ミューズ ~彼女は彼らの眩しい人~

藍川涼子

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第一章 32歳~

25 パーティー 36歳

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『紗栄子、式も披露宴もしないんでしょ?じゃあお祝いランチさせてよ。』
 久美子には何かにつけお世話になりっぱなしなのに、さらにこんなことを言うのでありがたくも、申し訳ない。
『イタリアンのレストランなんだけど、ちょっとした個室もあるし、お子様メニューにも対応してるから、工藤くんと子供達と4人で来てね。私もちょっとおめかしするから紗栄子達もそうしてね。』
 子供のことを考えて、ランチ時間にしてくれたりありがたい。
「奏は入学式の服使おうかなあ。まだ入るかなあ。」
「瑛は何か買った方がいいな。」
「久美子ちゃんとレストラン?楽しみ!」
「お子様ランチ?」
「ファミレスのお子様ランチよりちょっといい感じのメニューかもね。」
「うわあ、楽しみ~。」
 子供達はとても楽しみにしているようで良かった。
 店名を聞いたらなかなか良いレストランである。どうりで、予約の日にちが先になるはずだ。レストランウエディングなどで近い日はうまっているのだろう。
「俺が支払いしたいな。」
「私も自分で支払いたいけど、“それじゃお祝いにならない”とか言ってやり直しになると思う。」
「高野、頑固そうだもんな。」
「そうなのよ。」



 約束した日曜日。
 まずは、子供達が体調を崩さずにすんでよかった。大志にも今のところ病院からの呼び出しの電話はかかってこない。
 紗栄子は元々お気に入りのネイビーのシンプルワンピースにピアスを合わせた。大志は無難なスーツ、子供達は蝶ネクタイをつけている。
「紗栄子!」
 約束の店の少し手前で久美子が待っていた。
「工藤くんも瑛くんも奏くんもこんにちは。」
「どうもありがとう。」
「こんにちは。」
「こんにちはぁ。」
「やだ、久美子ったらお出迎えまでしてくれるの?」
「そうそう、お祝いだからね。」
 久美子もいつもよりしっかりメイクでワンピースを来ている。
 店の前に着くと、ご丁寧にドアまで開けてくれる久美子の徹底ぶりである。
「もう、なんだかすごい…」
 パーン!
 紗栄子の声をかき消す大きな音がした。
 音の正体はクラッカー。店内に並ぶ何人もの人達。
「……!?」
 城北高校水泳部OGOB、野球部OB、N大時代からの大志の友人達…。
「「「結婚おめでとう!」」」
 呆気にとられているうちに手を引かれて連れて行かれると、新郎新婦の座席のようなしつらえがされていた。“結婚おめでとう”の横断幕のような飾り。少し離れたテーブルには、蓮の写真と花が飾られている。
 気づいたら紗栄子の瞳からは涙が溢れていた。
「知ってた…?」
 大志を振り返って尋ねると、彼は首を横に振る。
「知らない。完全に騙された。すげえなあ、みんな。色々準備してくれて。わざわざ集まってくれて。予約日がまあまあ先だったわけだ。」
 真ん中に紗栄子と大志。紗栄子の隣には奏、大志の隣には瑛が座る。
「みなさん、こんにちはー!城北高校水泳部、紗栄子先輩の後輩、津久井ひとみと申します!僭越ながら司会進行的なことをつとめさせていただきます!よろしくお願いします!」
 ワーッと拍手が起こる。
 一学年下で選手のひとみは、昔からこんな風ににぎやかだった。変わっていない。
「それでは、動画を見ながらお食事といきましょう!」
 まずは瑛や奏、参加者の子供達向けの特別メニューが運ばれ、続いて大人向けのメニューが運ばれてくる。
 動画は、高校時代からの画像をつなぎ合わせ、その頃流行っていた音楽をつけたものだった。
「このママに似てる人誰?」
「ママだよ。高校生のママ。16歳とかだから、今のママより瑛と奏の方が年が近いかもな。」
「ママ女の子みたーい。」
「一応女の子だったんです。」
「野球選手出てきたよ。お父さんに似てる。」
「お父さんです。高校生まで野球やってたんだよ。」
「すごーい。」
 若い頃の画像に、若い頃からの友人達。30代になったのが嘘のようで、でも目の前には成長しつつある子供達がいる。
「蓮がここにいないのが嘘みたいだな。」
 弾かれたように紗栄子が大志の顔を見る。同じことを考えていたからだ。蓮がいないからこそ2人がこうなっていると頭ではわかっているのに。
 いつの間にか素敵なショートムービーは終わり、張り切り屋のひとみが再びマイクを握っている。
「それでは、素敵なムービーも流れたところで、新郎新婦の誓いのキスをお願いします!」
 大きい拍手とからかうような声。結婚式や二次会でよくある光景だ。
「勘弁してよ…。」
 紗栄子は両手で顔を覆って肘をついた。大志が顔をななめにして紗栄子の耳元で囁く。
「ひとみちゃん?押しが強くてしつこいだろ?さっさとすまそう。」
 紗栄子は渋々大志に手を取られて立ち上がり、向き合った。たくさんのケータイが2人を向いている。
 大志の右手が紗栄子の首筋を捉え、軽く開いた上下の唇が、ゆっくり紗栄子の上唇をついばむ。
 舌こそ入れないまでも、随分色っぽいキスだ。軽く触れ合うだけのキスを想像していた観衆は顔を赤くし、当然紗栄子も真っ赤になった。
 ーーー俺をからかうならそれ相応の覚悟をしておけ。大志の横顔からはそんな気配が感じられた。
「ママ、チューした…。」
 奏が顔を真っ赤にして鼻を膨らませている。
「オレ、お父さんの背中で見えなかった。」
 瑛が忌々しそうに言い、ようやくあたりは和んだ笑いに包まれた。



