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謁見と報酬

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 魔王軍はその勝鬨の轟く様に総崩れとなり、撤退を始めた。
 勢いの付いたこちらは、逃走を試みる魔王軍に追撃をしかける。
 至る所で、魔王軍の残党が狩られていった。

 そして、魔王軍の残党をある程度倒した所で再度、勝鬨がそこかしこで響いた。
 戦は終わった。この戦の勝敗は決したのだ。

「やった! やったのね!」
「ああ! 大将を討ち取ったから、この戦は勝利だ!」
「任務遂行、完了」

 全力一歩手前まで魔力を出し切ったので、ガス欠寸前。
 だが、もうこれ以上の戦は起きない。俺達がこの戦いに致命的な決定打を与えたのだ。
 大将を討ち取る。という決定打を。
 
「とりあえず、砦に戻ろう」
「そうね。報酬とか貰えたりするのかしら」

 エイミーはもう報酬の事について考えている。心臓に根っこでも生えているんじゃないのか?
 どんな根性してるんだ。もしかしたら、これから謁見とかあるのかもしれないのに……。

「そうかもな。そうしたら勇者について聴いて見よう」
「分かったわ」

 砦に凱旋して戻る。大将を討ち取ったので、志願兵と兵士からは尊敬と憧れの視線。
 そして、歓声が浴びせ掛けられる。いや、なんか照れくさいな。
 俺達は多くの兵士達に手を振りながら、最前線から砦の中に戻った。

 砦に戻ると豪華な鎧を着た騎士が俺達を呼んだ。
 ああ、やっぱりなんかあるんだな。手から汗が滲み始めた。

「王が報酬を授与するとの事です。砦に上がり、王に謁見をお願いします」
「畏まりました。今、参ります」

 そう返答して、騎士の後を付いて行く。

 大広間を抜けて砦の内部へ。
 内部に入ると、兵士は身分の高いであろう隊長の指揮下で、警備と警邏を行っている。
 メイドも忙しそうに両手に荷物を持ちながら急ぎ回っている。
 誰もが活気に満ち溢れていた。
 先の戦が勝利で終わった事が伝えられたのだろう。誰もが晴れやかな顔をしている。
 ただ、俺達をちらちらと見ながらだが。
 噂の人物が実際に姿を見せたので興味津々なのだろう。恥ずかしくて顔を上げられない。
 だが、エイミーはどこ吹く風という顔で堂々としている。
 今だけはそのエイミーの根性が羨ましい。

 階段を上がり、豪華で大きな扉の前に進む。この先が、謁見の間か……。
 騎士が両脇の兵士達と軽い問答をするや、俺達の身元確認も無しに扉を開けた。
 武器も持ってるのにこのまま入って良いのか?
 でも、兵士達も騎士も何も言わずに、謁見の間に来るように手招きする。
 何も言われないなら良いのかな。
 扉の先は赤い絨毯が敷かれた床や、一段高い玉座に座る男性と女性の姿が確認できた。
 恐らくあれが、王と王妃なのだろう。王は置いておいても王妃まで最前線にいるとは……。
 兵の士気を上げる為なのかな。それにしても勇敢な人だ。
 その両側には十数名の豪華な鎧を着た騎士が待機している。

 謁見の間に進み出て、先導してくれた騎士が玉座から四メートル程の位置にて止まる。
 そこで、護衛の騎士は脇にそれて跪いて頭を下げた。
 余りの緊張にその場で硬直してしまったが、直ぐに脇にそれた騎士と同じように跪いて、頭を下げた。
 エイミーも同じく跪いて頭を下げたのが見える。アルは出来ないので、前傾姿勢になっているだけだ。

「突然の呼び出しで驚いたであろう。頭を上げるが良い」

 そう言われて頭を上げると、そこには五十歳前後の高貴そうな顔をした男性がこちらを見ている。
 隣の玉座には三十歳後半の美しい女性が笑みを浮かべていた。

「余はこのクライン王国国王、クライン三十四世である。隣は我が妃。アルマだ。此度の戦での大戦果を成し遂げた者よ。名を名乗れ」
「ハッ! クリス=オールディスです」

 ひとしきり挨拶が済み、先の戦いの事を詳しく話した。

「そうか。若くして素晴らしい才能の持ち主のようだな。クリス=オールディスよ。其方の望む報酬はあるか? 出来得る限り応えよう」

 心の中でガッツポーズをする。この瞬間を待っていたんだ。
 勇者について聴く事が出来るチャンスを!

「有難き幸せ。では、不躾な質問で申し訳御座いませんが、勇者の所在地をお教えください!」

 その言葉に誰もが息を呑む音が聴こえた。王も王妃も他の騎士達も誰もが悲し気だ。

「勇者は……ケヴィン=ブレイズは五年前の戦いで亡くなった」

 一瞬、頭の中が真っ白になった。勇者が亡くなった? どういうことだ。
 魔王軍は健在でまだ魔王が封印された気配はない。
 俺達が来たことで未来が変わったのか? いや、そんな事あるわけが無い。
 四魔将の一人を倒しただけだ。五年前以上に戻って何か行動をしたわけではない。
 そう、過去に行って何か行動をしたわけではないのだ。
 じゃあ、どういうことだ。考えろ……。

 辺りが静まり返る。俺達が黙っている事で皆が小首を傾げていた。
 エイミ―をちらりと見る。エイミーは視線は国王を向いた状態で、指で床に文字を何度も書いている。
 あれは……く、……か、……ぞ、……く。
 そうか! 勇者の家族か!

