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たるぱ
十一
住宅街の一角にある小さな平屋の一軒家。少し古いその家の表札には「捌幡」とある。その家の中、捌幡は、カーテンを締め切り、電気も点けていない薄暗いリビングにいた。椅子に座り、ダイニングテーブルの上に置かれた千円札二枚をぼうっと見つめながら思考を巡らせる。
今朝は珍しく母親に起こされた。いつもは捌幡が起きる頃には仕事に行っている母親が、仕事に行く前に起こしに来たらしい。「休校になったから」と短く告げて部屋を出ようとする母親に、まだ眠気でぼんやりしていた頭が一気に覚醒し慌てて引き止めたのだが、彼女は心底面倒くさそうな顔をして「ニュースでも見ればいいでしょ」と言い今度こそ出て行ってしまった。
母親が冷たいのは今に始まったことではないのだが、警察に事情聴取を受けてからは更にひどくなった。最低限の会話しかせず、食事は朝テーブルに置かれる金で何とかする。完全に見放されていないだけいいのだ、と思うが、寂しさは募る一方だ。
母親が部屋から出て行ったあと、暫し呆然としていた捌幡だったが、我に返り枕元にあるスマートフォンに手を伸ばし、
自身の学校の名前を検索する。
目に飛び込んできたのは、「自動車事故」の文字と、見覚えのある被害者と容疑者の名前。朝のトップニュースとして各社がネット記事を出しているらしく、震える手でそれらを何度も読み、現実なのか確認し。捌幡は、笑った。
「はは、あはは、ははは。あいつら、ざまあみろ」
愉快で、嬉しくて、たまらなかった。布団から飛び起き、小躍りするような足取りでリビングに向かう。誰もいないその場所で、ひとしきり笑った後に椅子に座る。高揚した気持ちが徐々に落ち着き、次に訪れたのは途方もない不安感だった。
(……死ぬのかな)
記事の中では意識不明の重体とあった。もし容体が悪化すれば、最悪死に至るだろうと想像できる。それは、確かに自分が願った事ではあるが、もし自分がそう願ったためにこうなったとしたら。捌幡は恐ろしくなった。
「理人は優しいね。まだあいつらが死ぬのは怖い?」
向かいの席にユウトが座っていた。
こんな朝早くに、いつの間に来たのだろうかと視線を向ければ、彼はいつも通りの美しい笑みを浮かべていた。
「どうしたの、びっくりした顔して。僕がここにいるのがおかしい?そんなことないよね。昨日泊めてくれたじゃない」
首を傾げるユウトに、捌幡はそう言えばそうだったと納得した。昨日、一緒に帰っている途中でユウトが家に泊めてほしいと言ってきたから泊めた。そう決めたじゃないか、と。
「そうだったね。ごめん。ニュースのせいで混乱してたみたい」
「理人ってば、面白いんだから。……それでさ、どうしようか」
「どうしよう、って」
「あと二人だよ」
あと二人。それが誰を指しているのか、捌幡はすぐに理解した。
「あの二人をどうにかしたら、次はクラスの奴らでしょ?それに、冷たくして助けてくれないお母さんも。理人が望めば、全部どうにかできるよ」
「それは」
「そうしたいよね」
ユウトの口調は、有無を言わせないものだった。捌幡の意思は関係なく、彼がそうしたいのだろうと思えるような、そんなものだった。
「だって理人、嬉しそうだもん」
ユウトの真っ黒な瞳に、口の端を上げ、歪な笑みを浮かべる捌幡が映っている。
「理人の望みは全部叶うからね」
その言葉と同時に、ユウトの姿が消えた。いや、ユウトはきちんと玄関から外に出て行った、と捌幡は思うことにした。
カチ、カチ、と壁掛け時計の秒針の音だけがリビングに響く。どれくらいの時間そうしていたかわからない。
突如、玄関のチャイムが鳴らされる。捌幡はそれを一度無視したが、再び鳴らされたことでようやくのろのろとモニターホンを確認に動いた。
映っていたのは贄田だった。その姿を見た捌幡は玄関に駆け出し、扉を開ける。
「に、贄田先生!どうして、ここに」
「お、っと。急にすまない。理事長に住所を聞いて……えーと……捌幡が心配だから見に来た」
贄田が口にしたのは、突然訪問したことへのとっさの言い訳だったのだが、捌幡は『自分を心配して来てくれた優しい贄田先生』と彼を認識した。
「そ、そうだったんですね、え、えへへ……」
「あがってもいいか?捌幡と話をしたくて」
贄田の問いに、捌幡は間を置かずに頷いた。慌ててリビングのカーテンを開け、電気をつける。来客用の飲み物がどこにあるかわからずもたついていると、贄田が「気にしなくていい」と捌幡を落ち着かせたため、特に何も用意せずダイニングテーブルを挟んで向かい合って座る。
捌幡は、そういえばまだパジャマから着替えていないことを思い出し、それが恥ずかしくて椅子から体を少し浮かせたり足を擦り合わせたりしてしまう。
「朝からすまないな。まだ寝ていたか」
「いえ!お、起きてました」
