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第3話
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ここは商店街の中にある休憩所で、ヨーロッパテイストのとても可愛らしい作りをしていた。
その休憩所で買えるソフトクリームを、日陰にあったベンチで二人並んで食べていた。
北海道牛乳で作られたというそれは、濃厚ですごくおいしかった。「おいしい」嬉しそうに笑顔になる私を見て、おじさんは安心したように、ほっと息を吐いた。
はたと、とても大事なことを言っていないことに気がついた私は、右隣に座るおじさんに体を向けた。
「あの……。助けてくれて、ありがとうございました」
持っていたソフトクリームを少し横にずらしてから頭を下げた。
「どういたしまして」
おじさんは笑いながらそう言うと、その大きな手で私の頭をぽんぽんと撫でた。
「ほら、溶けちゃう前にたべちゃおう。暑いから溶けるのも早いよねぇ」
「うん」
暑さで少し溶け始めてしまったソフトクリームを、二人であわてて食べた。
ふと、おじさんの横にある例の杖が目に入る。よく見れば雑貨屋の名前入りの包装紙が小さく巻かれていた。やっぱりあの杖は、雑貨屋にあったもののようだ。
どうして、あんなことができたんだろう。
「おじさん、あの杖なんですが……」
「え? おじさん?!」
「え?」
「……えぇ」
ガックリと肩を落としたおじさんは、なぜだか私の「おじさん」呼びにものすごい難色を示した。
「いや、甥っ子がそう呼ぶからいいんだけどね。 いいんだけど……。 なんだろう、ちょっとねぇ……」
結局、何かの折り合いをつけたようで「おじさんでいいよ」と苦笑いを浮かべながら言われた。
杖のことは聞きそびれてしまった。
ソフトクリームも食べ終わり、私が落ち着いたのがわかったのだろう。おじさんは、まず私の話から聞き始めた。
視えないふりをしていたこと、昨日の恐怖の祭典のこと、両親には伝えたが信じてもらえず嘘をついていると思われていることを話した。
おじさんは、私の話をさえぎることなく、うんうんと頷きながら話を聞いていてくれたが、両親の話になるとぎゅっと眉間にしわを寄せていた。
そして、私の話が終わるとおじさんは、ゆっくりと簡単にあれについて話し始めた。
どうやらあれは、ちょっとたちの悪いものだったらしい。
歯切れの悪い言い方から、ちょっとじゃないんじゃないからと思う。
あのまま連れて行かれていたら、正直どうなってしまったか自分にもわからない。
そう言われて、恐怖で涙が浮かび上がってきた私に「大丈夫だよ。これから少し対策をしよう」とまた頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「叔父さん!」
ビニール袋を片手に、制服を着た少し目つきの悪い青年が駆け寄ってくる。
「ったく。 いきなり、いなくなるなよ」
この暑い中、おじさんを探すために、汗だくになりながらも走り回ったのだろう。あちぃと着ているシャツを前後に動かし、熱を逃がそうと風を送っている。
そして、おじさんの隣に座る私を見つけると、驚愕の表情で固まってしまった。
私の頭に手を置くおじさん、泣いている私。
そんな私たちを交互に見ながら、自分の中で結論に達すると彼はぽつりと呟いた。
「え? まさか、誘拐したのか……」
「していない!」
「されてません!」
私とおじさんの声が重なった。
「で、この子どこの子供だよ。どこから連れてきちゃったんだよ」
もしもの万が一を考えたのだろう。
おじさんの隣のベンチではなく、彼は私の隣のベンチに座った。
「嬢ちゃんとは、さっきそこで会ったばかりなんだよ。ソフトクリームを食べようと誘ったんだよ」
おじさんがいろいろ端折って伝えたせいで、先ほど揃って否定した犯罪の匂いがより色濃くなってしまった。
叔父が笑顔で話す内容に、かなり衝撃を受けたのだろう。彼は、言葉が出てこないようだった。
「あっ、あの。私は、りんです。叶野りんといいます。さっきおじさんに助けてもらいました」
私は、助け船を出したつもりの自己紹介だった。
