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1. 竜の神の贈り物
この世に動物神は、十二柱。
レテは十二歳で、十二柱の一、竜の神の世話係となった。
世話係は家族から離れ、神の側で暮らすことになる。
初めは泣き暮らす子も多いそうだ。だがレテの家は子沢山で、読み書きを習うだけの学校を終えれば、働きに出るはずだった。だから、選ばれた時から仕事のようなものだと割り切っていた。
竜の神は無口で穏やかで、岩蜥蜴に似た姿に翼と牙と角はあるが、幼児めいたまるい形と大きさで、怖くない。
竜の神は、レテが食事時を忘れて遅れても怒らない。体を洗うときも爪と牙を隠すようにじっとしている。レテが怖がるだろうからと、レテが来ると決まった時に体を小さくしたのだと、神官たちは言う。
竜の神はいつも、レテの隣にいた。
レテがたまに足で押しのけても、懲りずにいつも隣にいた。
「鼠の神さまも兎の神さまもふわふわ。神の王白虎さまの美しい縞々の毛皮も、もふもふ。なのにわたしの神さまはゴツゴツ固い。どうしてかしら」
レテは不満を言うが、十二の神域で奉仕してまわる神官がひそひそと話す噂は知っている。
猿の神さまは乱暴で、世話係の怪我が絶えないらしい。羊の神さまは世話係をたくさん選ぶので、まるで野放しの幼児院のようだという。
竜の神さまの世話係はレテ一人だ。辛いことなど何もない。神様のことを学ぶ時間もあり、退屈とも無縁だ。
もふもふではなくても、深い緋色できらめく輝きを閉じ込めた額の角は、とても綺麗だと思う。
「それに世話係は普通にお母さんになったり、好きな土地に住んだり、できないものね。自由がないのは、ちょっと残念」
けれどそれだって、何もかも禁止されているわけではない。竜の神は、レテが趣味を楽しんでもきっと怒らない。
実家にいた時だって弟妹の世話や家事で忙しく、自由な時間なんてなかった。
だから、これはただの夢。
幼い娘がお姫様を夢想するようなもの。
そのはずだったのに。
竜の神はまもなく目を閉じたまま動かなくなった。
レテのせいだという神官がいたが、レテは信じられない。レテはただの世話係。神さまの何を傷つけることができるだろう。
竜の神が弱っていく理由は誰にもわからない。
竜の神は無口で、こんな時でも、黙ってレテを見つめてくるだけだから。
それに、理由が判ろうが、神さまが抗えないことにほかの誰も抗えるはずがない、とレテは思った。
だから、レテはただ、胸が絞られるように寂しかった。
「いなくなってしまうの?」
物心ついてから、レテはずっと満たされなかった。
頼れる姉であること、孝行娘であること以外、どんなに親しい家族でもレテ自身を見てもらえている気がしなかった。
ここに来ても、レテは世話係でしかなかった。神官たちは、代々の世話係にしてきた待遇を与えてくれるだけ。レテ、と名を呼んでもらったこともない。
けれど竜の神がレテだけを見て、いつもレテの隣にいた。会話もなく、温もりもなくても、少しずつ心の杯が満ちてきたのだ。だからこそ、もっと触れ合うことのできる柔らかな体の神がうらやましかった。
「わたしの神さま」
レテは世話をする以外で初めて、ゴツゴツした背中を撫でた。
暁に、竜の神は溶けるように消えてしまった。
レテに緋色の角を残して。
自由を、くれたのだろうか。だが自由になっても、したいことなど何もない。
レテは毎晩、角に縋って眠った。
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