平民剣士と異世界少女

マサクス

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第一章 旅立ち

如月雪音

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 一年前、兄が行方不明になった。とても不可思議な状態で。
 兄は入浴中に突然姿を消したのだ。着替えもそのままだったし、部屋から他の服を持ち出した形跡もない。つまり、兄は裸の状態で姿を消したのだ。脱衣所には着替えがそのまま残されていたし、部屋から他の服を持ち出した形跡もなかった。
 入浴していたのは間違いない。私が脱衣所の洗濯機に洗濯物を入れているとき、浴室のすりガラス越しに兄の姿を見たし、兄の下手な鼻歌も聞いた。
 玄関には兄の靴も残っていた。例え兄が家出をするつもりで家族に知られないように、別の服や靴を用意していたとしても、財布すら持っていかないのは不自然だし、何より家から出た兄の目撃証言などが一切無いのだ。
 お風呂から忽然と全裸で消失したとしか思えないのだ。その奇妙さから当時はワイドショーなどでも取り上げられたりした。
 私も両親も兄の情報を求めて、駅前でビラを配ったり、ネットで目撃情報を募ったりした。しかし、時より明らかに違っていたり、冷やかしのような情報以外は何も手がかりは見つからなかった。
 何も進展もなく一週間が経った頃、今度は隣の家に住んでいた私達兄弟の幼馴染で兄の同級生だった女の子が行方不明になった。
 兄と同じように自分の部屋から煙のように消えたとしか思えない状況だったという。
 タイミングをずらしての駆け落ちかとも言われたりもしたが、こちらも目撃証言は一切なく、またこちらも兄と同じようにお金を持たずに姿を消していた。
 二人の高校生が神隠しのように消えたとまたワイドショーやゴシップ誌で取り上げられ、暫く好奇の目で見られたりもした。
 地域の人間はこの超常現象じみた出来事に不安と恐怖を感じながらの生活をすることになった。次は自分か、自分の家族がそうなるのではないかと。
 そして二人の消息がわからなくなって一年余りが過ぎた。
 私の家族も、隣の家族も未だに必死に二人を探していたが、手がかりらしい手がかりは全く無かった。
 ただただ無為にすぎる日々に心が疲れていくのを感じる。本来なら癒しになる入浴も、いつも兄の事を思い出し、胸が締め付けられる。
 今日も兄の事を考えながら浴室に入る。
 
 ─────そして私は見知らぬ世界に来た。

 キャンプ場にある木造のロッジのような作りの部屋に置かれたベッドに寝かされていたらしい。お風呂で倒れでもしたのだろうかと思いながら体を起こそうとすると、身体にタオルが巻かれているのに彼女は気がついた。
 「気がついたぁ?」 
 「ひゃっ!?」
 突然真横から聞き慣れない声で問い掛けられ、如月雪音は短く悲鳴を上げた。そちらを見ると漫画やアニメでよく見るようなメイド服に見を包んだ女性がにこにこしながら立っている。愛嬌があり可愛らしい。年は自分と変わらないくらいのようだが、一つ変わったところがあった。本来なら耳があるはずのところにはそれがなく、灰色の髪の頭の上に、同じ毛色の猫か犬のような三角形の耳が二つ乗っかっているのだ。
 その猫耳(?)メイドは振り返るとドアを開けて誰かを手招きしている。奇妙なメイドに混乱が収まらぬまま、部屋の中に更に二人入ってくる。
 一人は同じようなメイド服の女性。こちらは無表情だが、怜悧な美しさがあった。ただもう片方のメイドと同じで人間にはない耳があった。薄桃色のロングヘアーの頭の上には兎のような長い耳が付いている。
 もう一人は自分と同じ黒髪の青年で瞳も黒い、ただ日本人とは違ったどちらかといえば西洋人のような顔立ちをしている。穏やかで端正な容姿でかっこいいと言える部類だと雪音は思った。正直タイプだった。
 しかし、今はそんなことよりも大事なことがある。お風呂に入ったと思ったら、見知らぬところで、見知らぬ三人に囲まれているのだ。この訳の分からない現状を理解しなければならない。
 黒髪の青年が不安な雪音に気遣いを感じさせるように、自分たちを紹介してくれる。 
 青年がクレス、猫耳メイドがウーネ、兎耳メイドがリュゼットという名だった。 
 その三人は雪音の自己紹介に酷く驚いている。特に如月という名字に物凄く反応した。事もあろうに自分の事を王族かと尋ねてくる。 
 
