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第二十五章 発見   小川蓮・2019年7月6日

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 小川はコインロッカーの前で、コインロッカー内に入っていた紙袋の中身を見た。

 中には煙草の吸殻と結束バンドの入った小さな透明なジップロックの袋と、また2進数で暗号の書かれたA4用紙が折り畳まれて入っていた。小川は軽く開いたA4用紙を恐る恐る紙袋の中に戻し、紙袋ごと自分の背負っていたリュックの中に入れた。

 あの殺人教唆のコメントを、管理人は消してくれたと思っていたが、非表示にしていただけだった。気が付けばまた表示されていた。

 小川は山に埋められているという死体を想像し、管理人から送られたメッセージの内容を思い出した。

 “これは貴方の殺人教唆のお陰である人が成し遂げてくれました。次は貴方です。私は貴方の事を知っています。お父さんの身を案ずるなら、指示に従ってくださいね。山は通報するも通報しないも貴方の自由です。通報した際は、掲示板の書き込みの通り、貴方は殺人教唆で捕まります。私はこの事を通報しないですからね”管理人は小川が山から帰って来た後、小川にメッセージをしてきた。

 小川は恐怖した。小川はコインロッカーからの帰り道に地下鉄の中で周囲を恐々と見渡した。小川は地下鉄の席に座っていた。ふと、近くのドア付近に立っていたスーツを着たサラリーマンと視線が合った。小川はリュックを膝に抱えたままサラリーマンとしばらく見つめ合っていた。サラリーマンは小川を不信な目で見ると、視線を外した。小川は警察が自分を尾行しているのではないかという疑心暗鬼に陥っていた。
小川は自宅に帰った後、リュックの中に入った2進数で記載された暗号を解読する予定だったが、暗号を解読する事が怖かった。





 小川は日々マンションのごみ荒らしや個人情報を抜き取るためのごみの窃盗、悪質な手紙の投函など、高倉への小さな嫌がらせをずっとやってきたのだが、このコインロッカーのやり取りはあの辻井と会った日から始まった。

 辻井は最初の2進数の手紙を解読した後、高倉の自宅に侵入し煙草の吸殻を奪っていた。それを辻井は愚痴掲示板経由で暗号化し管理人に報告していた。

 小川はそのやり取りの内容を知っていた。辻井と別れる際に連絡先を交換していたので、辻井から電話で教えて貰った。

 最初は人を階段から突き落として怪我をさせろと管理人からまた暗号で指示があった。高倉の煙草の吸殻をその場に捨て通報し、高倉に罪を着せようという事だった。
小川は人を怪我させる事に抵抗を感じ、辻井を止めようとしたが、辻井はやると決めていた。小川は辻井が人を階段から落とすのを焦って横で見ていた。階段から落ちた人が死んでしまったらどうしようと思い、小川は階段から落ちた作業員の男をすぐに介抱し通報した。

 その階段は高倉の自宅のすぐ近くにある橋の横にある階段だった。近くには工場があり、作業員がよく階段を使っていると管理人が言ったので見に行ったのだ。そうしたら本当に工場があった。

 だがその日高倉はアリバイがあったのか、警察に通報をしたが捕まっていないようだった。小川は帰宅後管理人にメッセージチャットで連絡した。

 “こんな事続けたらいけないと思います”小川は管理人にメッセージを送った。

 “これは平野さんのお陰で出来た事です。これは高倉を殺人犯に仕立て上げる為の種まき作業です”管理人はメッセージを返してきた。俺のお陰とはどういう事かと小川は疑問に思った。

 “見ず知らずの人を犠牲にするんですか”小川は管理人にメッセージを送った。

 “貴方は他人に嫌がらせの出来る人間ではないですか。現に高倉は貴方の他人じゃないですか”管理人からメッセージが届いた。

 “高倉は他人じゃないです。加害者です”小川はメッセージを送った。

 “加害者も被害者も、所詮は他人です。家族ですらも所詮は他人なのです”管理人は返答した。

 小川は困惑し、その後管理人にメッセージを送るのを止めた。管理人は人の気持ちの分からないサイコパスだと小川は思った。今まで管理人の事を心のある人間だと思っていたが、小川の勘違いだったようだ。

