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舞踏会ってつまらないわ
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たくさんのシャンデリアが煌々と舞踏会を照らす。色とりどりのドレスが踊る王城の広間。誰もがにこやかに微笑み、手をとりあって踊る。彼らの微笑みは仮面のように固まっていて得体がしれない。
「つまらないわ」
アリシエラは舞踏会が行われる広間の片隅に立ち、欠伸を扇子の陰に隠した。
今日のアリシエラはその瞳の色に合わせた暗紫色のドレスを纏っていた。本来、婚約者の瞳の色のドレスを着るのがこういった場でのマナーなのだが、婚約者がドレスを贈ってこなかったのだから仕方ない。……という言い分を用意して、気に入りのドレスを着てきた。
「ソファにお掛けになりますか?」
「そうね……そうしようかしら」
教会騎士のフランツが気遣ってくれたので微笑んで受け入れた。差し出された手に手を重ね、隅に置かれたソファへと歩く。
「ポートマス公爵令嬢」
声をかけられて振り向くと、慇懃に頭を下げた男がいた。王の侍従だ。
「……何かしら」
「陛下がお探しです。早く王太子殿下のもとへ」
「……」
この男はアリシエラが1人でいる理由に気づいていないのだろうか。いや、そんな筈はない。
婚約者である王太子エドワードは、アリシエラをエスコートする義務を放棄した。そのために、アリシエラは1人で舞踏会に出席しなければならなくなった。エスコートもなく入場することになったアリシエラに向けられる好奇の視線と囁きが、どれほどアリシエラの矜持を傷つけたか、彼らは分からないだろう。
「……あら、殿下は私をお呼びじゃないようよ」
なんと返そうか考えていると、会場に不穏なざわめきが沸き起こった。そちらに視線を向けると、婚約者のエドワードが、腕に女性をぶら下げて会場に入ってきていた。
「殿下の瞳に合わせて金色のドレスを着ているのかしら。とても目に痛いわね。そう思わない、フランツ?」
「アリシエラ様の仰る通り、なんと言いますか、とても眩しいですね」
常に紳士的な教会騎士のフランツでさえも表現に苦慮して、嫌なものを見たと顔を歪める。その珍しい表情を楽しんでから、再び侍従を見やった。そちらも珍しく強ばった顔をしている。
「あの殿下が私を必要としているのかしら。エスコートを断られた時点で王城には報告してあったと思うのだけど」
王城からは、とりあえず1人で来いと回りくどく言ってくるだけだったが。本当に無駄なやり取りだった。エドワードの浮気相手のことだって何度も報告したのに聞き流してきたのは王達だ。
「……貴女は殿下の婚約者なのです。どうぞ、殿下のお側に」
「あら、嫌よ。浮気男の隣になんて立たないわ」
「っ、貴女は、婚約者としての務めを放棄されるつもりですか!」
「放棄したのはエドワード殿下でしょう。私を責める前に、殿下の放蕩振りを窘めなさいな」
「貴女がっ、……それをするべき立場でしょう」
苛立ちを隠しきれない侍従を冷めた目で見る。この男はアリシエラと自分の立場の差を分かっていない。まるでアリシエラが彼らの手の内にいるかのように振る舞うその横暴さにはうんざりする。
「私は殿下の教育係ではなくてよ」
アリシエラは公爵令嬢であり、王太子妃として期待されていたが、そこに王太子の教育は含まれていない。婚約関係があれば、婚約者の教育まですべきだとこの男は考えているのだろうか。
「貴女がそんなだから捨てられることになるんですよっ」
小さく吐き捨てられた言葉を聞いたフランツが、表情を変え侍従を睨み据える。剣の柄に手が置かれ、アリシエラを庇うように前に出ようとした。
侍従は怖じ気づいて後退りする。
「私が捨てられる?いいえ、違うわ。捨てられるのは―――」
「アリシエラ!俺の前に来い!」
舞踏会に相応しくない大声が広間に響いた。貴族たちが何事かと静まりかえる。
「あら、殿下がお呼びのようね。あんな大声を出して、ここがどこだか分かっているのかしら」
「……教会に帰りますか?」
不快そうに顔を歪めるフランツを楽しそうに見て、アリシエラはその提案を却下した。
