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希望を求めて

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「ペンダントずっと持っててくれたんだね」

 エイミーは泣きながら鼻を啜っている。

「ああ、大事な物だったんだろうな」
「そっか……」

 他に何かないか探してみる。
 すると、何かの鍵を発見した。一応、持って行くか。

「エイミー行こう」
「うん……」

 エイミーは俺の白骨から離れがたい様子だったが、手を引いて扉に向かう。

 だけど、俺は上の人達にどう説明すれば良いんだろうか。
 皆を救う為に行ったのに、その食糧は全て腐っていましたって言うのか。
 それは余りにも残酷すぎるだろう。
 上の人達はまだ、地下に食料があると願って生きていたのだ。
 それが、無いとわかったらどうなるか。
 食料を求めての暴動が起きるか、それとも絶望に打ちひしがられるのか。
 どれもが最悪の結果だ。
 だが、絶対にあのじいさんには聴かれるだろう。
 その時、何と答えれば良いのか。
 答えは見つからない。

「エイミー……じいさんにどう伝えればいいかな?」
「っは! え!? 何? ごめん聴いてなかった」

 エイミーは顔を上げて狼狽している。というか顔が真っ赤だ。いったいどうしたんだ。

「じいさんにこの事をどう話そうかってことだよ」
「ん、そうね。……多分、見つけられなかったって言うしかないと思う」
「そうだよな。それしか方法はないよな」

 そう答えるしかない。そうだよな。
 カツカツと靴の音だけが地下のシェルターに響き渡る。
 その足は重い。
 真実を知ってしまった事が今は悔やまれる。

「ねぇ、クリスは、さ。私の事どう思ってるの……?」

 エイミーがモジモジしながら聴いてくる。
 顔を赤くして、繋いだ手がギュッと強く握られる。
 そんな態度に俺も顔が赤くなっているのだろう。
 胸がドキドキして鼓動がうるさい。

「そ、それは幼馴染だろ?」

 無難な回答をしてしまった。ここで前世の陰キャな性格が出てしまう。
 俺がもっとモテモテな男なら格好良い言葉を言えたかもしれないのに。

「どんな幼馴染……?」

 更にエイミーは追及して来る。おいおい、恋もろくにしたことない俺にこの状況をどうしろと!

「た、大切な幼馴染……かな」

 そう言うと、エイミーは溜め息を吐いた。
 上手い言葉ではなかったようだ。

「まぁ、今はそれで良いわ」

 繋ぐ手が緩む。とりあえず、今は地下を出よう。
 地下の入り口まで来た。
 梯子がある。来た時はエイミーが先だったので、先を譲る。
 レディーファーストだ。どうだこの気配り。なかなか良いんじゃないか?