「嬢ちゃんは、りんちゃんていうのかぁ」
かわいい名前だねぇと暢気なおじさんに、名前も知らなかったのかよと彼の叔父への疑念が膨らむのが止まらない。
おじさんのせいで、せっかく出した助け船が泥舟になりそうだった。
「僕は、鷹森洋二です。これは、僕の兄の息子。 甥っ子の大悟ね。目つきは悪いけど怖くないよ。 面倒見がすごくいいんだよ」
やはり暢気に自分とほぼ甥ばかりの紹介を始めたが、甥の彼の目は剣呑とするばかりである。
「あんた、ソフトクリームをえさに誘拐しやがったのか」
「は?」
「……」
「……っ!」
やっと自分の発言が犯罪臭しかしないことに気がついたのだろう。
慌てたおじさんが、事の経緯をかいつまんで話し始めたのだった。
その話を聞きながら、私の手がソフトクリームでベタベタになっていることに気がついた大悟さんが、なぜかウェットティッシュで丁寧に拭いてくれている。
「ありがとうございます」
「ん」
大悟さんは、本当に面倒見がいいみたいだ。
「どうすんの?」
「うーん。やり過ぎても逆に危ないからねぇ。柏手がいいかなぁと思ってる」
「ああ、いいんじゃね」
私を挟んで会話するその内容がわからず、きょとんとしながら首を傾けてしまう。
「よし! りんちゃん、柏手ではわかる?」
首を横に降る私に大悟さんが、神社でぱんぱんと手を合わせて叩くことだと教えてくれた。
「柏手二回で、固まって澱んでいたものが散って浄化されてくからね。お家で嫌だな、怖いなと思ったらするんだよ」
はい、練習してみよう。そう言われておずおずと両手を合わせて二回叩いてみた。
思っていたよりもすごく音が響いていた。
二人を見れば驚いた顔をしている。
「すげえな」
「うん。でも、だからなんだろうねぇ」
顔を見合わせる二人に「何かやってしまったんだろうか」と一気に不安になる。
「ごめん、ごめん。りんちゃんのパワーにびっくりしちゃった。これなら大丈夫だよ」
おじさんはにこにこと笑いながら、やっぱり私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「叔父さん。そろそろ時間がかなりやばい」
腕時計を見ながら大悟さんが言うと「えぇ、もう?」とおじさんは残念そうに私を見る。
「りんちゃん。すぐそこにある神社は知ってる?」
私がこくんと頷くと、
「あの神社が大悟の家で、僕の家がその隣。良かったら明日、夏休みの宿題持って遊びにおいで」
もう会えないんだと寂しくなっていた私に予想外のお誘いをしてくれた。
「行っていいの?」
「うん。待ってるからね」
おじさんは、笑いながら優しくそう言った。
「柏手しても、怖かったら電話して。時間は気にしなくてもいいよ。いつでも、ちゃんとでるから。どんな些細なことでも我慢しないで絶対、僕か大悟に電話してきなさい。ああ、それから明日は来る前に、必ず電話してね。僕がちゃんと迎えに行くからね」
それから、あわただしく二人とスマホの番号を交わした後、別れ際にしつこいくらい何度も言われた。
しかもおじさんは、行っては戻り行っては戻りをずっと繰り返し続けた。
大悟さんに時間がないんだよと怒られ、引きずられるようにおじさんは連れて行かれた。
私はそのままベンチに座っている。
先ほどから、まったく蝉の声が聞こえてこないことに気がついた。
かわりに遠くから聞こえるのは、あのリズミカルな音。
登場のテーマソングかよとツッコミをいれたくなった。
痛み出したのはあの左足。
握り潰されるような痛みが続く。
見れば、赤黒い糸が左足に絡みついている。
ああ、これが繋がっていたのか。
私の記憶の中に土足であがりこむなんて。
ほんとうに……。
「ほんとうに、ムカつく」
一瞬で体の熱が沸騰するくらいの怒りが沸き上がってくる。その怒りを叩きつけるように力をこめる。
「私の記憶からさっさと出ていきなさい」
私は柏手二回を響かせる。
そして、左足に蔦のように絡みつく赤黒い糸を手刀で叩き切った。
瞬間、女性の悲鳴が聞こえた気がした。
すでに薄暗く、色を失い始めた私の世界にせつなさをかみしめた。
もう、二人と同じ時間を過ごすことができないことに、涙が頬をつたう。
「この縁に感謝します」