 翌日小川が管理人との過去のメッセージを遡って確認し返信をしないでいると、管理人からメッセージが届いた。

 メッセージにはアルファベットと数字の羅列が送られていた。これはまた16進数で書かれた暗号だと小川には分かった。その後、立て続けに管理人からメッセージが届いた。

“この数字はある場所の数字です。解き方はお分かりになりますね。次は貴方です。貴方は既に殺人教唆の罪に問われます。殺人教唆罪は有罪が確定すると、実行犯と同じ罪を科せられます。重い犯罪です。大体六月以上七年以下の懲役又は禁固となります。一度ついた罪は消えません。裏切らないでくださいね”

 小川は法律に詳しい管理人に驚いた。これはまたコインロッカーの場所だろうかと思った。だが“次は貴方です”の言葉に目が留まった。辻井は高倉の煙草を盗み、見ず知らずの他人を階段から突き落とした。管理人は、次は自分にも何か犯罪をさせようとしているのだろうかと恐怖した。

 小川がモニターを見ていると、管理人からまたメッセージが届いた。

 “すみません、私はこの文章を送るよう指示されただけなんです。きつい文に受け取られてしまったら申し訳ないです。私は平野さんを信頼しています。この文章を送る指示を出した者も、平野さんを信用した上でこの指示を出しました。基本は捕まらないと思います。捕まるとしたら平野さんが通報した場合ですね”管理人はフォローするメッセージを送ってきた。

 小川は、自分は一体何をさせられるのか不安になり管理人に聞いた。

 “俺は犯罪はしたくありません”小川はメッセージを送った。

 しばらくすると管理人からメッセージが入った。

 “今回は犯罪ではありません。平野さんに確認していただきたい事があっただけですよ”管理人はこうメッセージをしてきた。

 小川は果たして何を確認しなければならないのか不安に思ったが、管理人に返信をしないと次にどんなメッセージが来るか分からず怖かったので、嫌々返信をした。

 “分かりました。とりあえず確認だけします”

 そうして小川は管理人の指示した暗号を自室で解き、座標先を確認した。そこはコインロッカーでも何でもなく、山の中のようだった。小川は意味が分からず、管理人にメッセージを送った。

 “今回はコインロッカーじゃないんですか”

 “平野さんは車を持っていますか”管理人はメッセージを送ってきた。

 “ありません”小川は返答した。

 “では免許証はありますか。ありましたらレンタカーで行く事をお勧めします”管理人はこのメッセージを送った後、小川が何を聞いても返信をしてくれなくなった。

 小川は確かに免許があった。ペーパードライバーだったが、去年免許を取得したばかりなので山へ向かうだけの運転なら出来ると思った。距離もあったのでタクシーではなく、小川は嫌々ながらレンタカーを借りて座標の山へ向かった。

 そこは人気のない山で木々が均等に立ち並び、地面は平らな土で覆われていた。小川が車を脇道に停め、山の中を座標に向かって少し歩くとその場所はあった。

 小川は平らな地面に茂った草がない箇所が気になった。

 小川は不安になりスマートフォン経由でサイトの管理人に質問をしようか悩んだが、スマートフォンを確認するとここは圏外だった。

 小川は恐る恐る草の生えていない箇所に近付いた。

 この座標の箇所だけ土の色が違うとはどういう事だろうか。小川は横に立ったままその土の変色の箇所の大きさを見下ろして、一瞬人間が埋まっているのではないかという妄想に囚われた。小川は不安に思い左手に持ったスマートフォンを再度確認した。まだ圏外だった。

 小川は先程の妄想を払拭すべく頭を振った。まさか管理人が人を殺すはずがない。高倉に冤罪を着せると言ったとしても、本当に人を殺すなどとてもじゃないが考えられなかった。

 “平野さんに確認していただきたい事があっただけですよ”管理人はこの箇所を確認するようにメッセージを送っていた。小川は再度地面の土の変色している箇所を立ったまま上から見下ろし確認した。小川はとてもじゃないが、この地面を掘って中を確認する勇気はなかった。関わりたくもなかった。

 小川は冷や汗をかいている自分に気付き、咄嗟に踵を返し車へ戻っていた。管理人に早く確認がしたかった。小川は車に戻ると再度スマートフォンを確認したが、まだ圏外だった。