「ほら、先に行けよエイミー」
「このバカ! エッチ! 何考えてるのよ!」

 痛い。また叩かれてしまった。
 どうしてだ。今度は先に譲ったはずなんだけどな。

 って、ああそうか。先に行ったら後ろの俺からパンツがもろに見えるか。

「悪い悪い! 全然、そんな事考えてなかったわ」
「本当に? わざとじゃないでしょうね」

 ジト目で見られる。十歳の少女にジト目で見られる。
 ありがとうございます! って流石に変態すぎるか。

「本当だよ。信じてくれ。ほら、先に行くから」
「はぁ……全く」

 いやぁ、気が回らなくて悪いね。
 前世でもコミュ障でそういうのは得意じゃなかったからな。

 梯子を上っていった。地上に到着だ。
 まずはじいさんの所に向かわないとな。二人してじいさんの所に向かう。
 直ぐにドームの中心に着いた。

「おお、無事に帰って来たか」

 じいさんは俺たちが無事な事に喜んでくれている。

「ああ、ガーディアンは二ヶ月前に行った、クリス=オールディスが全部破壊したんだ。だから安全だったんだよ」
「なるほどな。で、どうじゃった?」

 決められた答えをする。
 だけど、それを言うのに、唾を飲まなければいけない程、口の中が乾いていた。

「見つからなかったよ」
「本当にか?」
「ええ、本当よ」
「…………本当の本当にか?」
「「…………」」

 じいさんは俺たちの様子になにか感づいたようで、溜め息を一つ吐いた。

「……分かってはいたんじゃ。本当は。ただ、それを認めたくなかったんじゃ」
「「…………」」
「全部、腐っていたんじゃろう?」

 その言葉に心臓を鷲掴みされるかのような思いがした。

「やはりそうじゃったか。なんとなくは思っていたんじゃ。……そうかそうか。ワシらも薄々は感じていたんじゃが。やはり、希望はなかったのじゃな」

 じいさんの目が黒く濁っていった。
 違う! そうじゃない! と言いたかった。
 誰かを救いたい。そう願ったのに、結果は誰かを絶望させて希望を失わせる。それだけだった。

「ワシらはここで緩慢な死を受け入れるしかないのじゃな」
「他に、他にここと同じようなドームはないのか!?」

 つい、言葉が出ていた。それは、じいさんたちを救いたいという思いから出た言葉だ。

「一応、ここから徒歩で北東に一日の所に同じようなドームがある。エイミー=ラバルの研究所のはずじゃ」
「そうか! それなら俺たちがそこに行って食料があるか見てくるよ!」
「ちょっとクリス! そんな安請け合いしていいの?」
「何かあるかもしれない。なのに、じっとしていられないだろ! 俺は助けたいんだ!」

 そう、そして誰かに自分を認めてもらいたい。
 その存在を。その偉業を。

「そうか。なら、またお願いするぞ少年」
「ああ、任せとけ! 俺が何とかしてみせるさ! それで、車みたいな物ってないか? じいさん」

 ここが五十年後の世界なら車とかもあるかもしれない。
 さっき拾った鍵が車のキーに酷似していたのも一つの要因でもあるけど。

「それなら魔導車があるぞ。外にある。あるのだが、鍵はないがな」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」
「気を付けるんじゃよ」



「ねぇ、車ってなに?」

 エイミーがドームの入り口に向かう途中に聴いてくる。
 どう答えれば良いのだろうか。
 高速で移動する車かー。

「機械で動く、早い馬車みたいなものかな」
「ふぅーん……ちょっと面白そうね」

 ヤバイ。少し、エイミーに熱が入ってしまった。
 これは車を見た時に興奮してバラしかねないぞ。

「調べるのは良いけど、後にしてくれよな。今は急がないといけないし」
「ぶぅー! わかったわよ」

 そして、荒れ果てた大地に出る。
 ドームの周りを周ると黄色い車を発見した。
 これが魔導車だろう。原理は何で動いているのだろうか。

「わぁー! これなに!? 凄ーい!」

 エイミーは目を爛々と輝かせて車を見ている。
 俺はそんなエイミーを放っておいて魔導車のボンネットを開けた。
 恐らくここに何か動力源があるはずだ。
 と、中心に直径三十センチくらいの……。菱形の黒い魔石が置いてあるのを発見した。
 多分これが車を動かしているのだろう。
 魔導車ということだから魔力で動くはずだ。
 これがRPGとかならお決まりの展開だ。