そっとおじさんの口癖を呟く。
そして、それが合図だったように、私はまぶしいほどの光に包まれた。
その休憩所で買えるソフトクリームを、日陰にあったベンチで二人並んで食べていた。
北海道牛乳で作られたというそれは、濃厚ですごくおいしかった。「おいしい」嬉しそうに笑顔になる私を見て、おじさんは安心したように、ほっと息を吐いた。
はたと、とても大事なことを言っていないことに気がついた私は、右隣に座るおじさんに体を向けた。
「あの……。助けてくれて、ありがとうございました」
持っていたソフトクリームを少し横にずらしてから頭を下げた。
「どういたしまして」
おじさんは笑いながらそう言うと、その大きな手で私の頭をぽんぽんと撫でた。
「ほら、溶けちゃう前にたべちゃおう。暑いから溶けるのも早いよねぇ」
「うん」
暑さで少し溶け始めてしまったソフトクリームを、二人であわてて食べた。
ふと、おじさんの横にある例の杖が目に入る。よく見れば雑貨屋の名前入りの包装紙が小さく巻かれていた。やっぱりあの杖は、雑貨屋にあったもののようだ。
どうして、あんなことができたんだろう。
「おじさん、あの杖なんですが……」
「え? おじさん?!」
「え?」
「……えぇ」
ガックリと肩を落としたおじさんは、なぜだか私の「おじさん」呼びにものすごい難色を示した。
「いや、甥っ子がそう呼ぶからいいんだけどね。 いいんだけど……。 なんだろう、ちょっとねぇ……」
結局、何かの折り合いをつけたようで「おじさんでいいよ」と苦笑いを浮かべながら言われた。
杖のことは聞きそびれてしまった。
ソフトクリームも食べ終わり、私が落ち着いたのがわかったのだろう。おじさんは、まず私の話から聞き始めた。
視えないふりをしていたこと、昨日の恐怖の祭典のこと、両親には伝えたが信じてもらえず嘘をついていると思われていることを話した。
おじさんは、私の話をさえぎることなく、うんうんと頷きながら話を聞いていてくれたが、両親の話になるとぎゅっと眉間にしわを寄せていた。
そして、私の話が終わるとおじさんは、ゆっくりと簡単にあれについて話し始めた。
どうやらあれは、ちょっとたちの悪いものだったらしい。
歯切れの悪い言い方から、ちょっとじゃないんじゃないからと思う。
あのまま連れて行かれていたら、正直どうなってしまったか自分にもわからない。
そう言われて、恐怖で涙が浮かび上がってきた私に「大丈夫だよ。これから少し対策をしよう」とまた頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「叔父さん!」
ビニール袋を片手に、制服を着た少し目つきの悪い青年が駆け寄ってくる。
「ったく。 いきなり、いなくなるなよ」
この暑い中、おじさんを探すために、汗だくになりながらも走り回ったのだろう。あちぃと着ているシャツを前後に動かし、熱を逃がそうと風を送っている。
そして、おじさんの隣に座る私を見つけると、驚愕の表情で固まってしまった。
私の頭に手を置くおじさん、泣いている私。
そんな私たちを交互に見ながら、自分の中で結論に達すると彼はぽつりと呟いた。
「え? まさか、誘拐したのか……」
「していない!」
「されてません!」
私とおじさんの声が重なった。
「で、この子どこの子供だよ。どこから連れてきちゃったんだよ」
もしもの万が一を考えたのだろう。
おじさんの隣のベンチではなく、彼は私の隣のベンチに座った。
「嬢ちゃんとは、さっきそこで会ったばかりなんだよ。ソフトクリームを食べようと誘ったんだよ」
おじさんがいろいろ端折って伝えたせいで、先ほど揃って否定した犯罪の匂いがより色濃くなってしまった。
叔父が笑顔で話す内容に、かなり衝撃を受けたのだろう。彼は、言葉が出てこないようだった。
「あっ、あの。私は、りんです。叶野りんといいます。さっきおじさんに助けてもらいました」
私は、助け船を出したつもりの自己紹介だった。
「嬢ちゃんは、りんちゃんていうのかぁ」
かわいい名前だねぇと暢気なおじさんに、名前も知らなかったのかよと彼の叔父への疑念が膨らむのが止まらない。
おじさんのせいで、せっかく出した助け船が泥舟になりそうだった。
