3 / 42
序章
3.計画
しおりを挟む
翌日。長いと思っていた夏休みはあっという間に終わりを告げ、ついに学校が始まる。
そのせいか、見慣れているはずの教室が、少し新鮮に思えた。
ホームルームまでまだ時間はある。クラスメイトたちが各々談笑しているなかで、俺は頬杖をついてぼんやりとしていた。
伊織はすでに教室へきているが、誰とも喋らず――いや、このクラスでは俺しか話す相手はいないのだが――机の上にノートや教材を広げて、黙々と勉強をしている。
この騒がしいなかでよく集中できるな、と感心するが、この騒音すら遮断できるほど、一人でいる世界が完成されているのかもしれない。
今となっては、そうやって過ごしている伊織にちょっかいをかける者はいないが、昔はそんな彼をからかう輩が多かった。めずらしい赤い瞳をもっていたことも、幼さゆえの好奇心で、それらの行為を助長させてしまったのだろう。
開け放たれている教室のドアから、一人の男子生徒が入ってくる。三咲だ。
互いに軽く挨拶をして、俺の前の空いている席に腰かける。
「一昨日した話、覚えてる?」
「ああ……」
小さく曖昧な返答をしながら、先日を振り返った。たしか、三咲の彼女である東雲が、この学校で伝わっているらしい七不思議について、少し触れていたんだ。……イザナイさん、だったかな。
「俺から詳しく話しといてって言われたからさ……、オカルトが好きなら昼休みか放課後にでも、自分で話せばいいと思うんだけどね」
女子は気まぐれだな、などと少々愚痴のようなものをこぼしながら、三咲は話し始めた。
「この学校の一号館、そこの三階と四階の間にある踊り場に、鏡があるだろ? そこへは丑の刻……つまり、深夜の二時半から三時までの間に行けばいいらしい」
「――丑の刻って。その時点で信憑性が低いな」
「ま、噂だから。実際にどうなのか俺は知らないよ」
三咲は俺の言葉で少し苦笑しつつも、話を続ける。
「それで……イザナイさんへ会いに行くときは、誰にも知られずに全て終わらせないといけない。そして、時間内に鏡の前についたら、鏡の前で言うんだ。『イザナイさん、聴いてください。イザナイさん、お願いします』……こう言ったあと、自分の願いをその『イザナイさん』に向かって言うらしいよ。そうすると、どんなことでも叶う、らしい」
「……なるほど。ありがとう」
人ならざる者が、願いを叶えてくれるってことか。まあ……夢のある話、なんだろうな。
「けど、そういうのって……」
俺が即座に浮かんだ疑問をぶつけてみようと口を開いたとき、聞き慣れた声が合間に入ってきた。
「よっ、なんか珍しい話してんな」
暗い鶯色の髪を持つ彼は、須納巡。クラスメイトで、俺や三咲と仲がいい。
「ああ。まあ、成り行きでね。成海が興味を示していたから」
三咲の返答に「マジで?」と驚き混じりの反応をする須納。俺がオカルト系の話を好まないことは、彼も知っているからこそのものだろう。
「うっわー。ほんとに珍しいな。何かあった?」
「いや……、たまたま、気になっただけだよ。というか、須納も知ってるんだな」
「知ってるもなにも、わりと有名な話じゃないか?」
……そうだったのか。そういった話をまったく耳にしたことがなかったから、コアな話だと思っていた。兄貴が知っていたら、俺への嫌がらせで話しそうだし。
まあ、この七不思議は驚かせるようなものではなく、願いが叶うという前向きな内容だと言えるから、それで話さなかったという可能性も否定し切れないが。
「願いが叶うって言うけどさ、代償というか……デメリットはないのか?」
先ほど言いかけていた言葉を口にする。
「さあ……俺はそこまで聞いてないな。茉莉は『イザナイさん』を試したことがないんだってさ。さっきの話も、友達の友達からとか……ありがちな口伝だし」
「俺もデメリットは知らないなあ。しいて言えば、深夜の学校に忍び込まないといけないことくらいか? 見つかったらやばそう。警備もあるだろうし」
そう言いながらも、須納は少しわくわくしたような口ぶりだった。
「それなんだけど」
三咲はにやりと笑いながらそう言うと、手招きして俺たちを近寄らせ、小声で話を続けた。
「この学校、どういうわけか夜の警備はないらしい」
「……はあ」
「へえ。それは初耳だな」
嫌な予感がする。須納は相変わらず楽しげな表情で、とんでもないことを口にした。
「よし、それなら近いうちに、肝試しがてら試してみようぜ」
「……肝試しか。機械警備がないくらいで、さすがに無人とは思えないけれど……、まあ、入れなければそのまま帰ればいいしな」
おいおい。なんで三咲まで肯定的なんだ。
「これも茉莉から聞いた話だけど、そもそも、丑の刻に学校の敷地内へ入るには、運が絡むらしい」
なるほどな。いつでも丑の刻にイザナイさんと会えるなら、きっと殺到してしまうだろう。本当にそういった存在がいるのなら、ではあるけれど。
噂の域を出ないものなら、出会う確率が百パーセントでなければ、もし会えなくとも自分は運が悪かったという話にできる。
それに、誰にも知られず全てを終わらせないといけない……これは噂通りの行動を起こしても、結果が変わらなかったときの言い訳にもなりえる。
自分が気づかなかっただけで、誰かに見つかっていたのかもしれない。