 魔石に魔力を注入する。
 すると、中心の魔石が灰色からどんどん色が白くなって輝いてくる。
 完全に白く輝いた時には魔力が三割は使ってしまった。

「ふぅ……よし。行くか」

 エイミーを探す。
 すると、車の下で色々と調べていたようだ。

「おーい、エイミー行くぞー!」
「えーちょっと待ってよー!」
「ダメだ。ほら、早く行くぞ」

 手を引っ張って引きずり出す。

「もう、強引なんだから」

 エイミーは邪魔されたのが癇に障ったのか服をパンパンと叩きながら膨れている。

「急ぐんだから行くぞ」
「はいはい」

 扉を開けて操縦席に座る。
 エイミーも同じように扉を開けて、操縦席の隣に座った。

「エイミーそこの車の上らへんについてる帯を中心のコレに嵌めてくれ」
「これの事かしら?」

 俺がシートベルトを引っ張って付けるのを見せると、エイミーも同じように取り付けた。

「これは一体なに?」
「速いから何かにぶつかった時に危険だろ。その為の保険みたいなものだよ」
「へぇ……クリスは未来なのに物知りなのね」

 ギクッ! 勘ぐられてしまった。そりゃ、前世で知識は四十五年分はあるからな。
 でも、それを説明しようがない。

「まぁ、良いだろ。スピード出るから気を付けろよ!」

 車に鍵を差し込んで回すと唸るような音を上げて車体が揺れ始める。
 サイドブレーキを解除して、クラッチをドライブにする。
 どうやらオートマみたいだ。
 少しずつ前に進んでいく。

「じゃ、出発するからな」
「うん!」

 アクセルを踏んで速度を上げた。
 車は時速六十キロメートルくらいで大地を走行している。

「すごーい! 速い速い!」

 エイミーは横で大はしゃぎだ。

「帰りは私にやらせて!」
「帰りならいいぞ」
「やったぁ! 楽しみー」

 魔導車で動くこと三時間程だろうか。遠くに白い建物が立っているのが見えた。
 あれがもう一つのドームか。

「あれみたいだな」
「そうみたいね。どんなところなのかしら?」
「エイミー=ラバルがいる場所だから研究室みたいなところなんじゃないか?」
「そっか。どんなところか今から楽しみね!」

 俺は危険がありそうで少し怖いけどな。
 でも、研究室だとしても食事は取るだろうから食料はあるはずだ。
 期待は持てる。
 今度こそじいさんたちを救うんだ!

 三十分して到着した。慎重に扉を開いて中を伺うが、一つ前の建物と構造は同じようだ。
 なにも地上にはなかった。誰一人もだ。

「誰もいない。なら、エイミー=ラバルは地下に行ったのか?」
「そうかもしれないわね。行って見ましょう」

 以前行った時と同様に地下への梯子を見つけて、それを下りる。
 今回はハプニングはない。そうそうラッキースケベはないのだ。
 少し残念だ……。

 下にはシャッターが閉められている。

岩石砲ストーンキャノン!」

 土の中級魔法でシャッターをぶち抜いて中に入る。
 すると、警報が鳴り響いた。

「なんだ! これ!」
「わかんない! なんなの!?」
「警告! 侵入者! 直ちに排除せよ。警告! 侵入者! 直ちに排除せよ」

 同じ内容の警報が鳴り響く。そして、ガシャンガシャンとなにかが前方からやってくるのが見える。
 甲冑を着た機械だ。大きさは百八十センチくらいはある。

「くらえ! 紫電ライトニング!」

 雷の中級魔法をお見舞いする。
 ガーディアンはその一撃で壊れて倒れた。
 やっぱり、機械には雷が効果は抜群だってね! 
 RPGなら定番でしょう。

「行こうエイミー。ここにいたら直ぐにガーディアンがやってくるぞ」
「うん! わかった」

 前に進む。もう一つのドームと構造が一緒なら徒歩で三十分程度で最奥に辿り着くはずだ。

紫電ライトニング! 紫電ライトニング!」

 前方のガーディアンを壊していく。ただ、後ろからもガシャンガシャンと機械の音が聴こえてくる。
 このままじゃあ挟み撃ちになっちまうぞ!
 走りながら先に進む。そして、行く手を阻むガーディアンを中級魔法で片づけていく。
 十五分程で扉を発見した。その扉の中に入る。

 そこは、大きな研究室みたいな構造になっていた。
 テレビのモニターやその操作のボタン。そして、中央に何かの操作パネルがある。
 中央の操作パネルを調べるとそこには警報装置と書いてある。