「僕は、鷹森洋二です。これは、僕の兄の息子。 甥っ子の大悟ね。目つきは悪いけど怖くないよ。 面倒見がすごくいいんだよ」
やはり暢気に自分とほぼ甥ばかりの紹介を始めたが、甥の彼の目は剣呑とするばかりである。
「あんた、ソフトクリームをえさに誘拐しやがったのか」
「は?」
「……」
「……っ!」
やっと自分の発言が犯罪臭しかしないことに気がついたのだろう。
慌てたおじさんが、事の経緯をかいつまんで話し始めたのだった。
その話を聞きながら、私の手がソフトクリームでベタベタになっていることに気がついた大悟さんが、なぜかウェットティッシュで丁寧に拭いてくれている。
「ありがとうございます」
「ん」
大悟さんは、本当に面倒見がいいみたいだ。
「どうすんの?」
「うーん。やり過ぎても逆に危ないからねぇ。柏手がいいかなぁと思ってる」
「ああ、いいんじゃね」
私を挟んで会話するその内容がわからず、きょとんとしながら首を傾けてしまう。
「よし! りんちゃん、柏手ではわかる?」
首を横に降る私に大悟さんが、神社でぱんぱんと手を合わせて叩くことだと教えてくれた。
「柏手二回で、固まって澱んでいたものが散って浄化されてくからね。お家で嫌だな、怖いなと思ったらするんだよ」
はい、練習してみよう。そう言われておずおずと両手を合わせて二回叩いてみた。
思っていたよりもすごく音が響いていた。
二人を見れば驚いた顔をしている。
「すげえな」
「うん。でも、だからなんだろうねぇ」
顔を見合わせる二人に「何かやってしまったんだろうか」と一気に不安になる。
「ごめん、ごめん。りんちゃんのパワーにびっくりしちゃった。これなら大丈夫だよ」
おじさんはにこにこと笑いながら、やっぱり私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「叔父さん。そろそろ時間がかなりやばい」
腕時計を見ながら大悟さんが言うと「えぇ、もう?」とおじさんは残念そうに私を見る。
「りんちゃん。すぐそこにある神社は知ってる?」
私がこくんと頷くと、
「あの神社が大悟の家で、僕の家がその隣。良かったら明日、夏休みの宿題持って遊びにおいで」
もう会えないんだと寂しくなっていた私に予想外のお誘いをしてくれた。
「行っていいの?」
「うん。待ってるからね」
おじさんは、笑いながら優しくそう言った。
「柏手しても、怖かったら電話して。時間は気にしなくてもいいよ。いつでも、ちゃんとでるから。どんな些細なことでも我慢しないで絶対、僕か大悟に電話してきなさい。ああ、それから明日は来る前に、必ず電話してね。僕がちゃんと迎えに行くからね」
それから、あわただしく二人とスマホの番号を交わした後、別れ際にしつこいくらい何度も言われた。
しかもおじさんは、行っては戻り行っては戻りをずっと繰り返し続けた。
大悟さんに時間がないんだよと怒られ、引きずられるようにおじさんは連れて行かれた。
私はそのままベンチに座っている。
先ほどから、まったく蝉の声が聞こえてこないことに気がついた。
かわりに遠くから聞こえるのは、あのリズミカルな音。
登場のテーマソングかよとツッコミをいれたくなった。
痛み出したのはあの左足。
握り潰されるような痛みが続く。
見れば、赤黒い糸が左足に絡みついている。
ああ、これが繋がっていたのか。
私の記憶の中に土足であがりこむなんて。
ほんとうに……。
「ほんとうに、ムカつく」
一瞬で体の熱が沸騰するくらいの怒りが沸き上がってくる。その怒りを叩きつけるように力をこめる。
「私の記憶からさっさと出ていきなさい」
私は柏手二回を響かせる。
そして、左足に蔦のように絡みつく赤黒い糸を手刀で叩き切った。
瞬間、女性の悲鳴が聞こえた気がした。
すでに薄暗く、色を失い始めた私の世界にせつなさをかみしめた。
もう、二人と同じ時間を過ごすことができないことに、涙が頬をつたう。
「この縁に感謝します」
そっとおじさんの口癖を呟く。
そして、それが合図だったように、私はまぶしいほどの光に包まれた。
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