この婚約破棄は運命です

朝比奈

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二度目の人生

二年後

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   それからあっという間に時は過ぎ去り、クリスティーナとフィンセントは共に14歳になった。明日は学園の入学式がある。

「クリスティーナ、もう明日の準備は出来たのかい?」

「はい、お父様。バッチリです!」

   家の廊下でばったり会った父が話しかけてきた。私は、ニコリと笑顔を作って、返事をした。

「楽しみかい?」

「ええ、とても楽しみですわ」

「そうかそうか、それは良かった。あまり遅くまで起きないようにしなさい」

「はい、お父様」

   それだけを話すと父と別れ、クリスティーナは自室へと向かった。相変わらずクリスティーナの記憶は無い。けれど、今のクリスティーナには、『前世』の記憶があった。


   前世、ここでは無いどこかで、別の人間として生きた記憶が。   もう、自分の名前も思い出せないけど。


   今の私には優しい両親と婚約者がいる。
   それが、どれだけ心強い事か。


   クリスティーナは部屋に入ると、窓に近寄り月を眺めた。  もう習慣となっているこの行動は、最初に月を見た時に起きた、心のざわめきを思い出すためだった。

   何か大切な事を忘れてる·····。

   クリスティーナは、夜、綺麗な月をその瞳に映すと、何らかの焦燥にかられる。

   自分の中の何かが、叫んでる気がするのだ。

   それが、何なのかは分からない。
   けれど、こうやって月を眺めていれば、いつか思い出せるのではないかと考えている。


「明日もいい日でありますように」

   クリスティーナは一人、月に願った。




────────────────────



   翌日。入学式は何事もなく終わり、その後は、迎えに来てくれたフィンセントと寮へと向かった。

「クリスティーナ、体調は大丈夫?」

「はい。大丈夫です」

「本当に?」

「本当です」

「んー、なら、そのカバン貸して」

「え?」

「俺が持つよ」


   言うやいなや、フィンセントはひょいと私からカバンを取った。

「え、でも、これくらい·····」

「俺が持ちたいから、持つだけだから」


(うっ、私の婚約者が相変わらずカッコよすぎる件について·····)

「ありがとう·····」

「どういたしまして」

    私は相変わらずドキドキと高鳴る心臓と、熱を持つ頬を自覚しながら、フィンセントの横を歩いた。

(本当に、私には勿体ないくらい良い婚約者だよね·····。もし、もしも、クリスティーナの中身が別人だって知ったら、フィンセントは、私の事嫌いになるかな·····)


   想像しただけでツキリと心臓が痛む。
   こんなにカッコ良くて、優しい婚約者が側にいて、好きにならないわけ無いじゃない。

「でも」とクリスティーナは思う。

   でも、私はクリスティーナじゃない。


   それは、この2年間、クリスティーナが悩んできた事だ。このまま、周りに何も言わずに、クリスティーナとして過ごしても良いのか。


   クリスティーナの表情に影が落ちる。

「クリスティーナ?」

   クリスティーナはこの悩みのせいで、フィンセントへの想いに答えられずにいる。

   何度も「好きだ」と想いを伝えてくれる婚約者に、クリスティーナはずっと、答えを誤魔化してきた。

   嫌いじゃ無いよ

   と、そう言うのが精一杯。


「ううん、なんでもない」

   心配そうにこちらを見つめるフィンセントにクリスティーナはそう言って微笑んだ。



   いつか、打ち明けられる日が来るのだろうか。


   兎にも角にも、もう少しだけこのまま·····。

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