【本編】神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

一茅苑呼

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参 まやかしの花器

『人』との決別【二】

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「兄上」

 瞳子と共に広間を後にするセキに、声がかかる。立ち止まり、けれども振り返ることをためらう背中に、もう一度、声がかかる。

「兄上。……よろしいですか」

「……俺はもう、お前の『兄』ではないだろう」

「血の繋がりだけが『兄弟』をつなぐものではないのではありませぬか。それは、兄上も、ご存じのはず」

 何を、と、思わず応じて振り向けば、そこに、虎次郎と実緒の姿があった。

「“神獣”サマだからと、私になさった数々の所業を、いまさら無かったことにできるとでも? 忘れられぬ思い出が、今もここに、あります」

 得意げに言いおいて、虎次郎が自らの胸もとを押さえる。その言葉に秘められた想いが、セキの心を揺さぶった。

「虎次郎……」

 感極まって見返せば、どこかそんなセキの様子を面白がるような笑みで虎次郎が言った。

「年端もゆかぬ私を、肥溜こえだめに落とし、木から吊るし、滝つぼに突き落としたこと……もうお忘れか?」

「いや……うん、お前が可愛いくて、つい、な」

(まさか、昔の悪戯いたずらを蒸しかえされるとは……)

「あ、けど、最後のは実緒が主体になってやったヤツじゃなかったか?」

「は? コタが面白がってやったことで、わたくしはコジの為を思ってやりましたが?」

「……お前もやってんじゃねーか、結局」

 瞬間、横にいた瞳子が盛大に噴きだしたので、驚いて彼女を見下ろした。

「ごめん! なんか、おかしくって……三人、本当は仲が良かったのね」

 こらえきれずにといった様子で笑い、自分を見上げてくる瞳子の顔に呆けていると、すかさず実緒から茶々が入った。

「やっだー、デレデレしちゃってー。
 ずっと気になってたのよ。な~んかコタ、格好つけて話してるし。へえー、あっ、そうー」

「私も最初、兄上は物の怪にでも取りかれたのかと心配しておりましたが……ああ、そういうことでしたか」

「いや、納得すんな」

 したり顔で話す虎次郎に突っ込むも、瞳子の笑いを誘うだけで。こんな些細なことで彼女の笑顔を見られるとは思っておらず、とまどってしまう。

「ええと……瞳子、さん? じゃなくて、やっぱり姫様のほうが良いですかね?」

「あの、全然、瞳子で構いませんから」

「あ、では、瞳子さん」

 にっこりと、実緒が瞳子に笑ってみせる。

「コタのこと、よろしくお願いしますね。時々無神経なほどに阿呆ですけど、悪い男じゃないので。
 あと、最初感じ悪くして、ごめんなさい。すべてこの阿呆で馬鹿な男のせいで、瞳子さんにはなんの罪もないのに」

「いえ、それは、もう……気にしないでください」

「やーん。瞳子さん、こんなに美人さんなのに優し~い~。コタにはもったいなーい。やっぱよろしくしなくていいでーす」

 実緒にギュッと手をにぎられ、距離感の近さからか、たじたじとなる瞳子。

 それを見て、あわてて間に入ろうとするも、虎次郎に先を越された。

「実緒。瞳子様が驚かれている。手を離せ」

 次いで、真剣な眼差しを向けられる。

「兄上。“神逐かむやらいのつるぎ”のことですが」

「ああ、すまない。これは、お前に──」

「いえ、結構です。私に剣の心得もなければ、霊などをる力もないこともご存じでしょう?」

「いや、確かにそれはそうだが……」

 その昔、三人で肝試しをした時も、実緒が泣き叫び『虎太郎』があやかしと対峙するなか、一人ぽかんとしていた姿が思い返される。

「ですので、どうぞそのままお持ちください」

「仮にも『神剣』だぞ? 手元に置いて、お前の護り刀としてもいいだろう」

 萩原家のものだ、と、譲れない思いで虎次郎へ引き継ぎを申し出る。

 ところが、

「そうですね、そこまで言うのであれば……」

と、虎次郎は含み笑いで言った。

「どうぞ“大神社おおかむやしろ”に、奉納なさってください」

 そこに、厄介な人物がいることを知っていて、セキに託したのは、疑いようもなかった。



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