 「どうして如月だと王族なの?」  
 「何故って、国の名前は王族の家名で、ここはキサラギ国なんだから当然、キサラギの家名なら王族ということになるはずです」 
 何で該当するはずの当人からこんな当たり前のことを聞かれるんだろうと思いながら、クレスは雪音に答えた。そもそもそんなこと子供でも知っていることのはずだ。
 「では、貴方はどちらからいらっしゃんたのですか?」 
 「日本、だけど……あの敬語じゃなくていいよ。私、本当に王族なんかじゃないから」
 「わかったよ。じゃあニホンというところはその、ニホンという王族が治めてる国じゃないのかい?」
 「王様なんていないわよ」
 王がいない?そんな国が存在するんだろうか?それよりニホンという国はどこにあるんだろう、少なくともクレスは知らないし、ウーネとリュゼットの様子を見る限り二人も知らなさそうだ。
 「じゃあ、ここはそのキサラギって人が作った国ってことなの?」 
 またしても当たり前の問いかけだなぁ、とクレスは思ったが、ラヴァスティール生まれの自分はそれほどこの国に詳しい訳では無い。これぐらいの質問ならとにかく、もっと詳しいことになるとわからないことも増えてくる。
 クレスは横にいる二人のメイドを見た。クレスがこの国に来ることになる話を持ってきた人物がつけてくれた二人は、その人が言うにはこのキサラギ出身だという話だった。だから、共にと勧められたのだ。
 二人のどちらかにキサラギの説明をしてもらうことにする。そう事情を告げるとリュゼットが請け負ってくれた。
 相変わらずの無表情で怜悧な美貌のリュゼットが、説明を始める。
 「キサラギは三五〇年ほど前に英雄と呼ばれたカズマ・キサラギが仲間と共に建国した国です」
 「一真!?」
 さあ、これから詳しく話そう、と言ったところで突然挙げられた声に、リュゼットが無表情のまま驚くという器用な仕草を見せて説明をやめた。
 「お兄ちゃんがいるの!?」 
 ベッドの上から雪音がリュゼットの両腕を掴んで体を揺さぶる。揺さぶりながらなお叫ぶ。
 「もしかして貴方達、高崎千香って人も知ってるの!?」
 「チ、チカ・タカサキという人であればカズマ王と同じ時代の人で、キサラギ食の開祖となられた方です」
 キサラギ食───。聞き慣れない言葉は無視して雪音はリュゼットを揺らし続ける
 ガクガクと揺さぶられながら、それでも表情だけは変わらずリュゼットが答える。
 「どこ!?どこにいるの!?」 
 揺さぶる雪音は必死の形相で鬼気迫るものがある。 
 「落ち着きなよ!」
 見かねたクレスが落ち着かせようとするが、雪音はますますヒートアップしていく。両目に涙が溢れ溢れていく。
 「落ち着いてなんかいられないわ!ずっと、ずっと探してたんだから………!」
 「でも、三〇〇年以上前の話だよ」
 「え?」
 その指摘に雪音はリュゼットの腕から手を離した。戸惑いからか涙も止まっていた。自分の手のひらで乱暴に涙を拭い、きょときょとと視線を迷わせながらどういうことかと思案している。
 クレス達も同じくらい戸惑い始めてきている、どこから来たかも分からぬ少女が、ずっと昔の人間を探し続けていたという、その片方を兄だと呼び、もう一人はこちらから挙げるまでもなく名を言った。
 やはり、王族か王家にゆかりのある人物ではないのかと思ったが、それにしては様子がおかしすぎる。何よりそんな人物が裸で光りながら現れるものだろうか?
 「もしかしてですが……ユキネ様は異世界からいらしたのではないのでしょうか」 
 「「「異世界!?」」」
 リュゼットの言葉に他の三人の言葉が重なった。
 「突然この世に現れたとしか思えない人物が歴史書の中には幾人もいるのです。共通してるのはその方たちが『自分は異世界から来た』と主張しているところです。カズマ王もチカ・タカサキ様もそうだったと言われています」
 リュゼットの言葉に雪音は寝室を改めて見回す。すべて木造りの部屋。ベッドですらそうだった。まあ、地球の何処かにはそんな部屋はあるだろう。
 しかし───。
 ぐるりと回った視線が二人のメイドで止まる。女性としては大柄な方のリュゼットと女性としても小柄なウーネが並ぶと凸凹コンビといった風情だ。そんな二人の頭にあるのは人あらざる耳。作り物の可能性はあるかもしれないとしても、人間ならばあるべき場所に耳がない。
 地球にはこんな生物はいない。ならばここは自分にとって異世界で、彼らからすれば自分の方が異世界人ということになるのだろうか。
 そして、兄と幼馴染はこの世界に来てしまったということなのだろうか?しかし、それらしき人物はずっと昔の時代の人だという。一体どういうことなのか。 
 例えば、人によって飛ぶ時代が変わるのだろうか?それだとどうして自分は二人と何百年もずれてしまったのかという疑問が出てくる。
 メイドの二人を見つめたまま固まってしまった雪音。
 クレスもリュゼットの言葉で色々とと考えてはいたが、余りにも突拍子過ぎて何が何やらわからなくなってきた。きっと雪音の方はもっとそうなのだろうと察した。本当に異世界から来たのだとしたら尚更だ。
 全く違う世界にただ一人放り込まれてしまったわけだから、不安はかなりのもののはずだ。成り行きではあるが、自分たちの役目と並行で力になってやりたいと思った。
 「ユキネ……もし良かったら、僕たちと一緒に来ないか?」 
 「一緒に?」
 「僕達はこれからキサラギの南都にあるキサラギ城に行くんだ。国王と謁見できるかもしれないし、もしかしたら君のお兄さんの手がかりが何かわかるかも知れない」 
 クレスの提案に口に手を当てながら俯き考え込む雪音。
 何一つ分からない。でも取り敢えず目の前の三人は悪い人ではなさそうだ。特にクレスという青年からは初めから気遣わしげな優しさを感じる。頼りにしても、いや、頼れるのは今のところこの人達だけだ。
 「わかったわ、そうさせてもら………」 
 答えた瞬間、雪音のお腹がぐうっと大きな音を立てた。静かな部屋に大きく響く。当然ながらすぐ側にいた三人にはっきりと聞こえる。
 恥ずかしさで顔が真っ赤になった雪音はシーツで顔を覆ってしまった。
 「ご飯にしよーよ。あたしらもまだだしね」 
 ウーネがことさら明るい声でそう言った。クレスは微笑みながら、リュゼットは無表情で頷いた。
 シーツで失われた視界でも三人が部屋から出ていく気配が雪音に伝わる。雪音からはお腹がなった羞恥は消えつつあり、兄と幼馴染に会えるかもしれないという喜びが湧き上がっていた。
 漠然と自分は日本には戻れないかもしれないとは思ったが、ただ今はその喜びを噛みしめたかった。

