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◆the day before

第18話「踊る会議と、旧友の来訪」【挿絵】

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”今だから言いますが、あの時は今度こそもう駄目だと思いましたね。
 私が必勝の策を打ち出したなんていうのはただの誇大広告です。内心では駄目で元々と思ってましたよ”

南部隼人のインタビューより



Starring:南部隼人

「徹底抗戦です!」

 航空隊だけでも撤退すべきと主張するワルゲス・ゾンバルト中佐に、菅野なおしは強弁に抗戦を主張する。

「分かっているのか!? たった5機の戦闘機でこの島を守り切れるわけがない! 無駄死にだ!」
「ここには2000人の島民が居るんです! 彼らを見捨てろと言うんですか!?」

 口論する上官2人を、一同は沈痛な面持ちで見守っていた。
 立ち合いを許されたリィルも、怯えた表情で2人の様子をうかがっている。

 ゲオルギー少佐は寝込んでしまい、戦車部隊のヘルマン・ダマリオ少佐は抗戦派であるものの、航空機の運用は門外漢である。

 合理主義に徹するなら、ワルゲスが正しい。
 無理な交戦で戦力を無駄にすり減らすより、撤退して再起を図るべきだ。
 ただし2000人の島民を見捨ててよいのなら。

「なら、俺が爆弾を抱いて敵空母に突っ込みます!」

 菅野ならそう言うと思ったが、残念ながら何の解決にもならない。
 仮に体当たりで空母の飛行甲板を使用不能にしても、敵艦隊が消滅するわけではない。艦砲射撃で飛行場を潰されたら、こちらは行動できないのだ。

師匠せんせい……」

 早瀬沙織が不安げに見上げてくるが、南部隼人とて太公望でもハンニバルでもない。
 この絶望的な戦力差を埋める方法など……。

「せめて、あと2機。7機の戦闘機があれば光明が見えるかも知れない……」

 指揮を執る1機、攻撃とそのフォローに1機ずつ。上空のエアカバーに4機。最低でもそれだけ必要だ。
 だが5機の新鋭機の内、パイロットは4人しかいない。

 不時着した〔ゼロ戦〕は何とか修理可能だそうだが、誰も乗り手が居ない。
 旧式の〔96艦戦きゅーろくかんせん〕はそもそも戦力にならない。
 最終生産型の液冷タイプなので、太刀打ちできなくはないだろう。が、あまりに鈍足過ぎる。性能差を埋められるだけのパイロットがいるなら、そもそも〔ゼロ戦〕の方に乗ってもらう。

 何か手は無いか、何か……。

「上空から小型機が接近してきます!」

 伝令から急報を受けて、全員が椅子から立ち上がる。

「要人を防空壕へ!」

 菅野が叫び、会議室を飛び出してゆく。
 隼人も後に続いた。



 双眼鏡を借り受けて見上げると、雨中にふらつきながら飛行場に向かってくる単発機が見えた。

「ブリディス空軍の|〔Fw-190〕! あれは味方機です!」



 既に飛行場に到着していたアレクセイ・レスコフ軍曹が報告と共に双眼鏡を渡してくる。
 体は大丈夫かと尋ねようとして、そんな場合ではないと思い直し、双眼鏡を覗き込む。

 ブリディス都市同盟はダバート王国、クロア公国と共に条約軍の主要国だ。そして沙織の祖国でもある。

 英独の機体を運用しており、ここカーラム戦線にも戦力を送り込んでいる。〔Fw-190〕は航続距離が短いため、あの機体も例の現象で飛ばされてきたのだろう。
 今頃ワルゲス中佐は自分は危ない橋を渡っていたと、肝を冷やしている事だろうが。

 飛来した機体が友軍機だと分かり、菅野や隼人らパイロットと整備要員は皆青ざめた。
 陸戦指揮官のヘルマン少佐が胸を撫でおろしていたのは、この状況での着陸がいかに決死行であるかを知らないに過ぎない。説明を受けてすぐ深刻な表情に変わる。

