孤独な狼は愛を返す:たとえ惨めに打ち捨てられても、貴方のために祈ります

日室千種・ちぐ

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狼は陽だまりに微睡む

狼は陽だまりに微睡む

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 違和感には、ずっと気づいていた。
 視線が合わない。
 気恥ずかしさもあって、俯きがちになっていたせいかもしれないと、アミナは今日はあえて隣を見上げた。
 ルーディウスは、あからさまに馬車の外に視線を向けた、ように見えた。

 大きな体だ。
 狭い馬車内でぴったりと隣り合って座っていると、肩の位置がまるで違う。腿の厚み……はあまり違わないかもしれないが、膝の位置も違う。
 地方の街道は幅の違う馬車が行き来する土の道で、凸凹としていてよく跳ねる。その度にあちこちが触れ合って、体温と硬さも違うのだな、と感心する。
 アミナの考えることは、ルーディウスのことばかりだ。
 でもその大きな体の上にある鋭さの目立つ精悍な顔は、アミナの方には向けられず、綺麗な顎の線を見せつけながら、ひたすら広がる丘陵を睨みつけていた。

 礎石の跡で再会した二人は、それから近くの町まで歩いて御者と馬車を雇い、ゆっくりと王都を目指している。
 帰り道ももう五日。景色から金色の野は姿を消し、今見えているのは、放牧地と葡萄畑だろうか。葡萄畑は街道からすこし遠い。何人も働く人が見えるから、収穫期なのかもしれない。
 そういえば、故郷で葡萄を作っていたという人たちは、騒乱が終わったら、故郷に帰って葡萄を植えるだろうか。
 葡萄は、育つだろうか。
 旅の間に、前国王の名の下に近衛兵たちが踏み荒らし焼き払った村をいくつか遠目に見た。
 祈るような気持ちが湧き起こって来たが、アミナは目を瞑ってそれを振り払った。もう、国の在り方は変わったのだ。聖女の祈りもまた。

 だがなにより今は、目の前の人に集中したい。
 じっと見つめても、馬車がいくら揺れても動かない人に。
 アミナはそっと手を伸ばし、夏向けの簡素な服の襟元から晒された、耳の下から首の筋を、左手の人差し指と中指の腹でつ、となぞった。
 ルーディウスが、弾かれたように振り向き馬車の反対側に張り付くようにして、自分の首筋を押さえた。

「アミナ…?」

 やっと、その青い目がこちらを向いた。
 アミナに自然と笑顔が浮かぶ。

「糸くずがついているように見えて。ルード様、何を熱心に見ているの?」

 この数日で急に態度のおかしくなったルーディウスに、アミナはいつもより距離を詰めた。ぺったりと腕に張り付くと、馬車内の暑さで汗の滲んだ肌が、自分と違う肌に触れてしっくりと馴染んだ。
 思わず、身を引きそうになる。
 だが、今日こそ原因をはっきりさせようと、昨日寝付けない寝台で一人決心したのだからと、自分を鼓舞した。

(さあ、ここで思い切りやらないと!)

 アミナは汗ばむ額を、こてりとルーディウスの肩に乗せた。
 体を引いているルーディウスの上に、ほとんど乗り上げるような形だ。
 ルーディウスの質量を体の下に感じて、アミナの胸が騒がしい。
 けれど、これではっきりするだろう。
 狭い馬車、蒸した車内、汗……。ルーディウスは、アミナの、その、体臭が、苦手なのかもしれない。あるいは逆に、気にしているのかも。臭いとはっきり言われれば死にたくなるかもしれないが、もしかして、逆の気遣いをされているなら、視線が合わないことの方が悲しいと、知らせなくてはならない!

「……ルード様?」

 あまりに静かなので、アミナはぐりぐりと擦り付けていた頬を離し、ルーディウスの顔を見上げた。
 青い、目が。
 妖しい燐光を帯びたように光って、アミナを捉えた。
 黒髪を流してルーディウスが首を傾けるのを、アミナはぼんやりと見ていた。
 狼が、口を開く。
 牙はない。けれど、ひと噛みでアミナを容易く絶命させるだろう。アミナはそれを、大人しく受け入れた。
 それから、馬車内はしばらく無言が続いた。




「つまり、別に私が汗臭いとかではないってことよね」

 その日も、アミナは割り当てられた部屋で首を傾げていた。
 国が荒れ、商人の行き交いが減り、宿も減ったそうだが、商人は各地の町村にとって欠かせない存在だ。だから、宿はどの町にも必ず存在した。
 国王が変わったという噂と共に、少しずつ行き交う人も増えているようで、今日の宿は一部屋しか取れなかった。ルーディウスは、御者と一緒に雑魚寝の広間に泊まるという。
 ここはカスティラ侯爵領の中らしく、身の上を明かせば、町長の屋敷にでも部屋を借りられるだろう。だが二人だけの旅の途中では、それも目立ってしまって悪手だと、ルーディウスが言ったのだ。
 ひと月の間に自分の身の回りのことには困らなくなったし、その身軽さも良いと思っている。食事は部屋で取り、体も拭いて口も濯ぎ、あとは寝るばかりだ。
 こうして、部屋で夜を一人過ごすのは、野営で道連れとの会話もなく星空を眺めていた時より、一人を感じた。

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