 「宜しいのですか?御主人様。彼女を連れていっても」 
 リビングに戻ると、リュゼットがクレスに聞いてきた。
 ウーネは台所で料理を始めている。リュゼットが料理をしないのは、彼女が料理を含め家事全般が何一つできないからであった。見た目は知的でクールなやり手に見えるリュゼットだが彼女は護衛専門のメイドだった。
 「置いていくわけにもいかないし、あの様子じゃあどこかの街にも置いてはいけないよ」
 「しかし、あちらには私たち三人が向かうと連絡がいっているはずです。ディム様は北都に向かわれたので途中まで一緒だったのは問題ありませんでしたが……」
 三日前に別れた親友の顔を思い出しながらクレスは答えた。
 「僕の妹ってことにしよう。見た目が似てるからごまかせると思うし、彼女の分の経費は侯爵から貰った支度金から出そう」 
 「御主人様がそう仰るのであれば………」
 リュゼットは表情が変わらないので、クレスの決定に不満なのか納得しているのかわからなかった。反対されても聞き入れなかっただろうが。
 「そうだ、ユキネに君の着替えを貸してやってくれないか?あのままの格好では大変だろうから」
 「構いませんが、メイド服になりますよ?」
 「それしかないの?何で?」 
 「メイドですから」 
 淡々と答えるリュゼットにクレスは言葉を失う。そして、台所のウーネを見る。雪音の体格はウーネとリュゼットの中間くらいといった見た目であった。少しきついがメイド服よりはマシになるからウーネに借りようかと考え、ウーネの背中に声をかけようとする。だが───。
 「あたしもメイド服しか無いからね」 
 こちらを振り返りもせずにウーネが言った。 
 そう言えば、今更ながらだがこの二人と旅をしてきた二十日あまりの間に彼女たちのメイド服以外の姿を見たことがなかったことを思い出す。
 何も言えずに口を開けたまま黙っていると、リュゼットは踵を返し寝室に向かっていった。おそらく自分の着替えを雪音に着せに行ったのだろう。
 クレスはソファにもたれかかり、部屋の中を昼間のように照らす魔導灯を眺め思いを巡らせた。
 ここ一月あまり色んなことが変わってしまった。気付けば遠く離れた他国にいるのだから。 
 
 何故こうなったのか。それはあの剣術大会が始まりだった─────。
 
 
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