「消火器を用意しろ!」
「歩兵は退避しろ! 巻き添えを食うぞ!」

 大混乱の中、〔Fw-190〕戦闘機は高度を下げてゆく。
 機体は雨でスリップしながらもスピード落としてゆき、やがて停止した。

 〔Fw-190〕は、「フォッケウルフ・ひゃくきゅうじゅう」と読む。 ヴァイマール帝国ドイツ製の重戦闘機である。
 小回りは利かないが、重武装重防御の戦斧のような機体だ。

 隼人は、この光景を見て、と呟いた。

「……行けるんじゃね?」

 驚いた沙織は身を乗り出して聞き返してくる。

「師匠、それって……」

 沙織が向ける期待の目に、無言で頷いて見せる。
 小型機でありながら爆弾を1トン近く搭載できる〔Fw-190〕は、隼人のアイデアにうってつけの機体と言えた。しかも、パイロットはこの天候で無事着陸できる凄腕。
 問題は、こんな無理をさせた状態で再び飛ぶにはメンテナンスが必須である事だ。しかもそのための部品はここにはない。

 キャノピーが開いて、顔を出したパイロットが飛行帽をひっつかみ、滑走路に叩きつけた。

「何なのよ! 聞いてないわよこの天候はっ!」

 飛行帽の中から現れた2本の縦ロールを見て、隼人は思わず走り出した。
 手入れの大変な縦ロールは地球ではメジャーらしいが、異世界ライズの、しかも航空兵でわざわざこんな髪型をチョイスする人物は、1人しか知らない。

「リーム! リーム・ガトロン!」

 突然名前を呼ばれた空軍中尉は、隼人に視線を合わせ、「げっ!」と嫌そうな顔をした。

「……何であんたがこんな所に? まあいいわ。気安く話しかけないでくれる? 私はあんたを許したわけじゃないから」

 飛行場に降りたったガトロン中尉はつれない態度だったが、隼人は彼女の両手を握ってぶんぶんやりだす。

「クロア以来だなぁ! 相変わらずフォッケ乗りかぁ。エンジンカウルの形がA型と違うけど、BMWエンジンじゃないのか?」
「話を聞きなさいよ! ……これは最新型の〔Fw-190-J9ジェーナイン〕よ! A8型の後継で、日本製のエンジンを積んでるからJ9」
「日本製!? まさか!」

 隼人はプロペラ越しにカウルをのぞき込む。

「このエンジン、〔ほまれ〕じゃないか!」

 日本製の新型エンジン〔誉〕。
 大馬力と軽量小型を両立させた夢のエンジンは、〔疾風はやて〕や〔紫電改紫電改〕に搭載されているものだ。
 つまり、今日運んできた予備部品ががそのまま使用できるのだ。

「サンキューリーム! これで2000人の島民を助けられるかもしれない!」
「島民を助ける? 何の話? あんた、また私を面倒事に巻き込む気!? あと手を離しなさいよ!」

 漫才芸のようなやり取りに呆れる一同を無視して、隼人のテンションは上がってゆく。

「ちょっと! 離れてくださいっ!」

 間に入った沙織が2人を引き離す。
 隼人は構わず、手のひらでリームを示す。

「おう沙織! 彼女はクロアの戦友で、リーム・ガトロン。重戦闘機の扱いは一流だぞ。こっちは早瀬沙織。風魔法の使い手だ。同郷だし仲良く……」

 大喜びで2人を引き合わせるが、双方半眼でお互いを睨み合う。

「ふん、あんたもう新しい女連れてるの? 何号さん?」
「しっ、失礼な方ですね!? あなたこそ口が悪すぎて師匠に振られたんじゃないですか!?」
「なっ! ブリディス空軍のニューリーダーである私が、こんな脳みそ飛行機の甲斐性無しに惚れるわけないでしょ!」
「師匠に対するその暴言を取り消してくださいっ!」
「あんたこそ! あーもう! あんたが連れてる女は、みんなこんななワケ!?」

 戦友を紹介しただけなのに、雲行きが怪しくなったと、隼人が遠慮がちに仲裁する。

「あの、2人とも仲良く……」
「師匠は黙ってて下さいっ!」
「そうよっ! あんたは引っ込んでなさい!」

 あまりの迫力に、「アッハイ、すみません」とすごすご引き下がる。
 不毛な言い合いは「いい加減にしないか!」と言う菅野の怒声が響くまで続いた。
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