【本編・完結】神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜

一茅苑呼

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漆 禍(まが)つびの神獣(かみ)【下】

《十》白い神獣、降臨【転】

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 咲耶の異変に気づいたらしい犬朗と転々に、強くうなずき返す。

 ……ここで咲耶があきらめてしまえば、すべてが水の泡だ。

「……ほう」

 さざなみのように広がった人々の不審と疑念に対し、動揺する素振りも見せずにこちらを振り返ったのは、本物の国司・萩原尊臣だった。

「誰が仕組んだ余興かはしらんが、まがつ神を滅する儀を中断させようとはな。
 ……いいだろう」

 ニヤリと不敵に微笑み、手にした細長い物を己の身を映したような存在へと、放って寄越す。

「“神逐らいの剣”だ。萩原家の正統な剣の継承者にしか扱えないとされる、な。
 お前が本物の萩原尊臣だというのなら、そいつを引き抜けるだろう?」

 自らに化けた たぬ吉に対し、証明を求めることで自分こそが尊臣本人であることを証明する。

 そこに、物事に動じない強かな精神力と、予期せぬ出来事を楽しむ余裕を感じさせ、格の違いを見せつけられた。

「も、物ノ怪だ! 尊臣様に化け、神聖なる儀式を邪魔する不届きな輩を即刻、引っ捕らえよ!」

 我に返ったように、どこからか声があがる。

 正体を見破られ、棒立ちになる たぬ吉を捕らえようと、周囲の者らが動いた。

 瞬間。地中から黒い煙が立ち上ぼり、風が大きな渦を巻く。

「うわあッ……!」

 集まり出した者たちを弾き飛ばす、旋風。

 衝撃に、幾つもの悲鳴とうめき声が、辺りにこだました。

(犬貴!)

 白い水干に身をつつんだ、黒虎毛の犬が姿を現す。

 恐怖をはらんだどよめきが、場にいた者たちからわきあがった。

 そのなかで、人よりも人らしく毅然きぜんとした態度で犬貴が言い放った。

「不当な手段で奪われた我が主を、返していただく」

 衣をひるがえし、和彰の神の器へと瞬く間に距離をつめる───はずだった。

 閃光せんこうが、行く手を阻むように犬貴の左肩を貫く。

 祭壇のある方角から、続けざま放たれる、まばゆい光の攻撃。

 咲耶は思わず、すがりついた犬朗の腕を、ぎゅっと握りしめた。

「犬朗っ……!」
「……咲耶サマ、まだだ」

 小声でうながす主を、かすれた声音が制する。

 その声に苦さが含まれるのは、咲耶同様、黒い甲斐犬をすぐにでも助けたい思いからだろう。

 空中に縫いつけられたかのように、光の矢は犬貴の身をその場に留める。

 四肢を拘束する力に対抗すべく、黒い甲斐犬がうなり声をあげた。

 咆哮ほうこうは周囲にいた者たちを震えあがらせたが、肝心の尊臣も力を差し向けた愁月も意に介した様子はない。

「尊臣様」

 白木のさやに覆われた大きな刀を拾い上げ、愁月は本来の持ち主へと手渡す。

(あれが……)

 “神逐らいの剣”という大層な名の割には、何の飾り気もない質素な造り。

 剣というが、片刃の太刀たちであろうことがうかがえる、細身のものだ。

 だが、その存在ゆえに、和彰たち神獣が軽んじられてきたのも事実なのだ。

 咲耶は、大きく息をつく。

 気を抜くと、自身を保っていられないほどの、何か大きな『力』に支配されてしまうような感覚にとらわれる。

(怖い……)

 その感覚に呑み込まれそうな自分も。この先に待ち受ける事態も。

 揺れ動く視界に、咲耶が懸命に目をこらした、直後。

 尊臣の手で、すらりと引き抜かれた刃が、白い神獣の化身へと、突き立てられた───。

「……っ、あ……」

 鈍痛が咲耶の身を襲うのとほぼ同時。

 黒い獣の怒りに満ち、たけり狂う声が、空間を震わせた。

「咲耶サマ……!」

 犬朗の呼びかけに声に出さずにうなずき、傍らで心配そうに咲耶を見上げるキジトラ白の猫に、無理やり微笑んでみせた。

 それから、大きな背中に合図を出すように、しがみつく。

 息苦しさのあまり必要以上に力が入ったが、赤虎毛の犬は主の身体の状態よりも、その想いに応えることを優先したようだった。

 右腕で咲耶を背負い、左手にいかづちの力を凝縮した剣を手にして、隻眼の虎毛犬が跳躍する。

「行くぜッ……“神鳴しんめい剣”!」

 空を切り軽々と人身の頭上を越え、犬朗は和彰の神の器がある祭壇の前へ、咲耶ごと着地しようとする。

 降りざまに振りかざした斬撃は、神をもはらうとされる剣に真っ向から受け止められた。

 拍子に、咲耶は犬朗の背中から転がり落ちる。

「咲耶!?」

 不遜な男の顔に、ここにきて初めて動揺が走った。

 その目が、背後にいる己の命に忠実であったはずの官吏に、向けられる。

「愁月ッ……!」
「……おっと。よそ見をしてる場合か? 国司サ、マっ!」

 相対する男のゆるんだ力と体勢に、すかさず赤虎毛の犬は握る剣に拮抗きっこうをくずさんとする力を込める。

 とたん、小さな稲光が発せられ、辺り一面を昼のように明るく照らした。

(和彰……待っててね、いま助けるから……!)

 咲耶は朦朧もうろうとする意識の影響で、たたらを踏みながらも和彰の身体に近づき、“神逐らいの剣”によって負わされたであろう傷をのぞきこむ。

「……っ……」

 大量出血していないのが不思議なほどに、首筋には大きく裂かれた傷跡があった。

 咲耶の脳裏に、以前、愁月に見せられた綾乃あやのの神の器が浮かんだ。

(いまの和彰の神の器は、仮死状態ってことなのかもしれない)

 魂魄こんぱくを切り離された状態。愁月がした綾乃の神の器の説明は、そのまま目の前の和彰にも当てはまる。

 違うのは、和彰の場合はあらかじめ愁月が人為的に・・・・こころ』と『からだ』を分けたことだ。

(私のもつ神力は、『治癒と再生』)

 斬られれば神の器でさえ再生を許さないとされる、“神逐らいの剣”。

 反して、白い花嫁には、死者すらよみがえらせる神力ちからがある。

 まるで『矛盾』の故事を彷彿ほうふつとさせるような事態に、しかし咲耶には、愁月を信じて神力を奮うより他に、道は残されていない。

(和彰、お願い、還ってきて……!!)
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