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参 まやかしの花器
期間限定花嫁の惑い【一】
しおりを挟む客人として通されたのは、庭に面した八畳ほどの部屋だった。
雪見障子からは、いまは赤く色付き始めたモミジが見える。
床の間に活けられた菊は一輪だが、質素に見えて品の良さを感じさせた。
時の経過は体感と太陽の位置でしか分からないが、おそらくいまは昼過ぎくらいだろう。
(私はここでどうしたらいいのよ……)
娯楽のない一室。瞳子に生け花の心得でもあれば、床の間にある花器や活け方も楽しめるのだろうが、あいにくそんな高尚な趣味はなかった。
(それにしても……)
瞳子はいまのいままで考えずに済ませていたことを、思いだしてしまった。
(セキって一体、なんなのよ)
セキの弟だという虎次郎が現れ、彼の導きであれよあれよという間に、気づけば萩原家の敷居をまたいでいた。
道中、瞳子は虎次郎の操る馬に、セキは虎次郎が連れていた従者の馬を借りる形となって。
(いつもなら、絶対断ってた)
会って間もない男が駆る馬に相乗りするなど。
けれども、直前のセキ──『萩原虎太郎尊征』という人物に対する過剰な情報が、彼に近寄ることを避けさせた。
幸い、虎次郎のなかで瞳子は、赤い“神獣”の“花嫁”という立場であり、丁重に扱うべき存在として、接してくれていたのも良かった。
それもこれも、瞳子の着衣に虎次郎が気づいたおかげだろう。
(着る物が身分証代わりって、本当なんだ)
朝食を摂ったのち、自室に戻った瞳子に“花子”である桔梗が差し出したのは、昨晩 瞳子が望んだ着物だった。
緋色の小袖の袂と、黒い筒袴の裾には、銀色の糸で紡がれた蔦葛の模様──“神紋”があった。
「瞳子さま。こちらのお召し物はあなたさまが“花嫁”様であることの証となるものでございます。
下々のなかには稀に通じぬ者も居りますが、萩原の者となれば、先代からの教えもあり、不埒な真似をする者もいないはず。
どうぞ、御守り代わりといってはなんですが、付き添い叶わぬわたくしと思い、お召しになって行かれませ」
と言われ、有り難く着させてもらったが、それが功を奏したようだ。
(なんか、兄弟仲もあんまりよく無さそうだったし。それに……)
瞳子でさえも感じたことだが、萩原の邸の者達の態度が、セキに対してあからさまに悪かった。軽んじている、といったほうが正しいか。
セキが瞳子を紹介する前に、虎次郎から、
「こちらは隣国“上総ノ国”の赤い“花嫁”様だ。失礼の無きよう、皆でおもてなしせよ」
と、出迎えた下男や侍女に通達されていた。
何度か、セキが瞳子と話をしたい素振りをうかがわせもした。
が、瞳子自身、気づかぬ振りをしたり虎次郎に阻まれたりと、この邸に着くまでの間、ついぞその機会はなかった。
(ちょっと情報の整理をさせて欲しいのよ)
決してセキを無視した訳ではないのだ、と。瞳子は、ほんのわずかに生まれた後ろめたさをそんな言葉でごまかした。
(だって……まず、離縁って、何)
最初、村を治めているだろう初老の男に対しての言葉は、あまりなじみのない単語からやや流しぎみに聞いていた。
だが、虎次郎に対して放った宣言のような言葉のなかでの二度目の「離縁」は、聞き捨てならなかった。
(そりゃあね、見た目の歳からして結婚してたって、まぁおかしくないでしょうよ)
瞳子より五歳くらいは年下に見えるから、おそらく二十五六か。さらに、結婚していれば、子供がいてもおかしくない。
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