夫婦喧嘩で最強モード!

長谷川凸蔵

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帝都編

チチチチチッ!

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 最近帝都の上流階級では、「プライベート」という考え方が流行している。公私を分けて、私的な時間を大切にすることで人生の充実を図るといった考えだ。

 今リックとカスガを乗せた馬車も、そういった「プライベート」の考え方を反映し、外部からの隔離を優先する造りになっている。

 黒塗りの車体にガラスを嵌め込んだ窓には、木戸も付いており、木戸を閉めることで外からの視線を完全に遮断できるようになっている。

 天井部分は撥水性のある火食い牛の皮をなめした物を、蛇腹構造で開閉できる仕様になっており、今日のように陽気のいい日は木戸を閉めて外からの視線を遮りつつ、贅沢に陽光を堪能することができる。

 街道を走る車内から、外からの視線は遮られているため中の様子は見えないが、カスガの声が切なそうに聞こえてくる。

「あっ……ちょっと……リッくん……」

「そんな、あ、凄い……立ってる……何それ……ちょっと、こんなところで……」

「あ、ダメだよ……」

「…………あの、ちょっと黙ってくれる?」

 揺れる馬車の中で一切バランスを崩さず逆立ちし、指の力だけで全身を支え、腕立て伏せをしながらリックはカスガにお願いする。

「だって、凄いんだもん、この振動で倒れず耐えるなんて。すぐ倒れると思っちゃった」

「……ありがとう」

そう言って、腕立て伏せを続ける。

「というかリッくん、何やってんのこんな狭いとこで」

「いやー、鍛えないと鈍っちゃうから。折角外から見られないし、ちょっと変わったことしたいなと思って。揺れるからバランスを鍛えるのに良さそうだし」

 街道で本来の護衛と合流してから、既に4日が経過していた。

 二頭立ての馬車は、帝国軍専用の馬屋の使用が認められているらしく、繋がれる馬たちも一般の馬と比較してもかなりのスピードを維持しつつ、長距離を走行するのに改良された品種との事だ。

 その為、通常の旅よりもかなり早く帝都に着けそうだ。実際リックが予想してた宿場町は二つほど飛ばしている。

 街道を村の方面から急いで来たというハナムに、リックはどう話そうか迷ったが、騙されそうになったが逃げてきた、騙そうとした組織はどんな組織かわからないと事実を脚色して話した。

 実際の出来事をそのまま話せば、帝国に仇をなす組織の長を放置したことを非難される可能性があったからだ。

 運が良いことにハナムは自分の任務に落ち度があることは良しとしない人物だったようで、お二人が無事ならそれで良いとそれ以上の追求はなかった。

 二日目の夜の宿場町での食事時、普段は色気なく、ボサボサとした長い茶色がかった金髪を、邪魔だからと適当に後ろに纏めてるカスガが、珍しく髪をかして現れた。

 青い少し垂れ気味の瞳が、男の保護欲を刺激する。その瞳と梳かした髪が完璧な調和を見せた為か、カスガを食堂にエスコートしながらハナムは熱い視線を送る。リックはその様子がちょっと気になったが、まぁよくある事なので気にしない事にした。

 それ以外の時間は馬車に揺られながらたまにカスガに「リッくん、ヒマ」と言われ、会話を探すだけの時間だった。

 腕立て伏せをしているリックにカスガが話しかけてくる。

「ていうか、リッくんは武術も使えるんでしょ? 魔力で強化できるなら、体なんて鍛える必要あるの?」

「うん、武術では魔力操作は勿論だけど、基礎体力も大事だよ。基礎体力を鍛えながら、同時に魔力を操作することで、武術での魔力操作の感覚と体の感覚を統合していくんだ」

 話しながら、呼吸を乱すことなく、左手を馬車の底から話して右腕だけで腕立て伏せを始める。

「へえぇ」

「例えば竜神族は、生まれながらの喧嘩屋なんて言われるけど、生来の強靭な肉体もその理由だね。父さんは『頑健な肉体が無ければ、技は乗らない』っていってたけど」

「おじさまが言うなら、間違いないわねー」

「武術教えてって頼んでも、体鍛えろしか言わなかったな。鍛え方は父さんの真似だけど」

「リッくんって、ほんと、二人に何も習ってないよね」

「うーん、二人とも感覚派らしく、見て真似するのは構わないけど、教えるのは無理って感じだったなー、母さんはよく『しょうがないじゃん、できちゃうんだもん』って言ってたな」

