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肆 たそかれの記憶
花嫁を欲する理由【一】
しおりを挟むセキの前に背を向けて立つ、後ろ姿。
栗色の髪は肩先ほど。白い掛水干に、ふくらはぎ半ばまでの黒い筒袴。
背丈は瞳子と同じくらい。女性らしい丸みのある身体つきで、セキをかばうように広げた両腕の先、右手の甲にあるのは──。
「咲耶様!」
「──っと、旦那っ!?」
白い三本の爪痕──白い“花嫁”である“証”が刻まれている。
そして、彼女の傍らに立つのは、セキが目通りを願っていた人物。
「お初にお目にかかります、白虎様」
超然とした佇まいの白き“神獣”に軽く頭を下げたのち、セキは、こちらを振り返った女性に苦笑いを浮かべてみせた。
「ご無沙汰をしております──咲耶様」
「コタくん、だよね? なんか……大きくなったねぇ……」
「咲耶様は、お変わりなく……いえ、あの……助けていただき、ありがとうございます」
呼び方と眼差しが妙に面映く、セキは、しどろもどろに言葉を返す。
あはは、と、そんなセキを笑い飛ばすのは、“下総ノ国”の白い“神獣”の“花嫁”、松元 咲耶であった。
「相変わらず、正直っていうか……。
ね、私のこと『サクヤ姫というからにはどんな女性かと思ったら、何やら地味な面立ちですね』って言ったの、覚えてる?」
「いえ、あの……物知らぬ阿呆な子供の戯言ですので……」
(ああ、あの当時のオレを、今すぐ抹殺したい……!)
養母である由良、乳母の早穂。器量好しで評判の女性に囲まれて育った『虎太郎』だ。
絶世の美女だという神話の女ノ神、此花咲耶姫と同じ名を冠する“花嫁”。
きっと、身の回りの女性よりも美しいのだろうと想像していただけに、子供ながらの正直な感想が出てしまったのだ。
「ううん、いいのいいの。
あの頃、私のこと変に持ち上げる人ばっかりでウンザリしてたから、コタくんが『王様、服着てないじゃん!』って言ってくれたの、スッキリしたんだよね」
「はぁ……」
例えがよく解らない。
が、当時もいまも、咲耶のこの気さくな感じと優しい気遣いが、慈愛に満ちた白い“花嫁”にふさわしいのだけは、解る。
「──お前は咲耶と、昔話をするためここへやって来たのか」
一瞬、氷室のなかに入ったのかと錯覚させるほどの低い声音が、咲耶との間のなごやかな空気に割りこまれた。
(そうだ、オレは)
真理をつく白虎の問いに、セキはぎゅっと拳をにぎり、ふたたび彼らに頭を下げた。
「無作法を承知で申し上げます。
咲耶様、瞳子を助けてやってもらえないでしょうか?」
「コタくん──あっ、いまは、セキくんか。
瞳子さんて、あなたの“花嫁”になった人だよね? ごめんね、文に目を通したの、実はいまさっきで……」
「ちぇき様!」
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