もしくは、やはりイザナイさんは居なかったのかもしれない。
……それにしたって、やはり丑の刻というのはどうかと思うけれども。今まで表沙汰になっていないだけで、これまで挑戦してきた生徒たちが数多くいたかもしれない。大問題だ。
「それじゃあ、そうだな……今週土曜の午前二時に、学校近くの公園で待ち合わせでいいか?」
「そうだな。校門前で待ち合わせは目立つし、そこでいいと思う」
……勝手に話が進められていた。
「いや、俺は……」
「ん? 成海も行こうよ。ちょっと確かめるだけだしさ。どうせ入れないと思うけど」
そうか。仮に行ったとしても、中へは入らずにすぐ帰ればいい。ただ、俺は夜に出歩くのが好きじゃない。夕方から日の出までは引きこもりでいたいくらいだ。
三咲も須納も気心の知れた友人だと思っているが、びびりだと思われるのは癪だ。もう一人、一緒にいても問題のない誰か――そんなことを考えながら視線をさまよわせていると、あるクラスメイトが目に入った。
「……なあ、伊織も誘っていいか?」
「え?」
突拍子のない提案に面食らった様子の三咲と、露骨に嫌そうな顔をする須納。
「宮原がいいって言うのなら、俺は構わないけど……」
三咲はちらりと須納のほうを見た。
「好きにしたら?」
ぶっきらぼうながらも、はっきりと否定まではしないらしい。それじゃあ、と聞きに行こうとしたところで、予鈴と共にクラス担任が教室へ入ってくる。
教室がざわめく中で、各々自分の席へ戻ろうとする二人に、「あとで確認してみる」と小声で伝えておいた。
そのせいか、見慣れているはずの教室が、少し新鮮に思えた。
ホームルームまでまだ時間はある。クラスメイトたちが各々談笑しているなかで、俺は頬杖をついてぼんやりとしていた。
伊織はすでに教室へきているが、誰とも喋らず――いや、このクラスでは俺しか話す相手はいないのだが――机の上にノートや教材を広げて、黙々と勉強をしている。
この騒がしいなかでよく集中できるな、と感心するが、この騒音すら遮断できるほど、一人でいる世界が完成されているのかもしれない。
今となっては、そうやって過ごしている伊織にちょっかいをかける者はいないが、昔はそんな彼をからかう輩が多かった。めずらしい赤い瞳をもっていたことも、幼さゆえの好奇心で、それらの行為を助長させてしまったのだろう。
開け放たれている教室のドアから、一人の男子生徒が入ってくる。三咲だ。
互いに軽く挨拶をして、俺の前の空いている席に腰かける。
「一昨日した話、覚えてる?」
「ああ……」
小さく曖昧な返答をしながら、先日を振り返った。たしか、三咲の彼女である東雲が、この学校で伝わっているらしい七不思議について、少し触れていたんだ。……イザナイさん、だったかな。
「俺から詳しく話しといてって言われたからさ……、オカルトが好きなら昼休みか放課後にでも、自分で話せばいいと思うんだけどね」
女子は気まぐれだな、などと少々愚痴のようなものをこぼしながら、三咲は話し始めた。
「この学校の一号館、そこの三階と四階の間にある踊り場に、鏡があるだろ? そこへは丑の刻……つまり、深夜の二時半から三時までの間に行けばいいらしい」
「――丑の刻って。その時点で信憑性が低いな」
「ま、噂だから。実際にどうなのか俺は知らないよ」
三咲は俺の言葉で少し苦笑しつつも、話を続ける。
「それで……イザナイさんへ会いに行くときは、誰にも知られずに全て終わらせないといけない。そして、時間内に鏡の前についたら、鏡の前で言うんだ。『イザナイさん、聴いてください。イザナイさん、お願いします』……こう言ったあと、自分の願いをその『イザナイさん』に向かって言うらしいよ。そうすると、どんなことでも叶う、らしい」
「……なるほど。ありがとう」
人ならざる者が、願いを叶えてくれるってことか。まあ……夢のある話、なんだろうな。
「けど、そういうのって……」
俺が即座に浮かんだ疑問をぶつけてみようと口を開いたとき、聞き慣れた声が合間に入ってきた。
「よっ、なんか珍しい話してんな」
暗い鶯色の髪を持つ彼は、須納巡。クラスメイトで、俺や三咲と仲がいい。
「ああ。まあ、成り行きでね。成海が興味を示していたから」
三咲の返答に「マジで?」と驚き混じりの反応をする須納。俺がオカルト系の話を好まないことは、彼も知っているからこそのものだろう。
「うっわー。ほんとに珍しいな。何かあった?」
「いや……、たまたま、気になっただけだよ。というか、須納も知ってるんだな」
「知ってるもなにも、わりと有名な話じゃないか?」
……そうだったのか。そういった話をまったく耳にしたことがなかったから、コアな話だと思っていた。兄貴が知っていたら、俺への嫌がらせで話しそうだし。
まあ、この七不思議は驚かせるようなものではなく、願いが叶うという前向きな内容だと言えるから、それで話さなかったという可能性も否定し切れないが。
「願いが叶うって言うけどさ、代償というか……デメリットはないのか?」
先ほど言いかけていた言葉を口にする。
「さあ……俺はそこまで聞いてないな。茉莉は『イザナイさん』を試したことがないんだってさ。さっきの話も、友達の友達からとか……ありがちな口伝だし」
