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開戦

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 その答えを聴いたエイミーは露骨に嫌そうな顔をする。

「えー……」
「聴かなかった方が良かっただろ?」
「んー、まぁそうかな。でも、悪いだけじゃないってのは分かって良かったかも」

 考えようによってはそうか。勝機はあるということだ。完全にないわけではないのだからな。
 エイミーのその楽観的な思考が、今はありがたい。
 確かにそうだ。――五日。長いが五日耐えれば援軍は来るのだ。それは、大きな決定打になるはずだ。
 
「エイミーは本当に天才だな」
「え? まぁ、そうかもね?」

 困惑しているが、天才だとは自覚しているようだ。まぁ、タイムマシンを作ったのだから天才なのはその通りなんだけど。なんだか、癪に障る。

「エイミー」
「ん? 何かしら?」
「この戦いが終わったら、エイミーを食べても良いか」
「な、なななななな! なにバカな事を言ってるのよ! このエッチ! スケベ! 変態! 万年発情期!」

 エイミーが顔を真っ赤にさせて、罵倒してくる。一応、意味は通じたようだ。なんだか、一矢報い入れられて良い気分だ。

「はははっ! 冗談だよ。……半分な」
「は、半分……ぅぅっ」

 頭を抱えてしゃがみ込むエイミー。そんなに恥ずかしかったのか。まぁ、俺もこんな人の目がある所で言ったのだから、恥ずかしい。

「……その、考えてあげる」
「マジか!!」

 思いっきり前のめりになる。

「きゃっ! 考えるだけ。考えるだけだから!」
「それでもやったぜ! ひゃっほー!」

 おいおい、俺の心に火を点けてくれちゃって……!
 目の前に人参をぶら下げられた馬のように頑張っちゃうぞ。

「本当に、エッチなんだから」

 ジト目で見られる。ご褒美ですか? それに男だから仕方ないのさ。男はそういう生き物なのだから。

「絶対に、その言葉忘れないからな!」
「あぅぅっ、言わなきゃ良かったかも……」
「だが、もう遅い! 言ったからには責任を持つんだ。それが大人だからな」

 そうだぞ。この世界では十五歳は大人。もう、責任は取らないといけないのだ。エイミーよ。覚悟しておけよ!

「考えるだけだからね! あくまで!」
「はいはい、そうですね」

 エイミーは、未だ頭を抱えている。

「本当に分かっているのかしら……」
「分かってるよ」

 エイミーの耳元で囁く。

「俺に無茶苦茶にされたいんだろ」

 決め顔でそう言った。今のは良いんじゃないか? 前世では非モテだったけど、転生した今ならそこまで顔は悪くない。エイミーも惚れるかもしれんぞ!

「…ぁぅ……ん」

 エイミーはその一言に膝を付いた。そして、俺の胸を叩く。

「バカバカバカ! そんなこと! 一言も! 思ってないんだから!」
「嘘つけ。昨日だって、拒んでなかったじゃないか」
「あ! あれは、途中まで! キスまでだけなんだから!」

 途中までとは、どこまで良いのかな? 胸を触った事か? 太ももを撫でた事か? どちらでも良い。エイミーも段々と俺に体を許してきている証拠だ。なにせ、キスは良いって自分で言ったんだからな。

「エイミーもエッチになってきたなー……」
「クリスがエッチだからいけないんでしょ!」
「ぐほっ」

 ボディに良いパンチが入った。思わず声が漏れたぜ。なかなかやるじゃないか。
 
 そんなこんなで、エイミーといちゃいちゃしていたら、夕方になっていた。
 未だに魔王軍に動きは無い。いや、後方で何かを組み立て終わったようだけど。攻めて来ないのだ。
 この様子じゃ、今日は攻めて来ないな。

「エイミー。アル。今日は攻めて来ないと思うから部屋に戻ろうぜ」
「そうなの? 本当?」
「ああ、大丈夫だろう。この様子ならな。寧ろ、しっかり休んで明日に備えたほうが良い」
「それもそうね。ここに居ても何か出来るわけでもないし。分かったわ」

 エイミーも同調してくれたので、一緒に部屋に戻った。
 
 そして、夜に一緒にベッドで横になる。

「ん!」
「なんだ?」

 エイミーがなにか物欲しそうにしている。

「腕枕して!」

 顔を上気してそう言う。こっちもその気になるぞ。
 腕を伸ばすと、そこに頭を乗っけてくる。

「明日は大丈夫かしら」

 エイミーは不安そうに尋ねてきた。

「どうかな。だけど、攻めて来るとしたら明日だろうな」
「そっか。じゃあ、頑張らないとね」

 両手でグッと握りこぶしを作るエイミー。控えめに言っても可愛い。

「エイミー。頑張ろうな」
「うん!」

 エイミーの頭を撫でる。すると、俺の胸に顔を埋めてきた。

「ん!」
「今度はなんだ?」

 瞳を閉じて顔を寄せてくる。

「お休みのキス……ちょうだい」

 その一言に胸がぐっと掴まれる。欲情してしまうが、ぐっと堪えた。

「はいよ。お姫様」
「ん……」

 唇を合わせるだけのフレンチなキス。
 それだけでも、幸せを感じた。

「えへへっ! お休みなさい。クリス」

 エイミーの綻ぶ笑顔に俺も嬉しくなる。

「ああ、お休み。エイミー」

 その日は、そうして終わった。



 明けて次の日。この日は曇り空だ。暗雲立ち込めると言った所だ。
 兵士達は外壁にて緊張と不安をない交ぜにして、魔王軍を睨んでいる。
 誰もが思っていた。今日こそ、なにかある、と。

 角笛の音が響いた。
 そして、魔王軍の軍勢が動き出し、攻城塔もカタパルトも動き始めた。
 
 まだ、弓の射程外だ。
 だけど、ゆっくりと進んでくる。人の群れに大地が震えている。
 それが、より恐怖を煽った。

 四千人。それが、迫ってくるのだ。こちらを殺すために。
 恐ろしい。そう、思った。

「クリス……」
「大丈夫さ。任せろ」
「うん」

 震えているエイミーの手を握りしめる。

 敵は三百メートル地点で止まった。
 そこから、盾を持った兵士と弓兵。攻城塔が動き始める。

 ごくりと唾を飲み込む。
 魔王軍はどんどん距離を詰めてくる。
 二百……。

「弓兵隊! 弓矢つがえ!」

 壁上の指揮官が叫んだ。
 多くの弓兵が弓矢をつがえた。

「まだ放つなよ! まだだ」

 百メートルまで敵軍が寄って来る。
 そして、五十メートルまで攻めて来た。

「弓兵隊! 放てぃ!」

 数多くの矢が相手に降り注ぐ。
 ここに、魔王軍との戦が――開戦したのだ。
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