「そうか。……学校、休みになっただろう。どうしてかっていうのは知ってるか」
「……はい。ニュース、見ました……」
「不安だよな。クラスメイトが事故に巻き込まれて、担任が、なんて。捌幡と、色々あった奴だし」
「……。……そうですね」
一気に暗い表情になった捌幡に、贄田はどう声をかけたものかと考えあぐねる。聞きたいことは決まっているのだが、言葉を選ぶことは困難だった。
「捌幡、その、昨日話してくれたことなんだが。例の黒い人影ってやつ」
「え、は、はい。なん、でしょうか」
「なにか、もっと思い出すことはないか?些細なことでもいいんだ。そいつが捌幡くんになにかしていたり、捌幡が」
「なんでっ!」
ばん、と机を叩き、捌幡が立ち上がった。
「なんで、そんなに気にするんですか!俺はなにもされていないし、なにもしていない!!俺が、なんですか!俺がなにかしたっていうんですか!」
肩を怒らせ、息を荒くまくし立てる捌幡に贄田は驚き言葉を失うが、すぐに彼を落ち着かせようと立ち上がって側による。
「お前を責めている訳ではないんだ。ただ、その。捌幡にもなにか危害を加えられたら嫌だと思って。お前が心配なんだ」
背中を優しく撫でながら声をかければ、捌幡は落ち着きを取り戻したようだ。
「……ごめんなさい。でも、本当に俺はなにもやってないんです」
「わかってる。疑ったりしていない」
「やってるのはユウトなんです」
「……誰だって?」
捌幡が贄田を見る。その目の瞳孔は開ききっていて、妙にギラついていた。
「ユウトが、俺が願えば全部どうにかできるって言っていたんです。だから、ユウトがやっていることなんです。俺じゃない。死ねって、消えろって思っても、俺は何もしてないから。ユウトが」
「捌幡、落ち着いて話してくれ。ユウトって誰だ」
「ユウトは俺の大事な友達ですよ。小さい頃から側にいてくれた……」
捌幡はぽつぽつと語りだす。
「まだ小学校に入ったばっかりの頃だったかな。父さんが死んで、母さんはずっと忙しくしてて、周りにも馴染めなくて一人で公園で遊んでることが多かったんです。そこで出会ったのがユウトでした。優しくて、俺を大切にしてくれる理想の友達。でもね、急にいなくなっちゃったんです。中学で、友達ができて、俺が寂しくなくなったからなのかな。でも、また戻ってきてくれたんです。俺が苦しんでいるから」
「……そいつはどこにいる」
「ここにいますよ。今も、僕のせいにしていいよって、言ってくれているんです」
「今も……?」
贄田はふと、気が付いた。捌幡の視線が自分から少しずれた位置を見ていることに。贄田の体の向こう、その背後に向けられていることに。
「捌幡、俺の後ろに、誰かいるのか」
そう言った瞬間、ぞわりと贄田の肌が粟立った。体が強く引き寄せられ、そのまま床に叩きつけられる。背中を打った衝撃で一瞬息が止まり、咳き込む。すぐに起き上がろうとしたのだが、押さえつけられているかのように体が動かない。
そんな贄田を見下ろす影があった。
黒髪黒目で、整った顔立ちをしたどこか贄田に似た少年。ユウトだ
(どうしてだ、今の今までの気配なんてなかったのに)
口縄によって、贄田の視界は霊や異形の者を映す状態のままだ。故にユウトが人ならざるものであるとわかるのだが、幽霊や妖怪の類ではないと感じた。
「ユウト……」
「ただいま。待たせてごめんね。粂川のところに行ったんだけど……変な人に絡まれて中途半端になっちゃった。後でまたなんとかするよ」
「……うん」
「この人、どうする?」
この人、と言ってユウトが指さしたのは贄田だ。
「何もしないで……。贄田先生は優しい人だから」
「ふーん……。だから僕の顔が変わったのか……」
後半の言葉はとても小さく、吐き捨てるようなものだった。
「理人がそういうなら何もしないよ。他にやらなきゃいけないこともあるしね」
「あ、ゆ、ユウト、俺も連れて行って」
また立ち去ろうとする気配を見せたユウトに、捌幡は縋るように言った。ユウトは彼に微笑みかけると、そっと手を差し出した。
「もちろん。理人が望むなら」
捌幡はそっとその手を取り、共に玄関へと向かおうとする。
「捌幡、行くな……」
倒れたままの贄田が捌幡に声をかける。捌幡は少し迷いを見せたが、返事もせずに、急かすユウトに従い出て行ってしまった。
「なんで、くそ、あれはなんだ」
ようやく体が自由になり、贄田はよろよろと立ち上がる。そして、ユウトと呼ばれた少年の姿を脳裏に浮かべる。
「幽霊じゃない……。思念、いやオーラ……?精神体……わからない。くそ、一人で来るんじゃなかったか……」
口縄なら何かわかったかもしれない、と思うと同時に「贄田くんはひとりじゃだめなんだねぇ」という何とも腹立たしい声が脳内で再生され、贄田は整えられている髪をくしゃりと手で乱した。
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