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捌 忘れえぬ故郷(ふるさと)【上】
《六》咲耶、お前に逢うためだ。【承】
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様々な人の顔と声が、現れては消えていく。その合間に見える景色は、知るはずのない遠い世界のもの。
『喚びて来たりし白虎の対なるは之此処に在らんとす。契りし者を欲する我が身に降りて賜らんことを。解錠』
『そなたが呼ぶことで、初めてあれは、名をもつことになるのだ』
『わたしが姫さまにお仕えしている以上、姫さまの望むことをするのは、当たり前のことなのです』
『あの方は、淋しい方なのです。ご出生もお育ちも……他の虎様方と、違われてますから』
『へぇ……年増って聞いてたけど、こうして見ると、ハクと釣り合うくらいの歳に見えるじゃないの』
『お前の言動は、脈絡がない。だが……悪くない』
『“仮の花嫁”であるうちは、お前や私がいたあの世界に戻れる』
『お前さえ側にいてくれるのなら、私は、名などなくとも良いのだ』
『うちの姫サマに気安く触んじゃねぇよ。俺が椿チャンや犬貴に、怒られんだろーが』
『咲耶さま、お迎えに来たよっ! 詳しい話は、あとでしますからねっ?』
『忘れるな。私が欲しいのは名ではない。お前が私に与えてくれる、優しい彩りなのだ』
『あ、あの……ボクから見える咲耶様は、こういった感じなんですが……に、似てない、です、か……?』
『笑止な。妾はそのような戯れ言を聞くために、ここに居るわけではないぞえ?』
『月からの使者の迎えも、天に帰る羽衣も、ないからではなくてか?』
『咲耶サマは、変わった御人だって、コトさ』
『白の姫、わたくしは傀儡なのでございます。正確には、表向きの国司・尊臣を名乗っておる者』
『はっ。慈悲? 愛情? そんなもので、腹がふくらむものか。人がみな、高潔で貴い精神をもっているとすれば、話は別だがな』
『お前の望みは、私の望みでもある。ひと晩かけて、お前のことを私に、教えてくれ……』
『彼の御方は、すでに“役割”を終え、現世には居られません』
『あんたさぁ、ハクとの間に子供ほしい?』
『これから、わたくしと共に商人司の屋敷に行き、神力を顕していただきたいのです』
『さぁさぁ、サクヤ姫様。その神力でもって、これを生き返らせていただけますかな?』
『───俺のために、旦那を呼んでくれ』
『お前にとって私が神という存在で、そのことによって私を呼ぶのをためらうというのなら、私は神でなど、いたくない』
『ふむ、我には道理が解らぬのだが。再生も治癒も、自然の摂理に反した行いであろうに』
『私は以前、綾乃様……ハク様の親神様に、お仕えしておりました』
『綾乃は、再生を許さないと言われる剣に、魂魄を切り離されてしまったのだ』
『どうぞ、召し上がってくださいませ。多少なりとも、姫さまのお力になるはずです』
『ハ、ハク様、早く元のお姿に、お戻りになられると良いですね』
『不可解で無駄な言動が多く、私を悩ませるのがお前という存在だ。
だが、だからこそ私は、お前自身をこれほどにも乞うのだろう』
『尊臣公はそれを、禍つびの神獣───ハクの仕業と結論づけおった』
『わたくしに、手荒な真似をさせないでいただきたい』
『そなたの心にも、いつかは桜咲く日が訪れよう。案ずるな。今はまだ、その時ではないだけだ』
『不当な手段で奪われた我が“主”を、返していただく』
『無駄だ。神逐らいの剣が断ち切るのは、魂魄なんだからな』
『師には感謝しかない。こうして、お前と出逢わせてくれた』
『そなたは本来、喚ばれるべき者ではなかったのだ、咲耶』
『咲耶殿。その気持ちを伝えるべき相手は、この世界には居りませんよ』
『そして汝は、かの者の記憶とそれに付する一切の記憶を手放し、この陽ノ元を去ることとなる』
『咲耶───』
幾度も呼ばれ、ささやかれた声音。
肌に触れる指先と吐息。
青みを帯びた黒い瞳が映すのは───彼を想う自分。
※
咲耶は肩を大きく上下させ、必死になって呼吸を整える。
押し寄せた記憶の波と自らの感情の渦に、混乱しきったまま問いかけた。
「……どうして……?」
咲耶の右手をにぎりしめたままの美貌の青年。霜月柊という咲耶の『彼氏未満』の存在。
「どうして、和彰が、霜月くんなの……?」
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