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◆in the days before

第0話「ある中尉の独白」【挿絵】

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 世間じゃ騎士物語みたいに語られる方舟戦争だが、私にはまったく良い思い出がない。
 弱い者を狙って爆弾を落とし、今度は自分が墜とされた。捕虜として尋問を受けていて思ったものだ。これで女子供を焼き殺さなくてすむんだと。
 あの・・死神たち・・・・出会ったのは私にとって神罰であり、そして救済だった”

ガミノ神国空軍所属のアメリカ人義勇兵 アルフレッド・モーガン中尉の回想より
※作者注:引用した証言は全て当時の階級・姓で記載している。



 屑どもが! 神の怒りを受けやがれ!

 内心で吐き出した「神の怒り」とは、この世界・・・・の竜神ではなく、彼らアメリカ義勇兵が信仰するGodである。

 苛立ちの原因は、彼が機長を務める重爆撃機〔B-17〕びー・じゅうななの現地飛行兵たちだ。
 初めての出撃で彼らが上申してきた内容には、正直耳を疑った。

「機長。機関銃でラナダ人共を直接狙い撃ちたい。爆撃が終わったら低空飛行して頂きたい」

 自分達が手を染めている戦略爆撃は、後方の民間人を焼き殺す鬼畜の所業である。自分だって祖国の命令で無ければ異世界・・・くんだりで放火魔の真似などしていない。
 アメリカ人義勇兵も、ハンティングと称して地上の目標・・機銃掃射きじゅうそうしゃをかける恥知らずが少数ながらいると聞いてもいる。

 だがこいつらは自分たちの身の安全すら、ラナダ人を撃ち殺すことより重要でないらしい。

「そんなことをしたら重爆撃機は戦闘機か対空火器の餌食だ。そもそもこの〔B-17〕は頑丈だが重くて低空飛行には不向きだ」

 この説明をするのは何度目だろうか?
 しかし返事はいつも決まっていた。

「しかし、背教者どもをもっと殺したいのです!」

 知るか! 俺はクリスチャンだ!
 馬鹿正直に返すわけにいかず、こちらもいつもの返事をする。

「検討する」

 勿論検討するだけ。まるで日本人の言いぐさだ。
 向こうの義勇兵はラナダ側で必死の防空戦を繰り広げている。
 正直代わってほしい。

 何故神に創られた我々が民草を虐殺し、異教徒である日本人がそれを食い止めようとしているのか。

 割り切れない。
 自分の行為が祖国合衆国の国益になると知っているのに。
 爆撃手ががなり立てる。

『もうすぐラナダ領内だ!』

 黙れと怒鳴りつけてやる。
 副機長が勝手に機内無線を使い、機内で雄たけびが上がったからだ。挙句の果てに「爆撃手が羨ましい、自分にも代わって欲しい」などとんでもないやり取りが始まる。
 戦闘機が随伴しているとはいえ、下らない事で迎撃機を見逃しては世話はない。

『敵機発見!』

 そら、きた!

 上空の戦闘機、P-51ぴー・ごじゅういち〔ムスタング〕が一斉に敵機に向けて降下する。
 我が合衆国の誇る高性能戦闘機だ。早期に発見できたから何割かは追い散らせるだろう。たとえ重武装重火力の〔B-17〕を以てしても、被害ゼロなど夢物語。それは分かっているが。

 しかも、今回は事情が違った。
 黒点がみるみるうちに大きくなる。
 〔ムスタング〕の尖がった機首ではない。ラナダ軍機の丸い頭だ。

『なんだよ! 〔ムスタング〕はどうしたんだよ!』
『知るか! 機関銃は大丈夫なんだろうな!?』

 舌打ちは今日何度目だろう?
 おもちゃの軍隊を最新鋭機に乗せて戦うようなものだ。

 大量の破片が眼前で吐き出された。
 中央を飛んでいた〔B-17〕が火を噴いたのだ。編隊長機へんたいちょうきだった。

(馬鹿な! どこから来た!? 砲火のど真ん中に突っ込んで来たのか!?)

 走り抜けた灰色の機体は火花のごとし。
 普通爆撃機の編隊を狙うなら、外側を飛んでいる機体を狙う。防御砲火が比較的マシだからだ。
 噴水のよう吐き出される曳光えいこう弾に突っ込み、スロットルさえ絞らず、瞬時にど真ん中の編隊長機を潰す。人間業ではない。

『きっ、機長! あいつ機体に2本の・・・黄色い線・・・・が!』
「なんだと! 確かか!?」
『俺も確認しました! 確かにです!』

 無線越しの銃手の声は上擦っていた。
 奴が率いている部隊だとすれば、自分たちは最悪の相手と出会ってしまった事になる。



『ドクヒだ! ドクヒが来た!』

 叫び声が合図のように。2番、3番の矢が次々降下してくる。
 どうやら〔ムスタング〕と空戦を演じているのは囮だったらしい。
 防御砲火に穴が開いた編隊を虫食いのように穴だらけにしてゆく。1番機だけでなく、他の戦闘機も凄腕ばかり。

 ガミノ軍に散々煮え湯を飲ませてくれた厄介な〔ゼロ・ファイター〕乗り。機体に2本の黄色い線を描いた死神で、数多くの航空兵を竜神の御元に送り届けたと言う。
 噂では新型戦闘機と凄腕パイロットをかき集めた最凶の部隊を任せられたと言う。

 それがドクヒと呼ばれている。

 無線の先では銃手たちが狂ったように銃声を轟かせている。あれではすぐにリロードになるし、大した防御効果は得られまい。
 窘めようとして止めた。言っても無駄だし、弾幕を途切れさせたくない。
 無いよりマシである。

 五月雨式に挑みかかっても各個撃破だ。
 引き返してきた〔ムスタング〕の絶望的な戦いはその典型例だった。

 次々落とされてゆく護衛機に歯を食いしばる。
 乗り手もヤバいが飛行機も危険だ。すばしっこいのにクルクルと飛び回る。上昇も力強い。

『次が来るぞ!』

 そこからは無我夢中だった。編隊を引き継いだ〔B17〕を中心になんとか連携を立て直そうと右に左に操縦桿を倒し、編隊長機の横に付けるべく上昇を始めた時……。

 パッ、パッと、マグネシウムが燃えるような白い光に目を塞ぎ、後は憶えていない。



 気が付いたときにはラナダ軍の病院だった。
 自分はパラシュート降下で両足を骨折して、気絶しているところを捕虜になったと教えられた。
 軍医が無表情で言った。

「見つけたのが軍人で良かったな。民間人ならどんな目に遭っていたか……」

 無言で答えたのは、暗澹たる気持ちをどう表現して良いか分からなかったからだ。

 ともあれ、彼の戦争は終わった。
 帰国が決まった時、過去の新聞をむさぼるように読み直した。
 あの時撃墜されてから今に至るまでのだ。そしてようやく知ることが出来た。

 自分が戦っていた相手がどんな飛行機乗りたちだったか。

 北海の孤島を守り抜いた、7人のパイロットたち。
 彼らの物語を……。
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