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たるぱ
十三
しおりを挟む贄田は目を開ける。回想に浸っていたのはほんの一瞬のことだ。
「人の道から外れるな、捌幡。それに、お前の大切な友人の形をこれ以上歪めるのは、嫌だろう」
贄田の言葉に、捌幡はくしゃりと表情を崩した。
「理想の友達だったんだろ。お前の憎しみを発散させるための『都合のいい友達』にしちゃいけない」
今にも泣きだしそうな捌幡に、贄田は真っ直ぐ視線を向けて言う。
捌幡は、手を何度か強く握りしめ、葛藤しているようだった。
「り、りひと、りひとぉぉぉ……」
口縄に半分以上食われたユウトが捌幡を呼ぶ。捌幡がそちらを見れば、どうにか腕だけ拘束から抜け出したらしいユウトが手を伸ばしていた。
「ユウト……」
「りひと、ぼくのりひと、ぼくがみんなころして、キミを、くるしめないように」
「ユウト!」
捌幡が駆け出す。今度は贄田に止められなかった。
伸ばされていた手を両手で掴み、強く握る。
「ごめん、ユウト。俺、大丈夫っては言えないけど、もういいよ。もういいんだ」
ユウトの手には体温などなかった。そこに自分の体温を分けるように、強く、強く。
「これ以上友達にひどいことさせられない。お願いだから、もう誰も傷つけないで。俺の憎しみは俺が受け入れるから」
ユウトの手が、徐々に小さくなっていく。虚ろが回る顔から黒色が泥のように落ちていき、顔の半分を美しいものに戻していた。
「理人……」
「ユウト……大好きだよ」
「……僕もだよ」
捌幡とユウトの手が離れた。ユウトの体は口縄の口の中へとずるりと引き込まれ、そのまま飲み込まれた。
「……う……ぐす、ぅぅ……」
肩を震わせながら、捌幡が量の目から涙を流す。繋いでいた手の感覚を忘れないように両手を握り締め、大切な友達のことを想う。
「ユウト、ごめん、ごめん。俺、忘れないから……」
これからは強く生きなければと、捌幡はそう決心したのだが。
「うぐ、うぇっぷ」
場違いな嘔吐く音がした。捌幡がその音がした方向、頭上を見れば、大蛇が喉を膨らませながら口を開け、何か吐き出そうと苦労している。
首をぶんぶんと振り、喉を何度か波打たせたかと思うと、ついになにか塊を吐き出した。
べちゃり、と涎にまみれて粘着質な音を立てながら地面に落ちたそれは、胎児のように体を丸めている小さな子供だった。
「ゆ……ユウト!?」
捌幡はその姿に覚えがあった。幼い頃に毎日のように遊んでいた時のユウトだった。眠っているのか、その目は閉じられたまま開かない。
「けへっ、うぇぇ、蛇が吐き戻しをするのは大変なことなのだぞ……」
珍しく苦しそうな声を出し、口縄は言った。心なしかげんなりとした表情をしている気がする。
「へばりついた憎しみと体の半分を食わせてもらった。先ほど手を握ったせいでお前の魂の一部がこれに流れ込んで、そのまま食ったらお前の寿命を削るところだったぞ。……別にそれでもよかったんだがなぁ」
口縄は贄田に視線を向ける。
「あとから知られたら今度こそ愛想をつかされそうだからな」
「ああ、二度と口を利かなかったと思う」
「それは困る。……まぁ、そういうことだから、それにはもう人に干渉する力は残っていない。せいぜいお前の側にいるのが限界だろうよ。いまは消耗しすぎて眠っているがそのうち起きるだろう。そうしたら声でもかけて……また育てるなりなんなりしろ。だが忘れるな。お前がまたそれに憎しみや恨みを請け負わせれば同じことが起きるぞ」
強く、警告するような口縄の言葉に捌幡は頷いた。それからユウトの体を抱き上げる。
「……わかりました。俺……これからのこと、ちゃんと考えます。田知花たちのこととか、家の……こととか」
「無理はするなよ。信頼できる大人、とか、味方ができれば変わるかもしれないし……頼る先は間違えるな。助けてあげるから代わりに何かしろとか言う怪しい奴は特に絶対にダメだ」
「もしかしてそれって、今お前の後ろに立っている神様の事かい?」
「そうだよ」
贄田と口縄のやりとりに、捌幡は少しだけ笑みをこぼす。
「口縄さんって……いい神様、ですね。ユウトの事、戻してくれてありがとうございます」
捌幡の言葉に贄田と口縄は顔を見合わせ、それからもう一度捌幡を見る。
「だまされるな。こいつはそんないい奴じゃない。俺がこの場にいなかったら絶対ユウトのこと丸呑みにして吐き出すとかしなかったから」
「なんていい子なんだ。そう、私は良い神様だ。お前がそう信じてくれるならそうなるだろうなぁ。だからもっと私を信仰すると良い」
左右から同時に話され、捌幡は目を白黒させる。張り合うように主張を続ける二人に、少し押され気味になったところでふと思い出す。そう言えばこの場にはもう一人人間がいたことを。
「……あの。高尾……どうしましょう」
「あっ」
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