「いいえ。彼の言葉を聞いてあげましょう。きっとこれが最後ですもの」
アリシエラはようやく長年の苦痛から解放されることを思ってふわりと優雅に微笑んだ。
「つまらないわ」
アリシエラは舞踏会が行われる広間の片隅に立ち、欠伸を扇子の陰に隠した。
今日のアリシエラはその瞳の色に合わせた暗紫色のドレスを纏っていた。本来、婚約者の瞳の色のドレスを着るのがこういった場でのマナーなのだが、婚約者がドレスを贈ってこなかったのだから仕方ない。……という言い分を用意して、気に入りのドレスを着てきた。
「ソファにお掛けになりますか?」
「そうね……そうしようかしら」
教会騎士のフランツが気遣ってくれたので微笑んで受け入れた。差し出された手に手を重ね、隅に置かれたソファへと歩く。
「ポートマス公爵令嬢」
声をかけられて振り向くと、慇懃に頭を下げた男がいた。王の侍従だ。
「……何かしら」
「陛下がお探しです。早く王太子殿下のもとへ」
「……」
この男はアリシエラが1人でいる理由に気づいていないのだろうか。いや、そんな筈はない。
婚約者である王太子エドワードは、アリシエラをエスコートする義務を放棄した。そのために、アリシエラは1人で舞踏会に出席しなければならなくなった。エスコートもなく入場することになったアリシエラに向けられる好奇の視線と囁きが、どれほどアリシエラの矜持を傷つけたか、彼らは分からないだろう。
「……あら、殿下は私をお呼びじゃないようよ」
なんと返そうか考えていると、会場に不穏なざわめきが沸き起こった。そちらに視線を向けると、婚約者のエドワードが、腕に女性をぶら下げて会場に入ってきていた。
「殿下の瞳に合わせて金色のドレスを着ているのかしら。とても目に痛いわね。そう思わない、フランツ?」
「アリシエラ様の仰る通り、なんと言いますか、とても眩しいですね」
常に紳士的な教会騎士のフランツでさえも表現に苦慮して、嫌なものを見たと顔を歪める。その珍しい表情を楽しんでから、再び侍従を見やった。そちらも珍しく強ばった顔をしている。
「あの殿下が私を必要としているのかしら。エスコートを断られた時点で王城には報告してあったと思うのだけど」
王城からは、とりあえず1人で来いと回りくどく言ってくるだけだったが。本当に無駄なやり取りだった。エドワードの浮気相手のことだって何度も報告したのに聞き流してきたのは王達だ。
「……貴女は殿下の婚約者なのです。どうぞ、殿下のお側に」
「あら、嫌よ。浮気男の隣になんて立たないわ」
「っ、貴女は、婚約者としての務めを放棄されるつもりですか!」
「放棄したのはエドワード殿下でしょう。私を責める前に、殿下の放蕩振りを窘めなさいな」
「貴女がっ、……それをするべき立場でしょう」
苛立ちを隠しきれない侍従を冷めた目で見る。この男はアリシエラと自分の立場の差を分かっていない。まるでアリシエラが彼らの手の内にいるかのように振る舞うその横暴さにはうんざりする。
「私は殿下の教育係ではなくてよ」
アリシエラは公爵令嬢であり、王太子妃として期待されていたが、そこに王太子の教育は含まれていない。婚約関係があれば、婚約者の教育まですべきだとこの男は考えているのだろうか。
「貴女がそんなだから捨てられることになるんですよっ」
小さく吐き捨てられた言葉を聞いたフランツが、表情を変え侍従を睨み据える。剣の柄に手が置かれ、アリシエラを庇うように前に出ようとした。
侍従は怖じ気づいて後退りする。
「私が捨てられる?いいえ、違うわ。捨てられるのは―――」
「アリシエラ!俺の前に来い!」
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「あら、殿下がお呼びのようね。あんな大声を出して、ここがどこだか分かっているのかしら」
「……教会に帰りますか?」
不快そうに顔を歪めるフランツを楽しそうに見て、アリシエラはその提案を却下した。
「いいえ。彼の言葉を聞いてあげましょう。きっとこれが最後ですもの」
アリシエラはようやく長年の苦痛から解放されることを思ってふわりと優雅に微笑んだ。
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