「えーっ……」

「まぁ見てるだけでも学べることはたくさんあるからね」

 右手で体をジャンプさせ、腕を入れ替える。

 それから暫くして

「カスガさん、右手側です、見えてきましたよ」

 馬車の外から、ハナムが声をかけてくる。

 カスガが木戸を開けようとしているのを確認し、リックは逆立ちを中断する。カスガが馬車の窓から少し身を乗りだし、リックはカスガの後ろから窓の外を眺める。

「わぁ、もうすぐだね」

「はい、あれが紅の都、『帝都ノスト』です」

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 フラスコ大陸北西部に位置するこの地域では百五十年前、まだ小国だったノーウェスト家八代目当主にして後の初代皇帝、シュザイン=ノーウェストによって、良質な土が採れる事からレンガ作りが推奨された。
 
 当時まだ王都だったノストを、火事延焼を防ぐことを目的として全てレンガ造りとする事を義務化し、レンガのブランド化を推進した。

 レンガ造りで統一され、遠くからも紅く輝いて見える王都ノストは、数多の芸術家が絵画にし、その美しさを世に知らしめた。

 その結果、フラスコ大陸ではノスト産のレンガで家を作ることが富裕層の中で一つのステータスとなり、レンガの輸出はノーウェスト家に莫大な富をもたらした。

 その富が他国への遠征の資金となり、各地の富裕層が次々と飲み込まれて言ったのは皮肉な話だ。

 帝国がフラスコ大陸西方をほぼ手中に治めたときには、帝都はかつてないほど拡大していた。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「帝国第三騎士団ハナム、奨学留学生カスガ様をお連れ致しました」

「ご苦労様です」

 カスガの通うノスト大学の寄宿舎入り口で、ハナムが寄宿舎の管理人に報告する。

「ではこちらと、こちらへサインを。あ、リックさんは荷物をあちらへ下ろして貰えますか」

 ハナムがてきぱきと指示をする。書類に不備が無いことを確認し終えて

「お二人を無事護衛し、帝都にお届けできて安心致しました。今後の学業が実り多きこと、心より祈念致します」

 とリックの方は一切見ず、カスガに向けて言う。

「ハナム様が道中、ただの村娘である私ごときに任務の義務以上に心を砕いてお世話していただき、なおかつ今後の学業にまでお気遣い頂き、身に余る光栄です。ご迷惑で無ければ、今後私が道に迷ったときは、ご相談してもよろしいでしょうか」

「も、勿論です!」

「今回の事を含め、また日を改めてお礼できればと思います」

「はい、では私はこれで失礼します、では!」

 なんか「では」を二回言って、ハナムが馬車に乗り、出発する。カスガは見えなくなる迄、手を振り続ける。

 ハナムが見えなくなった頃、丁寧な言い回しを上手くできたのと、それによるハナムの態度に気を良くしたカスガが、どや顔してリックを見る。

 リックはカスガの視線を感じ、その顔を不思議そうに眺めてから

「ん? 何?」

 と聞いた。

「チッ」

 リックのリアクションが望んだ物ではなかったのか、カスガが舌打ちする。

「え、何、怖い」

「チチチチチッ!」

「…………小鳥の警戒音?」

「チチチチチチチチチチチチッ!」

 そんな二人のやりとりを、管理人は気まずそうに見ていた。

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