 小川は山を下りるとスマートフォンで管理人にメッセージチャットを送って質問をした。だが管理人は返答してくれなかった。

 小川はレンタカーショップに戻りレンタカーを返す際受付で、年配の店員に声を掛けられた。

「早いですね。何処まで行かれたんですか?」店員は確認用の書類を小川に渡しながら聞いてきた。傍から見れば他愛のない世間話だが、小川には疑われているようにしか思えなかった。

「ええと、小樽に少し行ってきました」小川は咄嗟に嘘を付き、店員に車の鍵を返した。

「小樽ですか。今日は天気もよかったですし、良いドライブになったでしょうね」店員は笑顔で小川に言った。小川は店員の顔を正面から見る勇気はなく、すぐに視線を外した。店員が受付のカウンターから出て来て、小川の借りたレンタカーをチェックしに行った。小川も店員の後をついていき、一緒に車に傷がないか確認した。

「あれ、タイヤに土がついてますね。山にでも行きました?」店員は車のタイヤを見て小川に聞いてきた。

 小川は洗車をしてから返却すればよかったと後悔した。近くを通った救急車の音が小川にはパトカーの音に聞こえた。





 小川は急いで自宅のアパートに帰宅した後すぐにパソコンの電源を入れ、サイトのメッセージチャット経由で再度管理人に聞いた。

 “山に行きました。確認は出来ませんでした。何か埋められていたのですか”

 少しすると管理人からメッセージが届いた。またアルファベットと数字の羅列が届き、小川がその暗号を見ている間にさらにメッセージが届いた。小川は届いたメッセージを目で読んだ。

 “これは貴方の殺人教唆のお陰である人が成し遂げてくれました。次は貴方です。私は貴方の事を知っています。お父さんの身を案ずるなら、指示に従ってくださいね。山は通報するも通報しないも貴方の自由です。通報した際は、掲示板の書き込みの通り、貴方は殺人教唆で捕まります。私はこの事を通報しないですからね”

 小川は自分の未来がなくなる不安と、何故父親の事を知っているのだという恐怖に囚われた。被害者遺族だから情報が漏れたのだろうか。そもそもこの管理人は警察の内部事情や法律に詳しい。高倉の自宅の合鍵も持っていた。やはり管理人は弁護士か警察関係者なのではないかと小川は疑念を抱えた。だがサイトは偽名のアカウント名しか使用していないはずだ。どうやって調べたのだろうかと小川が考えた瞬間、小川は自分の行動に絶望した。

 小川は管理人に自分の個人情報を、メッセージチャットで管理人に相談に乗ってもらう際に事細かに話していた。小川は自分の軽率な行動を後悔した。

 “これは貴方の殺人教唆のお陰である人が成し遂げてくれました”小川は管理人からのメッセージのこの部分を見て目が固まった。ある人とは誰の事か。まさか辻井だろうかと小川は不安になった。辻井の事は以前から過激な思考で怖い人物だと思っていたが、小川は改めて辻井が怖くなった。

 “何が埋まっているのですか”小川は怯まずに聞いた。

 “人です”管理人はオブラートに包まず返答してきた。

 小川は管理人から届いたメッセージを見て目が点になった。

 元々最悪の答えは予想していたが、まさか想定通りの答えを管理人が率直に述べるとは思わなかったからだ。

 小川が返信出来ずにいると、管理人からメッセージチャットである写真が送られてきた。小川はその写真を見て目を疑った。写真には、レンタカーの運転席に乗り信号待ちをしている、眉間に皺を寄せた小川の写真が写っていた。

 “貴方は既に共犯なのです。レンタカーの履歴や靴の跡、街中の監視カメラなどを確認したら証拠が出るでしょう。山へ行っている事がすぐにバレますよ”管理人は信じられないメッセージを送ってきた。

 “後をつけたんですか。俺は何もしていないです”小川は急いで返信した。

 “警察が信じてくれるといいですね”管理人は返信してきた。

 小川はこのサイトの事を警察に通報しようか悩んだが、そもそもこのサイトは既に犯罪のやり取りをしている。まだ警察に見つかっていないのかと小川は疑った。だがもしも管理人が警察関係者だとしたら、管理人が隠蔽している可能性があるという最悪の答えが、小川の脳裏に過った。

 ふと、隣の部屋のチャイムが鳴った。小川はアパートの玄関の方を見て冷や汗が出た。警察が来たのではないかという不安が襲った。
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