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腕の中の愛しい存在を強く抱きしめる。彼女のぬくもりを感じて安心すると同時に、もう2度と失わないように大切に守っていこうと心に誓った。リーンは前世のことを詳しく思い出してはいないらしい。そのままでいい。俺たちは今この時を生きているのだから。思い出す必要がないくらい今で満たそう。前世のことなんて俺だけが知っていればいい。
貧しさは人の心の余裕を失わせる。「あの家のせいで…」「あの男が憎い…」幼い頃からそう聞かされ続ければ、両親がいつも怒っているのも、お腹がすいてどうしようもないのも、何もかもその男のせいだと思い込んで育つ。いつか自分たちと同じように全てを奪ってやる。復讐心を支えに成り上がり、巨万の富を得た。
あの男を恨むものは多い。共謀して没落に追い込むことなど容易かった。そこで止めておけばよかった。どうして彼女に近付いてしまったのか。彼女はあの男の悪事には何一つ関わっていないのに。憎しみに目がくらみ、復讐の境界線を見誤った。僕も、僕の仲間たちも。
人の心がないような男でも大切なものがあるらしい。溺愛しているという1人娘がいた。何不自由なく生きていたところに起きた突然の悲劇。弱っている彼女に近付き、援助の申し出をすればすぐに靡くかと思えばそうはいかなかった。
「ありがたいお話ですが、援助していただく理由がありませんわ」
自分の手で没落させておいて、助ける理由なんてない。ここで引いておくべきだった。どうしようもなく困っているはずなのに、それを感じさせないよう気丈にふるまい、まっすぐこちらを見つめる瞳が忘れられず何度も彼女の元を訪れた。給金のいい仕事を紹介し、衣食住を保障した。
「あなたにはもらってばかりで…何も返せるものがないわ」
逢瀬を繰り返すたびに、自分に向けられる好意を感じるのに付き合おうと告げれば何度も固辞された。あの男の大切な娘を弄んで、幸せの絶頂のタイミングで捨てるという企み。彼女に関してだけは計画通りに運んでくれない。それでも熱心に思いを伝えていくうちに、僕たちは恋人同士になった。
一緒に過ごす時間が増え、将来についての話をする頃には彼女は僕の家で暮らすようになっていた。復讐という目的の元に集まった仲間たちが、それをどんな思いで見ていたかに気付きもせずに。
体調がすぐれないらしい彼女のもとへ向かうと、青褪めた顔でベッドに腰掛けていた。世話をするようにつけていた使用人に目を向けると顔を背けられる。何かがおかしい。ふと彼女の足元に瓶が転がっているのが見えた。どうしてこの薬が…。
「あなたは…お父様をうら…で」
僕が到着する前に事情を聞いたのだろう。動揺のあまり言い訳じみた言葉が口からこぼれるが、彼女に届いているかは分からない。
「私のことは忘れて幸せに生きて」
隠してあったはずの銃を手にして彼女は微笑む。止めるために彼女に駈け寄るも間に合わず、銃声が部屋に響く。
「医者を呼べ、今すぐに」
彼女の体温がみるみるうちに失われていく。それが少しでも遅くなるようにと強く抱きしめた。どうして今気が付いた。復讐のために近付いておきながら、なかなか手放せなかった理由を。会うたびに感じる鼓動の速さは、彼女から目が離せないのは、今こんなに胸が苦しくて辛いのは―――
彼女の死後、自分たちのような者が現れないように、教育環境の整備や雇用の確保、金銭的援助などに持てる財産の全てを費やした。世間からの評価は得られたが、何も嬉しくなかった。ただ、彼女の分まで生きなければと思った。誰かの為に生きた彼女の為に。
―――意識が薄れていくのを感じる。
今までの出来事が脳内を駆け巡る。そこに、彼女の姿はない。最後くらい出てきてくれてもいいじゃないか。…いや違う。今までずっと思ってきたんだ。だから思い出す必要がないんだ。
君のいない人生は幸せだったと言えないが、君を思いながら過ごす日々は悪いものでもなかった。
「―――」
誰かが僕の名前を呼んでいる。
