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第三十六章 孤独   森啓介・2019年9月30日

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「傷口は収まったのか」森は高倉の居る個室の病室に入り高倉に聞いた。

 高倉は角度を少し背上げされたベッドの上で横たわり、窓の外を見ていた。
森が病室の中に入った瞬間高倉はこちらを向いたが、森の顔を見るとすぐに窓の外に視線を移した。

 前髪が伸びたのか高倉は前髪を左右に分けて額を出していた。

 高倉は先程まで雑誌を読んでいたのか、布団の上には雑誌が開いて置いてある。森は窓の外を見た。今日は天気が良く窓の外には青空が広がっている。

「お前生死の境をさ迷ったんだぞ。もう無理な動きはするなよ」森は高倉に言った。

 高倉は森がまるで存在していないかの如く森の発言を無視して窓の外を見ている。

「お前、工場は何で事前に警察に連絡しなかった?GPSが入れられていなかったら、お前は今頃笠木と一緒に死んでいたかもしれない。工場に到着するまでにスマートフォンは持っていたんだろう」森は高倉のベッドの横に置いてある椅子に座って聞いた。

 高倉はこちらを見もせずにまだ窓の外を見ている。

「それは」高倉はゆっくり話し出した。「辻井さんに警察を呼ぶなと言われましたので。それに警察の方にスマートフォンにGPSを入れられていたので、見つけてくれると思っていました」

 高倉は窓の外を見ながらゆっくり語った。麻酔が効いているのか虚ろな視線をしている。

「スタンガンだが、小川から奪ったもので間違いないのか。辻井と小川は否定をしているが。お前が持ってきたスタンガンだと言っている」森は聞いた。

「私は正当防衛で奪っただけです。スタンガンなんて物騒な物は持ち歩いてはいません」高倉は窓の外を見たまま言った。

「一連の連続殺人だが、お前は本当に何も知らないのか」森は高倉の表情を正面から見ながら話したかったが、高倉は一向にこちらを向かないので表情をはっきり見る事が出来なかった。

「知りません」

「サイトの事も?」森は高倉に聞いた。

 高倉はゆっくりこちらを向いた。無表情だ。何を考えているのか分からない。むしろ何も考えていないのではないかという表情をしていた。

「山中さんにも言いましたが、知りません」

「お前は以前大学でセキュリティに関する論文を発表していたな。仕事も前職は辻井と同じIT企業だ。今はサイト作成関連の仕事をしているのも知っている。パソコンにも詳しいはずだ。本当に何も知らないのか」森は高倉の表情を見ながら聞いた。少しでも怪しい表情をすれば高倉を疑うつもりだった。

「知りません」高倉は表情を一切変えずに答えた。

 森は高倉の表情をしばらく観察して高倉と見つめ合った。高倉はゆっくり瞬きをするだけで、呼吸が荒くなったりもしていない。目は虚ろだが、怪しい素振りはなかった。だが森は高倉に違和感を覚えた。

「スタンガンに関してだが、持っていたなら自衛出来たはずなのに何で落とした?刺される前にも自衛しようと思えば自衛出来たはずだ」森は聞いた。

 高倉はまた窓の外に視線を移すと、ため息を吐いた。

「笠木さんの信頼を得るために助ける瞬間を見せたかったんです」高倉は答えた。

 森は一瞬高倉の発言にたじろいだ。信頼を得るために腹をナイフで刺される人間の心情が理解出来なかったからだ。高倉はまた窓の外を無表情で眺め始めた。

「でも」高倉は呟いた。「一人になる事は避けられなかった」

 森は沈黙した。一人になる事は避けられなかったとはどういう意味だろうか。笠木と別れたのだろうかと森は思考した。

「一人になったのは俺も一緒だよ。お前に関わったからだ。お前は今回は被害者だが、加害者だ。それを忘れるな」森はつい梓の事を思い出し苛立ちを覚え言った。高倉の余罪調査に関わっていなければ梓を巻き込まなかったかもしれない。森は高倉に関わった事を心の底から後悔した。

「森さん」森が椅子から立ち上がり病室から帰ろうとすると、高倉が声を掛けてきた。森は高倉の方を向いた。高倉はこちらを向いていたので視線が合った。

「なんだ」森は聞いた。

「私の両親が死んだ件に関してですが、まだ警察に両親の遺書や現場の写真など残されていますでしょうか」高倉は無表情で聞いてきた。

「お前の両親の事件?」森は意味が分からず聞いた。

「はい。遺書などあれば見せていただきたかったのですが」

「他殺の事件記録なら大体五年から十年で破棄される。お前の両親の場合は無理心中で遺書もあったから一年位で破棄されていて、もう資料は残っていないかもしれない。何故?」森は聞いた。

「いえ。ないならいいんです。お時間取らせてすみません」高倉はまた窓の外に視線を移して言った。
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