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◆the day before

第20話「苦し紛れの反攻作戦」

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”南部隼人って奴はいつもそうなのよ。
 周囲を巻き込んで大騒ぎを起こす癖に、気が付いたら収まるところへ収まってる。
 当時からムカつく男だったわ”

リーム・ガトロン 映画『鋼翼の7人』パンフレットのコメントより



Starring:リーム・ガトロン

 状況の説明を受けたリーム・ガトロンは、何たることだと頭を抱えた。
 ほんの1時間前まで、カーラム本土で新型機の実戦テスト中だったのだ。
 気が付いたら周囲が全て海で、眼下の飛行場に降りたら絶海の孤島だと言う。

 あまつさえここにはガミノ軍の艦隊が迫っていて、僅か数機の戦闘機でこれを迎え撃たねばならない。
 馬鹿も休み休み言って欲しい。

 とは言え、航続距離の短い〔Fw-190-J9ジェーナイン〕では単身で帰還することも出来ない。第一そんな事をしたら、死ぬより嫌な「南部隼人に貸しを作る」事になるではないか。

「最悪ね」

 ひとりごちるリームをよそに、南部隼人は本島の地図を広げ、「作戦」を語った。

「まず、艦隊への攻撃と言う選択肢を捨てます」

 一同は顔を見合わせる。
 それでは敵の上陸を許してしまい、クーリル諸島は占領されることになる。

「戦闘機7機の火力では艦隊にダメージなど与えられません。ですが、この島の上陸地点は西部の砂浜に限られます。上陸してきた敵に痛撃を与え、援軍が来るまで状況を膠着させます」

 具体的な作戦はこうだ。
 援軍がやってくるまでの予想期間は最短で4日。それまで時間を稼ぐ必要がある。
 7機の戦闘機を森に隠しておき、敵が上陸を始めるであろう早朝に離陸。
 指揮官機が1機。4機が敵戦闘機を食い止め、1機が爆弾によって浜辺に荷揚げされた物資を焼き払う。残りの1機は爆撃担当の護衛だ。
 これに呼応して、浜辺の奥に広がる林に隠蔽した戦車による突撃を行う。こちらも狙いは荷揚げされた物資だ。
 帰還後は林に立てこもり、持久戦に移行する。

「狙いは2点です。1点目は物資の不足によって敵の攻撃力を減退させる事。2点目は先制攻撃でダメージを与えて敵を慎重にさせ、援軍が来るまでの時間を稼ぐこと」
「ひとつ聞きたいが、戦車部隊は艦砲射撃でやられたりしないのか?」

 黙って聞いていたヘルマン少佐がともっともな質問を投げた。
 だが特に狼狽える風もなく、隼人は懸念を却下する。

「問題ありません。彼我の距離が近い状況で艦砲射撃を行えば、味方を吹き飛ばすことになります。そうなれば攻略戦どころでは無いでしょう」

 だがリームには、この作戦がかなりのリスクと強引さを孕んだものだと思われた。

「出撃できても、飛行場には敵機が張り付いているでしょう? どうやって帰還するのかしら?」

 一番の問題点に、隼人は数秒沈黙する。
 ここから本土までは1400km近い。戦闘を行って大陸本土に到達できる距離ではない。
 リームの〔Fw-190〕に至っては、戦闘無しの片道飛行でも難しい。

「じゃ、じゃあ飛空艇に迎えに来てもらえば……」

 早瀬沙織少尉が恐る恐る提案するが、リームはばっさりと切り捨てる。

「無理ね。一度こちらが姿をさらせば、向こうもそのくらい警戒するわ。飛空艇は高価で航空機からの攻撃に弱い。それを押して助けに来るのは、決死行ですらない犬死よ」

 リームの言葉に、沙織は俯く。
 同時に、飛空艇で戦力を送ってもらうのも却下だ。
 ここは大部隊を運用するには飛行場が狭すぎるし、予備部品無しで飛行機だけ送ってもらっても意味がない。
 隼人は「機体は乗り捨てる」と絞り出すように言った。

「離脱後何処かで機体を着水させ、待機させたボートに乗り移る。水も冷たいし、ボートも敵に発見されたら一巻の終わり。だがこれしか手がない」

 会議室に沈黙が訪れる。
 海水温が低い状況での脱出。それは心臓麻痺や低体温症の危険と隣り合わせだ。無事救出されても死亡率は高い。
 着水した飛行機も当然ながら海の藻屑だ。
 だが島民の命を優先するなら、この程度のリスクは許容しなけれなならない。

(これだから……)

 リームは内心で「けっ!」と悪態をついた。
 南部隼人と言う男は、優先順位を付けるのが群を抜いて上手く、そして速い。
 最も大事なものの為に、それ以外を二の次にする判断力を持っている。
 軍人として、それは美点だろう。

