現代詩集 電脳

lil-pesoa

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ヴィンセントの脳内

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ヴィンセントは死にました。
ヴィンセントの面倒は彼が生まれた時から私がずっと見てきました。
この動物園の猿の中でも、ヴィンセントは飛び抜けて知性的でした。
彼がなぜ死んだのか、それは私にもわかりませんが、老衰や餓死の類でない事は確かです。
彼が死んだ日、私は彼の寝床の整理をしに行きました。彼がいつも使っていた薄汚れた毛布を取り上げると、そこにはメモ帳とペンが落ちていました。
信じられない事ですが、メモ帳には日本語で7つの文章が書かれていました。
これが、そのヴィンセントのメモ帳に書かれていたものです。



①組み立てる時には捨てる時のことを考えずにはいられない


②「商業のニオイとはどんなものでありますか?」
「革靴の焼ける臭いです。悪臭には違いありません。」


③読み切ることを目的として読んでいるわけではないのに、義務感で次のページをめくってしまっている自分に気がついた。だからは私はその本を閉じるとき、あえて栞を挟まなかった。


④小屋の鏡を見ると、髪の中から三角帽子を被った小人が鬱陶しそうに私の髪をかき分けて現れた。そして言う。
いくら思考しても不明瞭なら、不明瞭と言う結果がお前にとっての唯一の真実なのに
文章化して思ってもいない型にはめてしまうと、お前はお前を欺くことになるよ


⑤全員書ける。私はもう全部見た。どんな猿にでもなれる。全員が全員恥ずかしい。


⑥誰かと談笑している時突然その誰かをぶん殴ったらどうなるんだろうと想像したことがあるか、と質問して、あると帰ってきた時、私は嬉しくなった。


⑦彼と話そう、詩を作ろう。さっき鉄格子の外を眺めていた時、太陽を浴びて手足を伸ばす、乳母車の中の赤ん坊を見た。その指間の開きを見た。


以上が彼のメモ帳の内容です。
ヴィンセントは動物園内の誰よりも知性的でした。
仲間の猿に殺されたに違いありません。
ヴィンセントはもういません。
ヴィンセントはもういないのです。  

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