 しばらく飲んだり食べたりあちこちで歓談をし、いい時間になった。
「それでは最後に、工藤家のみなさんからご挨拶いただきましょう。奏くんから行こうか。」
 奏はいざマイクを渡されると緊張してしまい、いつものふざけた調子がなりをひそめた。
「照れちゃうな…。ママとお父さんおめでとう!」
 マイクを投げんばかりの勢いで瑛に手渡す。
「ええと、ママ、お父さん、結婚おめでとう。お父さん、僕達のお父さんになってくれてありがとう。パパのじいじとばあばも大事にします。2人とも絶対に…長生きしてください。」
 長生き、という言葉に瑛の願いがストレートに出ている。会場の参加者の涙を誘うには十分だ。
「泣かせる…。」
「蓮にそっくりな顔して反則…。」
 どっちが先に話そうか、と紗栄子を見た大志だが、紗栄子は泣きながら首を横に振っている。
「えーと、今日は本当にありがとうございます。蓮の写真まで用意してくれて本当に嬉しいです。」
 奏が大志の足に絡みつく。
「事情がある結婚なので、よく知りもしない人達が勝手なことを言ってくるんですけど、ここにいる人たちはそこらへんの事情もまるっとわかって祝福してくれて、本当に嬉しいです。」
 みんながしんみりした顔になる。
「瑛や奏の様子を見て“蓮にそっくり”って言いたいのを遠慮して“不思議と工藤さんに似てるね”なんて言う方もいるんですけど…。紗栄子の子供が蓮に似てることを誰よりも喜んでるのは俺なんです。」
 紗栄子の涙が止まらない。
「みんな本当にありがとう。これからもよろしくお願いします。」
 ワーッと大きな拍手が起きる。
「ごめん、ひとみちゃん。俺があんまりいいこと言うから、奥さん、喋れないみたいだわ。お開きにしよう。」
「そう…ですねえ…。みなさん…ありがとう…ございました…。」
「お前も泣いてんじゃん。」
 夫の大洋からひとみにつっこみが入り、会はお開きになった。
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