 だが、人としてはどうか。
 ”あの女”は、恐らく笑って死んだだろう。だからこそ隼人は彼女の命よりも大勢の無辜の民を選んだ。
 それは納得できる。だが心がついて行かない。

『あいつがそれを望まないって言うのは分かる! それでもあんたにはあいつを選んで欲しかった!』

 そう言って隼人の頬をひっぱたいたリームは、きっと泣いていたのだろう。
 隼人は「すまん」と力なく笑った。

 それがどうだ。再会した隼人はすっかり吹っ切れた様子で、新しい女を連れ歩いている。
 これでは、自分が馬鹿みたいではないか。

(要するに私は、拗ねてるのね)

 そう思いもするが、かといって許す気も無い。

 一方で、隼人の決意を聞いたヘルマン少佐は、尊敬の目で彼を見つめ宣言した。

「航空隊が宜しいなら、我々も喜んで作戦に参加させて頂く」

 場の空気が「行けるかもしれない」と熱を帯びてゆく。
 戸惑っているグレッグら独飛のパイロットたちは、大方は普段の隼人との変わりように戸惑っているのだろう。そんな彼らも、目の前の光明を手繰り寄せようと思考を巡らせているようだ。
 悲観と楽観、軍人にとってどちらもダメだが、こんな時は悲観の方がまずい。
 だが、一番の障害が会議室の奥でどっかりと座り込んでいた。

「私は反対だ! 新鋭機を全て海に棄てるなど、正気の沙汰ではない! それに、ガミノ嬢はどうするのだ!? 戦闘機の護衛が無ければ、本土まで送り届ける事は出来んのだぞ!」

 ワルゲス・ゾンバルト中佐が拳を振り回してがなりたてる。
 それに反発して、青筋立てた菅野なおし大尉が食って掛かった。

「あんたはまだ……!」

 隼人はそれを遮り、ワルゲスに向き直った。

「リィル嬢は嵐が治まり次第漁船で脱出して頂きます。拿捕されなければ大陸本土にたどり着けるでしょうし、拿捕されたとしても陸兵に捕らえられるよりはまともな扱いを受けるでしょう。護衛は中佐にお願いしたいと思います。」

 自分が残らなくて良いと聞いて、ワルゲスの表情に安堵の色が浮かぶ。だが思い出したように首をぶんぶんと振った。

「そのような不確実な方法、認められるわけがないだろう!」

 ワルゲスに最大限の逃げ道を用意したつもりらしいが、これでは足りなかったようだ。
 このままでは、撤退にしても抗戦にしても、貴重な時間が空費される。

「お願いします! どうか、皆を助けてください! ベンさんの奥さんは来月子供を産むんです! チコ君は小学校の入学式を楽しみにしてるんです! ベルタさんは出征した息子さんの帰りを待ってるんです!」

 聖女リィルがワルゲスに駆け寄り、何度も頭を下げている。
 何故ガミノの聖女がここに居るのか知らないが、ただ情で訴えても彼のような官僚は動くまい。
 一方で、リームもまた、強い苛立ちを抱えていた。

(こんなのを座視しているなんて、あの時のあいつと同じじゃない)

 だが、具体的な方策などありはしない。

「私は、ガミノ軍がどんなことをしてきたのか知ってしまいました。これ以上悲劇を繰り返すのは嫌なんです! 私も、私も協力しますから!」
「いや、しかしね……」

 ワルゲス中佐が嫌そうな顔をする。実際迷惑なのだろう。
 自分が同じ立場ならやっぱり邪険にする。

「……やはり無理だ」
「中佐!」

 抗議する菅野を受け流し、ワルゲスはゆっくりと語る。

「小官を日和見と嗤うかね? だが、ここで新鋭機の情報が洩れれば、実戦配備はずっと遅れる。より多くの国民が爆撃の恐怖に怯えることになるのだ。その数は2000人では納まるまい。今の犠牲を恐れて、未来のより大きな犠牲を許容するのかね。小官にはそんなことは出来ん」

 彼は一通りいう事を言った後、黙り込む一同を見回して、進退窮まったように吐き出した。

「俺にどうしろっての!?」

 会議室は再び沈黙に包まれる。
 彼には彼なりの葛藤があったわけだ。重責との戦いの中で後退を選んだ事実を、誰も糾弾は出来ないだろう。
 それに中佐の言う事は間違っていない。と言うより正しい。
 戦術的にはすぐに降伏して、その後奪還した方が犠牲は少ないだろう。

 だが、糾弾は出来なくとも異議を申す事はできる。
 上陸してきたガミノ軍が紳士的に振舞うとは思えない。
 伝わってくる風評は、耳を覆いたくなるものばかり。少なくとも、女子供は無事ではいまい。
 指揮官は、その板挟みの中ギリギリの選択をするしかない。

 ワルゲス中佐の臆病さを怒る事は出来ても嗤う事は出来ないだろう。南部隼人、いや恐らく菅野大尉さえも。
 前途多難だと、リームは投げやりな気分になっていた。
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