「では、勇者の兄弟か家族の所在地をお教えください」
「っは! あんな男の所在地を知りたいのか。腰抜けのイアンを。あいつは敵前逃亡した臆病者だぞ」

 腰抜けのイアン……。これが勇者なのか? 余りにも卑屈な通り名だぞ。
 周りからも嘲笑が耳に入る。
 だが、これで合っていると信じるしかない。失敗したならまた作戦を考えれば良いだけだ。

「よ、宜しければお教えください!」
「イアンはここから北に一日の山の洞窟に居ますわ」

 王妃が声を出した。その声に辺りの嘲笑が止まった。
 何故か、彼女だけはイアンを擁護しているように感じる。

「不躾な問いに答えて頂き、ありがとうございます」
「他に望む物はあるか?」
「ありません」

 きっぱりと言うと、国王は開いた口が塞がらない様な顔をしている。
 他の騎士達も王妃も唖然としているようだ。

「なんと殊勝な……。良かろう。金貨10枚を報酬として与える」
「は、ははっ! ありがたき幸せ!」

 国王の両脇の騎士が進み出て小袋を差し出す。それを両手で受け取った。
 思いがけない報酬に驚いてしまった。だが、貰えるなら貰おう。

「此度は良くぞ四魔将が一、トードスゴットを討ち取った。次の戦も頼むぞ。クリス=オールディスよ。」
「はっ! お任せください」
「では、下がるが良い」

 その一声で私たちは立ち上がり、一礼してから背を向けて部屋を出た。
 扉の閉まる音を聴いて、緊張から解放された。

「ぶはあぁぁぁぁー……緊張した」
「あはは。私もー……。でも、良く分かってくれたわね」

 あれで緊張していたのか。全然緊張しているように見えなかったぞ。

「ああ、エイミーのおかげだ。助かったよ。でも、今はそれよりも……っと」

 砦の途中で一人の兵士を捕まえる。

「なんだ? 何か用か? って、先の戦いの英雄じゃないか!」
「ちょっと食糧庫を案内してくれないか」
「ん? まぁ、分かった」

 なにか不自然に感じたようだが、食糧庫に案内してくれた。エイミー達も同様に付いてくる。

「ここだ。英雄殿」
「案内ありがとう」
「良いって事よ。じゃあな」

 気の良い兵士はそう言って、戻っていった。
 食糧庫の前には一人の兵士が食糧庫の扉の前に立っている。
 さて、上手くやらないとな。

「お! あなたは先の戦いの英雄殿。お会いできて幸栄です!」

 握手を求められたのでそれに応える。

「兵士さん。ちょっと食糧を恵んでくれないか? 三人分で四日分なんだが……」
「流石に、英雄殿でもそれは私の一存では――」

 兵士の手を取り、その手に金貨を1枚ポンと置いた。エイミーは苦笑を浮かべた。

「――これで、見逃してくれないか?」
「き、金貨!? ……こ、こほん。では、『ネズミに食われた』事にしましょう」
「そうね。『ネズミに食われた』事に、ね」
「ああ、『ネズミに食われた』事に、だな」

 兵士は食糧庫の扉を開けて中身をゴソゴソと漁り、三人で四日分の保存食を袋に入れて渡してくれる。

「ありがとう。兵士の人」
「ええ、こちらこそ有難う御座います。英雄殿」

 兵士は不敵な笑みを浮かべてこちらを見てくる。
 俺もその笑みにニヤリと笑みを浮かべた。


「上手く食料は確保出来たわね。それにしても、三人分で四日ってのはなんで?」

 顔を寄せたエイミーが小声で尋ねてきた。それに俺も小声で答える。

「アルは食べないから良いとして、俺とエイミーで二人分で六日。勇者のとこまでは一日だ。往復で二日だし。なにか、不測の事態の為に四日分の食料は持っておきたいな。って」
「なるほどね。用意周到な事で……」

 エイミーは少し呆れているようだ。だが、これからタイムマシンで飛ぶ可能性もあるのだ。
 備えておく事は重要だ。なにがあるか分からないしね。

「とりあえず、ここでは人目があって話しにくいから砦を出よう」
「賛成ー!」
「了承」

 それに、この砦にいると至る所で、尊敬の眼差しで見られる。うぅ……前世でもこんな事になった事は、一回もないから背中が痒くなってくる。
 砦を出る途中でも多くの兵士から声を掛けられた。握手を求めてくる相手もいる程だった。


 やっとこさ砦を出た所で、北に向けて進路を取る。

「で、さっきの話だけど、勇者が死んだ。そして、その家族には腰抜けのイアンがいるということが分かったわけなんだけど」
「私達が来たことで、未来が変わったかもしれない! ってことを考えてるんでしょ?」
「そういう事。だけども、魔王軍もまだ健在しているし、魔王も封印された気配はない。それに、俺達は『国王の言っていた勇者』が亡くなった五年前よりも過去に飛んだことはない」

 そう、つまりそれが示す事は。

「『本当の勇者』はこれから誕生するかもしれないと。そして、その可能性が一番高いのが、腰抜けのイアン! って事よね」

 通り名としては全然勇者とは思えないが、手に入れた重要な情報だ。
 勇者の家族。一番可能性が高いだろう。本当の勇者としては……。

「ああ、そう言う事だ。まずはその腰抜けのイアンを見極めよう。本当に勇者の資質があるのかどうか……」

 やるべき事は決まった。さぁ、今度は北へ! 腰抜けのイアンを探そう。
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