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たるぱ
六
しおりを挟む時は少し遡る。
捌幡は、一日を終え帰り支度をしていた。朝別れる直前、ユウトは「帰りは教室に迎えに行くね」と言っていた。それが嬉しくて、つい口元を緩ませてしまう。生形たちからは授業中ずっと視線を感じていたが、放課後になればユウトと帰ることができると思えば、それらは気にならなかった。
(またユウトと会えてよかった……)
ふふ、と笑みが零れた。その、時だった。
「何笑ってんだよ」
強く肩を掴まれた。気が付けば生形らが近寄ってきていて、忌々しそうな表情を浮かべて捌幡を睨んでいる。
「ひ、あ、えと……」
「ツラ貸せよ」
「そ、そんな、俺、今日は」
「口答えすんなよ。いいから来いって!」
無理やり引っ張られ、鞄が床に落ちる。まだファスナーを閉じていなかったそれからは教科書や筆箱が飛び出す。
まだ教室に残っていた生徒たちはそそくさと教室から出ていき、捌幡は助けを求める間もなく生形らに引きずられるように教室から連れ出された。
人気のない校舎裏にたどり着いた途端、胸倉を掴まれ、壁に叩きつけられる。
「壮真がいねぇからってニヤついてんじゃねぇよ!気持ちわりぃ」
「お前がなんかしたんだろ……!お前のせいで壮真が!」
「警察に余計な事言ってねぇだろうな!?」
彼らは口々に理不尽で身勝手な主張を捌幡にぶつける。怒りと不安とが混ざり、捌幡に八つ当たりしているとも言えるだろう。
「や、やめて、やめて……」
「うるせぇ!この……!」
完全に頭に血が上ったらしい一人が、捌幡を殴ろうと手を振り上げた。とっさに目を閉じ、衝撃に備えたのだが、「いてぇ!」という声がしたため恐る恐る目を開ける。
殴りかかろうとしていた生徒の腕を、礼服姿の男が掴んでいた。見覚えのないその人物の登場に、捌幡は目を瞬かせる。
「だ、誰だよお前!離せ!」
「外部指導員の贄田だ」
名乗ると同時に掴んでいた腕を捻り上げ、それから地面に突き飛ばすように離す。受け身も取れず倒れた生徒に、他の二名が駆け寄る。
捌幡はというと、帰りのホームルームで外部指導員がくる話をされたな、などと冷静に思い出していた。
「大丈夫か捌幡」
「え、あ、はい……俺の事、知って……?」
「宇宙創造会の担当になったものでな。部長から聞いている」
「宇宙創造会の……?」
あんな人数の少ない部活に外部指導員が必要だろうか。そう思ったが、贄田が自分をじっと見下ろしてくるものだから、圧を感じてしまいつい口を噤んで俯いてしまう。
「……いつも、こんなことをされているのか」
「っ、その……」
「言いたくないならいいが。でも、理不尽な暴力や言葉に耐える必要はない」
「……!」
贄田の言葉に、捌幡は顔をあげた。贄田の表情は動いていないはずだが、捌幡には彼がなにか、辛いことを思い出しているように感じた。
「……お前たちもこんなことは」
やめろ、と生形たちの方に振り向きながら贄田はそう口にしようとしたが、彼らは捌幡と贄田が会話している間に逃げ出していた。
「あいつら……」
「え、と、贄田、先生?ありがとうございます……。助けてくれて」
「たまたま見かけたからな。捌幡が泣きそうな顔をしていたから無理やり連れていかれているのかと思って」
「そう、です。変な言いがかりをつけられて……。その、いつもはもう一人、リーダーみたいな奴がいるんですけど、いま事情があって入院してて……それですごく、苛々しているみたいなんです」
「そうなのか?」
事前に情報は得ているが、贄田はさも初めて聞いたかのような反応を返す。
「はい。……贄田先生、は、俺の話を信じてくれますか?」
不安げに自分を見つめてくる捌幡に、贄田は深く頷いた。それから小柄な彼に視線を合わせるように屈む。
「信じる。話してみてくれ」
「……っ、ありがとう、ございます」
それから捌幡はぽつぽつとあの日屋上であったことを話し出す。日々虐められている中で、あの日は屋上に連れ出されたこと。理不尽でな暴力を振るわれる中、田知花が苦しみだしたこと。
「これは、その、警察の人には話していなくて。すごく、現実的じゃない話だったから、言ったら頭がおかしいと思われるんじゃないかって。田知花が苦しんでいる最中、見たんです。黒い人影みたいなのが、田知花を持ち上げて首を絞めているのを……。幻覚とか、そういうのだったのかもしれないけど、確かに見たんです!」
「黒い人影……」
贄田は少しばかり考えるそぶりを見せた。
「そいつは、何か言っていたりしたか?それか、捌幡になにかしようとしてきたり……」
「……な、なにも、特には。あの、本当に信じてくれるんですか」
「ああ。実際目にしていないから何とも言えないが、一旦は。だからもし……またその人影を見かけたら教えてくれないか?」
ほんの僅かに贄田が微笑んだ。それを見た捌幡は、頬を赤らめて頷いた。
「ありがとう。あと、今度宇宙創造会の方にも顔を出してやれ。部長が待ってるから」
「わかりました……」
「よし。それじゃあ、気をつけて帰れよ」
贄田はそう言って立ち去って行く。捌幡はしばらくその場で呆然と立ち尽くしていたが、やがて我に返り慌てて教室へと走った。
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