4 / 24
番外編『邯鄲(かんたん)の夢』
まいさんとの『秘めごと』【1】
「あそこのシュークリーム、まぢヤバイよね~ッ」
まいさんのお仕事がお休みの日は、とにかく早く家に帰ることだけを考える。
足早に昇降口へ向かう途中、階段の踊り場にいた女子の会話が、耳に飛びこんできた。
『シュークリーム』『ヤバイ』という単語に、一瞬、眉を寄せたものの、すぐにそれが「好意的表現」のほうなんだと気づき、止めかけた足を階段に下ろした。
……どうにも、苦手な表現だった。
「あっ、進藤くん! いま帰り~?」
当たり前のことを訊いてくる彼女は、確か同じクラスだったはずだ。
鼻にかかった甘ったるい話し方に聞き覚えがあった。
「ねぇねぇ、進藤くんも、『シャル・エト』のシュークリーム、好きだよね? 前に買ってるところ見かけたし」
「なにソレ、進藤ってスイーツ男子なのぉ?」
「……ごめん、急いでるから。じゃあ」
僕が好きなのは、シュークリームじゃなくて、まいさんなんだけど、と。
心のなかで訂正して、僕は彼女たちに背を向けた。
『シャル・エト』っていうのはまいさんが勤めている洋菓子店の名前で、正式には『シャルル・エトワール』という。
以前、まいさんが、
「めっちゃ横文字だけど、和菓子も扱ってるし、おまけに店名由来がよく解んないんだよね~」
と、言っていたけど、お店の紙袋や箱に描かれたデザイン文字はけっこう洒落ていて、僕は好きだった。
「あーっ! 進藤くん、待って待って~。
ね、終業式の日に、クラスの何人かでクリスマス会やる予定なんだけど、来ない?」
「───悪いけど、本当に急いでるんだ。あと、そういう皆で集まって何かするとか、興味ないから」
追いかけて来た彼女に、はっきりと断ると、踊り場に残されたもう一人の女子が、大きな声で言った。
「ほらな~、進藤は付き合い悪いの分かってるんだから、誘うだけ無駄だって」
「でもぉ……」
なおも言い募ろうとする彼女を尻目に、僕は階段を降りて行く。
……バスの時間ぎりぎりなのに、無駄な時間とられちゃったな、と、思いながら。
*****
玄関の扉を開けると、良い匂いがした。
……これは、オムレツかな?
ダイニングキッチンに直行して声をかける。
「ただいま」
フライパンから、黄色い楕円形の物をお皿にすべらせているまいさんが、僕に向かって微笑む。
「お帰り。ご飯すぐに食べる?」
「ううん、先に、まいさんが食べたい」
「────アホなこと言ってないで、うがい手洗いしてきなっ」
「……はぁい」
半分以上は本気の僕の冗談は、たいがい低い怒声ではねつけられる。
でも、返される言葉はきつくても僕をにらむまいさんの頬は、照れを含んで、わずかに赤い。
そんなまいさんの反応を見たくて、わざと怒らせるようなこと言ったりする僕を、まいさんは気づいているのかなぁ?
ささいな日常のささいな会話でさえ、僕がどれだけ幸せを感じているのか……まいさんは、解っているのかな?
「僕、まいさんのオムレツ好きだな。
具沢山だし……オイスターソース、使ってるよね?」
汚れた調理器具を洗うまいさんを囲うように、流し台の縁に両手を置き、後ろからのぞきこむ。
「使ってるわよ。
……ってか、邪魔してないで、先に食べてなさいよ」
「えー? 今日は、帰りのバス乗り遅れたから、まいさんとの時間、一時間損しているんだよ? 少しでも、取り戻させてよ」
そのまま、まいさんを背中から抱きしめる。
甘酸っぱい香りを深く呼吸しながら、首筋にキスをして、やわらかなふくらみに手を伸ばした───ところで、手の甲を、泡だらけの指につねられた。
「いたっ……。
ちょっとくらい、いいでしょう? まいさんに触らせてよ。じゃないと僕、『まいさん欠乏症』で死んじゃうよー」
「……あんたが死にそうなのは、お腹が減っているせいよ。早く食べないと、冷めちゃうじゃないの」
あきれたように僕を斜めに見上げてくるまいさんに、負けじと言い返す。
「じゃあ、せめてチューだけでもさせてよ。そしたらあきらめて、ご飯食べるから」
「……嫌よ。あんたのキスってヤラシすぎて、それだけで終わんないじゃない」
僕を上目遣いに見て、唇をとがらせるまいさんに、くすっと笑ってみせた。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。