「これを解除したらガーディアンが襲ってこなくなるかもしれない!」
「でも、パスワードがいるみたいよ!」
「エイミー=ラバルなんだからそのパスワードくらいわかるだろ! やってくれよ!」
「ああ、もう! わかったわよ!」

 その間にも閉めた扉からドンドンと音が響いて、扉がひしゃげていく。

「パパの誕生日……違う。じゃあ、私の誕生日? 違う! ええと、他には他には!」
「おい! 早くしてくれ! 扉が破られるぞ!」

 魔力量はもう三分の一だ。倒せても十体か十五体が限界だろう。
 数は分からないが、押し切られる可能性の方が高い。
 もう限界が近いのだ。早くして欲しい!

「もう! わかんないのよ!」
「なんでも良いから入れてみてくれよ!」

 扉が大きな音を出しながら飛んで行った。
 扉が破られた! 
 そして、今までよりも大きい三メートル近くのガーディアンが現れた。
 これが親玉ってことか!
 普通の中級魔法じゃ倒せないだろう。
 ここは全力でいく!

「天を貫く雷鳴よ紫電を持って敵を貫け! 稲妻の突風ライトニングブラスト!」

 俺が出来る最高の一撃。雷の聖級魔法を放つ。
 それは三メートルのガーディアンを貫き、後ろのガーディアンもろとも飲み込んでいく。
 だが、それでも三メートルのガーディアンは倒れない。
 効いてはいるようだが、それでも足を前に出してゆっくりと近づいてくる。

「クソ! 紫電の槍ライトニングスピア! 紫電ライトニング! 紫電ライトニング!」

 雷の上級魔法を一発と中級魔法を連発する。
 遂に、三メートルのガーディアンが肩肘を付いてその場に倒れる。

付与エンチャントソード紫電ライトニング!」

 紫電を片手剣に付与する。

「これで終わりだあああああああああああああ!」

 飛び込んで相手の首を狙う。
 相手の膝に飛び乗って跳躍する。
 片手剣は三メートルのガーディアンの首を斬り飛ばした。
 そして、三メートルのガーディアンは大きな音を鳴らしながら倒れた。

「ふぅ……やったか。でも、もう魔力がもうないぞ! 早くしてくれエイミー!」

 まだ、足音が近づいてきている。なのに、こっちはもうガス欠だ。
 絶望がどんどんと忍び寄ってくる。このままでは押し潰されるだろう。
 それは死を意味する。恐怖が迫ってくる。

「分かってるわよ! あ、ヒントとか書いてある。『愛してる』か」
「あ、あぁ……ああああああああ!」

 いきなり発狂し始めるエイミー。壊れたか!?

「これでしょ!?」

 エイミーが何かを打ち込むとふっと警報が止まった。
 足音が遠くなっていく。
 どうやらガーディアンはいなくなったようだ。

「ふぅ……なんとかなったな。んで、パスワードはいったいなんだったんだ?」
「うっさい! バカ!」

 エイミーは顔を真っ赤にして蹴り飛ばしてくる。

「痛い痛いなんなんだよ!」
「うるさいうるさい! クリスのバカ!」
「なんだよ! バカって言った方がバカなんだからな!」
「もう! 良いわよ!」
「で、パスワードはなんだったんだ?」
「……リスよ」
「へ? なんだって?」
「クリスだって言ってるでしょ!」

 え、さっきヒントで『愛してる』って言ってたけど、まさか俺の名前!?

「な、ななな!」

 顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。エイミーの顔も俺と同じように真っ赤なんだろう。
 でも、お互い顔を合わせられない。下を向き続けている。
 こんな時に気のきいたセリフなんて言えない自分が恨めしい。

「……そ、それよりも調べましょ」
「そ、そうだな」

 俺たちは顔を合わせないようにして中を散策することにした。
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