愛を誓い合ったあの丘で、彼女がこちらを向いて手を差し伸べてくる。どうやらお迎えにきてくれたようだ。
ずっと見たかった、あの柔らかな微笑みを浮かべて―――
僕はそっと目を閉じた。
走馬灯に君はいない・完
貧しさは人の心の余裕を失わせる。「あの家のせいで…」「あの男が憎い…」幼い頃からそう聞かされ続ければ、両親がいつも怒っているのも、お腹がすいてどうしようもないのも、何もかもその男のせいだと思い込んで育つ。いつか自分たちと同じように全てを奪ってやる。復讐心を支えに成り上がり、巨万の富を得た。
あの男を恨むものは多い。共謀して没落に追い込むことなど容易かった。そこで止めておけばよかった。どうして彼女に近付いてしまったのか。彼女はあの男の悪事には何一つ関わっていないのに。憎しみに目がくらみ、復讐の境界線を見誤った。僕も、僕の仲間たちも。
人の心がないような男でも大切なものがあるらしい。溺愛しているという1人娘がいた。何不自由なく生きていたところに起きた突然の悲劇。弱っている彼女に近付き、援助の申し出をすればすぐに靡くかと思えばそうはいかなかった。
「ありがたいお話ですが、援助していただく理由がありませんわ」
自分の手で没落させておいて、助ける理由なんてない。ここで引いておくべきだった。どうしようもなく困っているはずなのに、それを感じさせないよう気丈にふるまい、まっすぐこちらを見つめる瞳が忘れられず何度も彼女の元を訪れた。給金のいい仕事を紹介し、衣食住を保障した。
「あなたにはもらってばかりで…何も返せるものがないわ」
逢瀬を繰り返すたびに、自分に向けられる好意を感じるのに付き合おうと告げれば何度も固辞された。あの男の大切な娘を弄んで、幸せの絶頂のタイミングで捨てるという企み。彼女に関してだけは計画通りに運んでくれない。それでも熱心に思いを伝えていくうちに、僕たちは恋人同士になった。
一緒に過ごす時間が増え、将来についての話をする頃には彼女は僕の家で暮らすようになっていた。復讐という目的の元に集まった仲間たちが、それをどんな思いで見ていたかに気付きもせずに。
体調がすぐれないらしい彼女のもとへ向かうと、青褪めた顔でベッドに腰掛けていた。世話をするようにつけていた使用人に目を向けると顔を背けられる。何かがおかしい。ふと彼女の足元に瓶が転がっているのが見えた。どうしてこの薬が…。
「あなたは…お父様をうら…で」
僕が到着する前に事情を聞いたのだろう。動揺のあまり言い訳じみた言葉が口からこぼれるが、彼女に届いているかは分からない。
「私のことは忘れて幸せに生きて」
隠してあったはずの銃を手にして彼女は微笑む。止めるために彼女に駈け寄るも間に合わず、銃声が部屋に響く。
「医者を呼べ、今すぐに」
彼女の体温がみるみるうちに失われていく。それが少しでも遅くなるようにと強く抱きしめた。どうして今気が付いた。復讐のために近付いておきながら、なかなか手放せなかった理由を。会うたびに感じる鼓動の速さは、彼女から目が離せないのは、今こんなに胸が苦しくて辛いのは―――
彼女の死後、自分たちのような者が現れないように、教育環境の整備や雇用の確保、金銭的援助などに持てる財産の全てを費やした。世間からの評価は得られたが、何も嬉しくなかった。ただ、彼女の分まで生きなければと思った。誰かの為に生きた彼女の為に。
―――意識が薄れていくのを感じる。
今までの出来事が脳内を駆け巡る。そこに、彼女の姿はない。最後くらい出てきてくれてもいいじゃないか。…いや違う。今までずっと思ってきたんだ。だから思い出す必要がないんだ。
君のいない人生は幸せだったと言えないが、君を思いながら過ごす日々は悪いものでもなかった。
「―――」
誰かが僕の名前を呼んでいる。
愛を誓い合ったあの丘で、彼女がこちらを向いて手を差し伸べてくる。どうやらお迎えにきてくれたようだ。
ずっと見たかった、あの柔らかな微笑みを浮かべて―――
僕はそっと目を閉じた。
走馬灯に君はいない・完
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