「俺もデメリットは知らないなあ。しいて言えば、深夜の学校に忍び込まないといけないことくらいか? 見つかったらやばそう。警備もあるだろうし」
そう言いながらも、須納は少しわくわくしたような口ぶりだった。
「それなんだけど」
三咲はにやりと笑いながらそう言うと、手招きして俺たちを近寄らせ、小声で話を続けた。
「この学校、どういうわけか夜の警備はないらしい」
「……はあ」
「へえ。それは初耳だな」
嫌な予感がする。須納は相変わらず楽しげな表情で、とんでもないことを口にした。
「よし、それなら近いうちに、肝試しがてら試してみようぜ」
「……肝試しか。機械警備がないくらいで、さすがに無人とは思えないけれど……、まあ、入れなければそのまま帰ればいいしな」
おいおい。なんで三咲まで肯定的なんだ。
「これも茉莉から聞いた話だけど、そもそも、丑の刻に学校の敷地内へ入るには、運が絡むらしい」
なるほどな。いつでも丑の刻にイザナイさんと会えるなら、きっと殺到してしまうだろう。本当にそういった存在がいるのなら、ではあるけれど。
噂の域を出ないものなら、出会う確率が百パーセントでなければ、もし会えなくとも自分は運が悪かったという話にできる。
それに、誰にも知られず全てを終わらせないといけない……これは噂通りの行動を起こしても、結果が変わらなかったときの言い訳にもなりえる。
自分が気づかなかっただけで、誰かに見つかっていたのかもしれない。
もしくは、やはりイザナイさんは居なかったのかもしれない。
……それにしたって、やはり丑の刻というのはどうかと思うけれども。今まで表沙汰になっていないだけで、これまで挑戦してきた生徒たちが数多くいたかもしれない。大問題だ。
「それじゃあ、そうだな……今週土曜の午前二時に、学校近くの公園で待ち合わせでいいか?」
「そうだな。校門前で待ち合わせは目立つし、そこでいいと思う」
……勝手に話が進められていた。
「いや、俺は……」
「ん? 成海も行こうよ。ちょっと確かめるだけだしさ。どうせ入れないと思うけど」
そうか。仮に行ったとしても、中へは入らずにすぐ帰ればいい。ただ、俺は夜に出歩くのが好きじゃない。夕方から日の出までは引きこもりでいたいくらいだ。
三咲も須納も気心の知れた友人だと思っているが、びびりだと思われるのは癪だ。もう一人、一緒にいても問題のない誰か――そんなことを考えながら視線をさまよわせていると、あるクラスメイトが目に入った。
「……なあ、伊織も誘っていいか?」
「え?」
突拍子のない提案に面食らった様子の三咲と、露骨に嫌そうな顔をする須納。
「宮原がいいって言うのなら、俺は構わないけど……」
三咲はちらりと須納のほうを見た。
「好きにしたら?」
ぶっきらぼうながらも、はっきりと否定まではしないらしい。それじゃあ、と聞きに行こうとしたところで、予鈴と共にクラス担任が教室へ入ってくる。
教室がざわめく中で、各々自分の席へ戻ろうとする二人に、「あとで確認してみる」と小声で伝えておいた。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
霊和怪異譚 野花と野薔薇
野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。
静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。
『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。
一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。
語られる怪談はただの物語ではない。
それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。
やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。
日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。
あなたも一席、語りを聞いてみませんか?
完結いたしました。
タイトル変更しました。
旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/18:『あまなつ』の章を追加。2026/1/25の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/17:『えれべーたー』の章を追加。2026/1/24の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/16:『せきゆすとーぶ』の章を追加。2026/1/23の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/15:『しばふ』の章を追加。2026/1/22の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/14:『でんしれんじ』の章を追加。2026/1/21の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる