警戒しながら渋々座り睨みつける貴哉に、カラカラと笑いだす。

「なにがおかしいんですか」

「いやいや、あまりに警戒されすぎてね、本当はこんな物を着ずに正面切って話したいんだけどねぇ、私の同僚にきつく言われてしまってね」

 そのフレンドリーな軽い会話に流されることなく、調子を崩さず呟く。

「それで……なんですかお話は」

「松崎七海は、我々が保護している」

 …………?

 今なんて? と言葉にせず心に言い聞かせた。

 ぽかんと呆けた顔を見て、顔が見えないがニヤリと笑って肩を震わせて淡々と続ける。

「我々アンノウンが極限状態の彼女を保護しただけ、知っていたかい? 親の階級上げの道具にされ、親から躾という名の虐待で全て肯定する人形になり果てた。 君だって彼女に近づいて感じ取れただろ? まるで人形みたいだって」

 親から虐待、松崎七海が失踪する前にクラスメイトがよく噂されていた、告白作戦会議の時も友人の一人が彼女は虐待されていると言って、最後まで付き合わない方が身のためと言われたが、結局貴哉は付き合う事を決意した。

 だが、いまアンノウンの言葉に考え改めさせられた。

 自分は彼女と付き合う資格があるのか、自分は彼女に愛を伝えていいのか? 俺は彼女の味方になれるのかと、迷いと喪失感が混ざり合ってだらだらと冷や汗が額に流れて自信の無さが露わになる。

 しかしと、貴哉を安心させるように口調を軽くしてフレンドリーに接する、とんでもない言葉を混ぜて。

 「安心しなよ、精神は不安定だけど完全に壊れた訳じゃない、魔術を用いて精神補正し、月日を立てば彼女は人間として成長して私の理想郷の駒になってくれる」

「……は?」

 魔術? 私の理想郷? 数秒間言葉の意味が分からなかったが、体がこいつはヤバイと警告音を鳴らし立ち上がろうとするが、足が動かない。

「あ、あんた! なっ、に……お………ッ!」

「私を探してください、あなたが目を覚ますとき、こことは異なる世界に誕生します」

 口が開けない、声に力が入らない、脳に意識が失って体が地面に倒れこんだ。薄れゆく視界の中にアンノウンの姿を捉え、僅かな力で手を延ばすと、手を取りそのまま意識が暗闇に飲み込まれる。

 意識が無くなった姿を見て、鬱陶しいとフードを取り外し長い絹のような白髪が露わにし、その髪型に相応しい顔立ちと右目に眼帯を付けた女性だ。

 その姿で腰を上げて、倒れてる貴哉を置いて背を向けて数メートル離れた所で貴哉の周りの地面が液状化し始め、顔だけ向けて彼が地面に飲まれる姿を確認してから、ここから見える田舎の景色を見ながらため息を吐く。

「ここがあなたが生まれ育った町ですか、違う世界というのは新しい発見だらけで感情が揺さぶられます」

 まるで誰かに言い聞かせるように淡々と続ける。

「私のやっている事はエゴでしょう、望まずとも誰かがやらなければならない、誰も死なない日常を築き上げて管理しないと……それでもあなたは阿漕と言いますか」

 独り言に近い問いかけに、誰も答えるはずがなく静寂が支配し、やがて嫌そうにフードを被り森の奥へ姿を消した。
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