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【第1章】恋愛成就なるか?

1、きっかけ

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 あたしが廊下で落としてしまったシャーペン。それが、全ての始まりだった。
「あっ」
 移動教室の為に、教室から特別教室へと足を運んでいる、その最中のことだった。あたしがシャーペンを回して歩を進めていると、スルッと抜け落ちた。
「「あっ」」
 あたしはシャーペンを拾おうとした。それと同時に、もう一人の手も重なる。あたしと、その手の主が、同時に声を出した。
「あ、ありがとう……ございます」
 その手の元に視線を滑らせ、顔を見た。一応という感じでお礼を言っておく。
「あはは、同じ学年なんだから、敬語使わなくていいでしょ」
 その男子は笑いながら言った。確かに、あたしと同じ、青い名札をつけている。けれど、とあたしは疑問に思った。そんなに瞬時に名札を見られるのか、と。
 あたしの通う、秋春あきはる市立秋春高校の名札は、1年生が青、2年生が緑、3年生が黄。来年は、3年生がつけていた黄色の名札が1年生に回り、2年生が青で3年生が緑になる。つまり、つけている名札の色は3年間ずっと同じなわけだ。そして、あたし達は青色の名札をつけている。ピカピカの1年生だからだ。
「そうだね」
 そう返して、あたしも笑った。不思議と、この笑いが楽しくて、心地よかった。
「えっと……にゅうこんさん……?」
「へ?」
「あっ……ち、違っ、た?」
 あたしがキョトンとしていると、彼は顔を真っ赤にして、視線を私からずらし、向かって右――彼から見て左――を向いた。
「あぁ、苗字ね。にゅうこんじゃなくて、いりはら。入墾いりはら 凛音りんね、3組だよ」
 あたしは自己紹介をした。確かに読みづらい苗字なんだけど、それにしてもにゅうこんはないと思うなぁ……。
「僕は、妙信みょうしん かい。5組だよ」
 彼は、あたしが訊いてもいないのに、名乗り出した。まあ支障はきたさないからいいんだけど。
「じゃああたし達、同じかんだったんだね」
 あたしは笑う。
 この学校はクラスの場所が少し複雑だ。全学年5クラスずつで、それぞれ北館と南館に分かれている。1年生と3年生は奇数組が北館、2年生は偶数組が北館。1クラスだけある特別支援学級は、南館に入る。これで、南北館両方が8クラスずつになる。そして、理科室・家庭科室・技術室は北館、美術室・多目的室・音楽室は南館に設置されている。これまた3つずつで、南北でクラス数が対称になる。1年生は3階、2年生は2階、3年生と特別支援学級は1階。特別教室は全て4階にあり、その屋上には、プールがそれぞれある。北館は女子専用、南館は男子専用。これも、数字が対称になっている。
 話がだいぶ逸れたが、つまり、1年生の3組と5組は両方北館にある。2人とも、同じ北館だったのだ。
「うん。他のクラスの子なんてなかなか見ないから、知らなかったよ」
 峡くんが驚く。私はその発言が、少し演技臭いと思った。何故なのかはわからないし、勘違いかもしれないが。
「あ、もうちょっとでチャイム鳴っちゃう。じゃあね!」
 あたしはそそくさとシャーペンを拾い、落とさないように胸ポケットに入れて、手には次の授業の用意を持ちながら、廊下を走っていった。
 ――峡くんかぁ。また、会えたらいいな。
 あたしは、チャイムが鳴る前の、人気の少ない廊下で、そう思ったのだった。
 それは、全ての教室の位置をやっと覚えた、5月上旬の事だった。
 窓の外では、綺麗に赤や黄色に染まった紅葉が、はらりはらりと落ちていた。
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