同居人

界 あさひ

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同居人

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 地元の大学を卒業後、東京の企業への就職を機に、私は人生で初めて一人暮らしをすることになり、親の小言が聞こえない環境を、存分に楽しんでいた反面、どこか心の中では、その小言が無いことを寂しく思っていた様に思います。

 就職、もとい一人暮らしを始めて3ヶ月ほど経った頃だったでしょうか。当時は「ブラック企業」なんて言葉はなく、今よりもずっと「ブラック企業」だらけの世の中でした。
 残念ながら、私の就職した企業も、「ブラック企業」と呼ばれるに相応しい場所だと漸く気付きました。
 上司のパワハラ、モラハラに始まり、長時間労働や、過剰なノルマなど、特に入社1年目の当時の私は、とても苦しめられました。
 
 その日も、いつものように上司に怒鳴られた後のサービス残業の為に、ふらふらになって一人暮らしをするアパートに帰った頃には、深夜24時を回りそうか、という時間でした。
 暗く湿った路地を抜け、アパートの自分の部屋のドアまでゆっくりと進み、鍵を開けてドアを引いて部屋に入る。
 疲れ切った私の喉から、「ただいま」という言葉は出ませんでした。ただただドアの開閉音、私の歩く音、電気をつける音だけが空気を揺らします。
 一度リビングの電気を点けた後、すぐに私は風呂場へ向かいました。ここ暫くの、家に帰ると明日を案じて、すぐに風呂に入り、すぐに布団に着く、という習慣が定着していたのだと思います。明日は久しぶりの休日なのですが、日々の疲れからか、とても夜更かしをしよう、なんてこれっぽっちも思えませんでした。
 風呂から上がり、脱衣所で、服を着て、ドライヤーで髪を乾かした後、再びリビングに足を向けました。
 時刻は、深夜12時45分前でした。リビングに入ると、どこか、言語化し難い、何かが気持ち悪い、そんな違和感を覚えました。何かが違う、普段の、私の部屋では無いと、無意識の本能的な所で理解したのだと思います。
 ゆっくりと歩いて、腰を下ろし、風呂上がりの柔軟をしながら、何がおかしいのか、と疲れた頭を必死に回転させました。
 結局、この日は違和感の正体は何だったのか、何も分からないまま床に着きました。無論とても気持ちの悪い違和感であったことには違いないのですが、この日は未だ、柔軟をする余裕さえあったので、私は日頃の疲れを癒すべく、という名目の元、睡眠を優先させました。
 
 翌朝、普段仕事のある日より2時間ほど遅い、午前9時前に目が覚めました。重い身体を起こして歯を磨こうと脱衣所へ向かおうとしました。
 が、圧倒的な違和感に、寝起きの脳が支配されました。昨夜の違和感とは地続きにあるものですが、それよりも格段に分かりやすく、且つ気持ちの悪い違和感。
 普段使っている机の上に、確かに見覚えのない、花瓶と、それに刺さった白い百合がありました。私は自分の部屋に花なんて置いたこともありませんでしたし、花瓶も買った覚えはありません。
 一気に眠気の覚め、今一度部屋を見渡してみると、漸く昨夜の、言いようのない違和感の正体にも気付きました。
 家具の配置が、微妙に変わっているのです。代わっているというより、ズレていると言った方が的を射ているかもしれません。
 普段置かないところに置かない物があったり、普段置いている物がそこに無かったり。
 そして、昨夜寝る前までは無かった、見覚えのない花と花瓶。
 確かに部屋の鍵は締めている。鍵をこじ開けられたら形跡もない。
 
 であれば、例えば。例えば今もこの部屋に誰かいて、その誰かが家具を動かしたり、花を置いたりしているとか。
 ふと机にある、奇妙な百合に視線を落とす。確か百合はお葬式でも使われる花である。
 
 
 言語化出来ない圧倒的な気持ち悪さを前にして、私の本能はただひたすらに、「逃げろ」と訴えていた。
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